夢幻怪浪

一話読み切りのホラー&奇妙な短編集。非現実っぽいのから現実っぽいのまで。
三塚章
三塚章

ポメラニアン

公開日時: 2022年2月27日(日) 19:00
文字数:874

 派手な悲鳴がした。見ると、小さなポメラニアンがリードを引きずりながら猛スピードでこっちに走ってくる。そして、慌ててそのあとを追うおばさんの姿を見たとき、俺は何があったのか見てとった。すかさず犬を抱き上げる。

 腐りかけた、生の魚のような臭いがした。腕の中で、ずるりと毛皮がずれるような感触がした。ぬるぬるとした肉の塊に、ただ布を巻いたらこんな感じになるだろうか。

「え?」

 びっくりして犬の顔を見る。目の位置には、眼球を抜き出したようにウツロな穴が開いている。その代わりに、口から濡れた目が二つ、陽を反射して鈍く光っている。

 まるで着ぐるみのように、何かがポメラニアンの毛皮を着ているのだ。

「にゃあ」

 そいつは、人間の赤ん坊のような鳴き声をあげた。

「うわあ!」

 思わず俺は手を離した。その『犬』は猫のような身体能力で着地した。

「あらあら、ありがとう、捕まえてくれたのね」

 おばさんがニコニコしながら落ちたままのリードを手に取る。

 この生き物は一体なんなんだ? おばさんは犬の着ぐるみを着せることで、生き物の正体を隠しているのか? だとしたら気付かないふりをした方がいいのか?

 一瞬でそんなことを色々と考えた。

「あらあら、ごめんなさい、びっくりさせちゃったわねえ」

 おばさんにポンと肩を叩かれる。

 そしておばさんはこれは内緒よ、というように耳打ちをしてくる。

「ほら、こうでもしないとこの子、あいつに食べられちゃうからさあ」

 おばさんはそこで近くの街路樹の方を顎で指した。

 木の下に、俺の身長ほどもある大きな化け物がいた。足の生えた肉塊に、上下にずれたいびつな目。そしてマンガか冗談のように大きな牙を生やした口。

「うわああああ!」

 それから、俺は悲鳴を上げてそこから逃げ出した。

 あの犬の毛皮を着た生き物は何だったのだろう。そしてその謎の生き物を食べるというあの化け物の正体は? おばさんに真相を聞かずに逃げ帰った俺には分からない。

 あれから夜道を歩いているとき、たまに不安に襲われることがある。あの角を曲がったら、あの化け物に襲われるのではないか? 犬の着ぐるみでも着れば、安心なのだろうか。

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