「お風呂の準備が整いました……」
宿の者が食事を終えた藤花たちに声をかける。
「……」
「………」
藤花と楽土が見つめ合う。
「楽土さん、お先に」
「いえいえ、藤花さん、どうぞ」
「へえ……」
「な、なんですか?」
「こういうのは『一番風呂だぜ! ヒャッハー!』っていう類の方かと思っていたので……」
「い、今の今まで、そういう素振りを見せたことあります⁉」
「違うのですか?」
「違いますよ!」
「そうですか、それではお先してよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「では、失礼して……」
藤花が席を立つ。
「…………」
「あ、楽土さん」
部屋から出ようとした藤花が楽土に声をかける。
「なんですか?」
「やっぱり一緒に入ります?」
「! は、入りませんよ!」
楽土が慌てる。
「そうですか」
「そ、そうですよ!」
「それでは……」
「え?」
「覗かないで下さいね?」
「の、覗きませんよ!」
楽土がさらに慌てる。
「戯言ですよ~」
「……こちらになります」
「は~い」
「ったく……」
藤花が出て行ったのを見て、楽土は頬杖をつく。
「……ごゆっくりどうぞ」
「は~い、分かりました~」
「何か不都合があればお声がけ下さい……」
「はい」
「失礼します……」
宿の者が出て、藤花は服を脱ぎ、一糸まとわぬ姿になって、風呂場に入る。
「へえ、ここは外が見える造りになっているんだ、風情があるわね……」
藤花は体を洗う。
「……………さてと」
体を流すと、藤花は湯舟につかる。
「あ~」
藤花はお風呂の気持ちよさに思わず声を上げる。
「生き返ったような気持ちだわ~」
「……死んでいるようなものだものね……」
「!」
藤花が声のした方に振り返る。緑を基調とした着物を着た女性が立っていた。
「せっかくのご入浴中、恐縮するわ……」
「いつの間に……」
「気配を消していたからね……」
「ちっ……」
「まさかここまで油断してくれるとは思わなかったわ」
「くっ!」
「させない!」
「ぐっ!」
藤花が髪をかき上げようとするが、緑の着物を着た女が何かを伸ばし、藤花の両腕を一瞬で縛り付ける。女性が笑う。
「ふふん……」
「これは……蔦⁉」
藤花は自らの両腕に絡まるものを確認する。
「そうよ」
「くっ、こんなもの……!」
藤花が引きちぎろうとする。
「無駄よ、鉄なみの硬さだもの、下手すれば貴女の腕がちぎれるわよ」
「む、むう……」
「髪から針を飛ばすというのは聞いているわ……でも髪をかき上げないといけないのよね? だから両の腕を縛らせてもらったわ」
「ぐぬっ……」
「それに手の爪も……手癖が大分悪いようだからね……」
「なんの……まだ足が!」
「はっ!」
「ぐうっ⁉」
湯船から勢い良く飛び出そうとした藤花の両足を、女性が先ほどと同じ要領で縛り付け、藤花の体は風呂の壁に打ち付けられる。
「ふふっ……」
「ぐぬぬっ……」
女性は藤花の体をまじまじと見つめる。
「……思ったよりも綺麗な体をしているわね」
「……見世物じゃないわよ」
「びた一文払う気はないわ」
藤花の軽口に女性が冷たい反応を示す。
「あらら? 嫉妬しちゃったかしら?」
「そんなわけがないでしょう……ただ、本当に綺麗ではあるわね。同じからくり人形とはとても思えない……」
女性が自らの体に手を当てる。
「手入れを怠ってないからね、それに……」
「それに?」
「元々の出来が違うのよ、アンタとは」
「‼」
「怒った?」
「……そうやって冷静さを失わせようとしても無駄なことよ……」
「ふん、確かに冷静ではあるわね。ただし、幾分か詰めが甘い!」
「はあっ!」
「がはっ⁉」
藤花の首に蔦が絡みつく。女性が頷く。
「すっかり忘れていたわ。首をちょっと振るだけでも髪の毛に仕込んだ針を飛ばせるのよね。危ない危ない……」
「が……がはっ!」
「このまま締め落としてあげるわ……」
「ぐうっ……」
藤花が苦しげな表情を浮かべる。
「ふん、零号とやらも案外大したことがないわね……」
女性は拍子抜けしたように呟く。
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