弐
「仙台、みちのくですか……」
「うん、うん……」
「この季節は良いかもしれませんね」
「うん……」
「まだ桜が見られるかも……いや、さすがに遅いですかね」
「ん……」
「というか食べ過ぎじゃないですか⁉」
楽土が声を上げる。藤花が何皿めかの団子を食べ終える。
「……そうですかね、普通ですよ」
「いいや、普通じゃないですよ!」
「そうかしら?」
藤花が首を傾げる。
「一体何皿平らげたんですか?」
「十皿からは数えていないですね」
「ええ……」
楽土が困惑する。
「ご心配には及びません」
藤花が右手の掌を広げて、前に突き出す。
「え?」
「それくらいの持ち合わせはありますから」
「いや、別にそれはそこまで心配はしていませんが……」
「十分に路銀はもらってありますので」
「路銀という言葉の意味、分かっていますか?」
「食事代だって入るでしょう」
藤花がややムッとしながら答える。
「それにしたって限度というものがありますよ……」
楽土が頭を軽く抑える。
「難儀なもので、こういう体でもお腹は空くのです。楽土さんは違いますか?」
「いや、それがしにも食欲はありますが……」
「そうでしょう」
「それでもやはり限度がありますよ」
「腹が減ってはなんとやらと言うでしょう」
「しかしですね……」
「ここのお団子が美味しいのがいけないのです!」
藤花が机をドンと叩く。
「や、八つ当たり⁉」
楽土が困惑する。周囲の客の注目が集まる。藤花が頭を下げる。
「失礼、お騒がせしました……ほら、楽土さんもちゃんと謝って」
「な、なんでそれがしが⁉」
「ほら、早く」
「……どうも失礼を致しました」
楽土が周囲に向かって、丁寧に頭を下げる。
「……お茶をどうぞ」
年老いた女性がお茶をそっと二杯置く。藤花が礼を言う。
「あ、ありがとうございます……」
「いいえ……お嬢さん、随分とまたお召し上がりになりましたね、びっくりしましたよ」
「そうですか?」
「ええ、この店を開いてからもう五十年近いのですが……こんなにお召し上がりになるのは女の方では久しぶりです」
「へ、へえ……」
「あれはまだ戦国の世だった頃でしょうか……ちょうどこれくらいお召し上がりになった女の方がいましたね……」
「ふ、ふ~ん……」
「ただね、何かゴタゴタと騒ぎがあって、食い逃げに近い形になってしまったのですよ……なんだか雰囲気が似ているような……」
「ごほん! ごほん!」
藤花がむせる。年老いた女性が慌てる。
「ああ、早くお茶を……」
藤花がお茶を飲む。
「……ふう」
「大丈夫ですか?」
「ええ、大丈夫です。ここのお団子が美味しいのでついつい食べすぎてしまいました」
「それはありがとうございます……あ、ご注文ですか? ただいま参ります……」
年老いた女性がその場を離れる。楽土が呟く。
「食い逃げはマズいですよ……」
「ひ、人違い、もとい、人形違いです……」
「本当ですか?」
楽土が冷ややかな視線を向ける。
「た、多分……」
「多分って」
「違うんじゃないかな?」
「違うのですか?」
「まあ、ちょっと覚悟はしておいてください」
「なんの覚悟ですか……」
「と、とにかく、ちゃんとお代は支払いますよ」
藤花が懐から取り出した袋をチラッと見せる。
「それなら良いのですが……」
「このお茶を頂いたら失礼しましょう」
「それにしても……」
「はい?」
「仙台に向かうのならば海路もあったと思うのですが……」
「別に急ぎの旅でもありません、それに……」
「それに?」
「船上で襲われたりしたらちょっとばかり面倒です」
「……妨害はありえますかね?」
「恐らくは」
「ならば、それこそのんびりはしていられないのでは?」
「慌てても良いことはありません。一休み、一休み」
「それはそうかもしれませんが……」
「すぐに仙台藩に入るのも危ないです」
「そうでしょうか?」
「そうです。その為に……」
「その為に?」
「情報を収集しつつ、ゆっくりと北上します」
「ふむ……」
楽土が腕を組む。
「ご納得頂けました?」
「もう一つよろしいでしょうか? 何故仙台に?」
「特に理由はありません」
「ええ……?」
「冗談です。外様大名の中では油断出来ない家の一つですからね。それに……」
「それに?」
「かの独眼竜が開発したとかしないとか言われている『ずんだ餅』というのを食してみたいと思いまして……なんでも枝豆を使っているとか……」
「……食い逃げは無しですよ」
「しませんよ!」
楽土のからかいに対し、藤花が声を上げる。
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