「なんだあ、姉ちゃん?」
「いきなりわけのわかんねえことを……」
「馬、もう一頭下さいます?」
「はあ?」
「なんだって?」
警備の男たちが首を傾げる。
「馬、もう、一頭、下さい、ます?」
藤花がゆっくりと話す。
「うるせえな!」
「聞こえているんだよ!」
「あ、なんだ……」
「なんだじゃねえよ!」
「ちょっと待て、よくよく見りゃあ、それ、うちの馬じゃねえか!」
男が馬を指差す。
「ええ、なかなか良い馬なので、もう一頭頂きに上がりました」
「ふ、ふざけんな!」
「……もらえませんか?」
「やるわけねえだろうが!」
藤花がため息をつく。
「はあ……それならば仕方がありませんね……」
「ああん? がはっ⁉」
男が崩れ落ちる。藤花が髪の毛先をいじりながら呟く。
「奪い取っていきます……」
「な、殴り込みだ! 野郎ども! ぐはっ!」
もう一人の警備の男も倒れる。その叫び声を聞いて、山寺の境内にぞろぞろとならず者の男たちが集まってくる。
「なんだ⁉」
「殴り込みらしいぞ!」
「なんだと⁉」
「どこのどいつだ⁉」
「私です」
馬に跨った藤花が手を挙げる。
「……」
「あら?」
「ぶははっ!」
「姉ちゃんが殴り込み⁉ なんの冗談だ!」
「俺らと遊んでくれるのかよ⁉」
男たちが下卑た表情を浮かべながら藤花を取り囲む。
「まあ、そういう反応も自然と言えば自然……」
「おっ、よく見りゃあなかなか別嬪さんじゃねえか⁉」
「体つきもそそるなあ!」
「艶事を期待して、ついつい俺らのところまで来ちまったんだよなあ~⁉」
「ひゃはっは!」
藤花は顔を俯かせながら呟く。
「そういう言葉も不自然ではない……が! 極めて不愉快!」
「ぶはっ!」
「ぐはっ!」
「ぬはっ!」
藤花が頭髪を大げさにかきむしると、仕込んでいた針が飛び、周囲の男たちの首筋を正確に射抜き、男たちは力なく倒れる。そこ別の男たちが駆け付ける。
「お、お前ら! こ、これは……」
「ひときわ立派な服を着ている……アンタが頭だね」
藤花がビシっと指差す。
「な、なんだ、女! お前は何が目的だ⁉」
「馬」
「う、馬⁉」
「そ、連れの為にもう一頭欲しいの」
「そっちの離れが馬小屋だ! 好きなの勝手に持っていけ!」
「ありがとう……」
藤花は馬小屋を確認しながらも、そこから動かない。頭が尋ねる。
「な、なんだってんだよ⁉」
「……アンタら、不愉快だからぶっ潰すことにした」
「は、はあ⁉」
「頭をやれば、このケンカも終わりだよね……」
「ま、待て!」
「待たない」
「お、おい、ただ飯食らい、出番だぞ!」
「う~ん?」
寺の奥から、大男がのっそりと現れる。
「力士?」
「そうだ、江戸でやり過ぎて追放されたところを俺が拾ってやった! こいつがお前の相手をしてやる!」
「お、お頭、女、女、女――!」
力士崩れが藤花を見て興奮する。
「ああ、倒したらお前の好きにしていい!」
「勝手に決めないでくれる⁉」
「勝手に来たのはてめえだろうが!」
「あ、それは確かにそうだ……」
「ふふふ~女~」
力士崩れが涎を垂らしながら、藤花にゆっくりと迫る。
「でかいね~ただ、動きは鈍そうだ……!」
藤花は髪をかき上げる。
「⁉ な、なんかやったか?」
「なにっ⁉」
「な、なんか、ちょこっとだけ、首の辺りがチクっとしたな~」
力士崩れが首をさする。藤花が舌打ちする。
「ちぃっ! 皮膚が硬いからか、針が通らない⁉ もっと長い針を用意しておくべきだったか、迂闊だった……」
「来ないなら、こっちから行くぞ~!」
「はっ⁉」
「うおりゃあ!」
「きゃあ!」
藤花が馬ごと吹き飛ばされる。力士崩れが笑う。
「きゃあ!だって、かわいいなあ~」
「くっ……」
今にも倒れ込みそうな馬に藤花はしがみつく。
「これで終わりだ~!」
力士崩れが四股を力強く踏んでから突っ込んでくる。
「まずい!」
「そうはさせん!」
「⁉」
「ら、楽土さん⁉」
楽土が藤花たちの前に立ち、力士崩れの突っ込みを盾で防いでみせたのだ。
「ば、馬鹿な……」
「藤花さん、今の内に!」
「! えいっ!」
藤花は馬から舞い上がり、力士崩れの脳天に針を突き刺す。力士崩れは倒れる。
「よしっ! やりましたね、藤花さん!」
「ま、まずい、逃げるぞ!」
「そうはさせないっての!」
「ごはっ……」
藤花の追撃を食らい、頭を始めとしたならず者集団は壊滅した。
「ふう、助かったよ、楽土さん」
「無茶し過ぎですよ、藤花さん」
その後、藤花は離れの馬小屋から立派な馬を連れてくる。
「ああ~大きくて良い馬いたよ……楽土さん、これに乗ると良いよ」
「あ、ありがとうございます……」
楽土は戸惑い気味に頭を下げる。
「なに? 嬉しくないの?」
「人のものですから……」
「どうせ、どっかからちょろまかしてきたものでしょ? ならず者に良いように使われるくらいなら、私たちの方がよっぽといい」
「……それはそうかもしれませんね」
「そうでしょ?」
藤花が笑みを浮かべる。
「最初から……」
「え?」
「最初からこのならず者集団を潰すおつもりだったのではありませんか?」
楽土が問う。
「いや、ははっ、それはどうでしょうねえ?」
「……心あるじゃないですか、優しい心」
「! い、いや~物の弾みだって~」
藤花が恥ずかしそうにする。
「それがしはそう思うことにします。それにしても……」
「なに?」
「そろそろ目的地を教えてください」
「ああ……北にいきますよ、仙台です」
「! 仙台ですか……」
「ええ、あそこは昔からなにかときな臭いですからね」
「ふむ……」
「なにかご不満でも?」
「いえ、それがしたちが進んでいるのは甲州街道。奥州街道ではありません」
「そ、そういうことは早目に言ってよ!」
藤花が恥ずかしそうに声を上げる。
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