さあ、ここが俺の部屋だ。そう汚くないだろう? っていっても、お前が来るから、っていうんで昨日必死で掃除したんだけどさ。ま、その辺にでも座ってくれよ。え? ああ、そのコーヒーショップのプラカップはゴミじゃないんだ、そのままにしておいてくれ。まあ、そんなのが部屋の隅に転がってちゃゴミと間違えてもしかたないけど
何に使ってるのかは、ナイショ。えー? 聞きたい? どうしても? でもお前絶対ヒくから。本当? 本当にヒかない? じゃあ、ちょっと長くなるけど。
電車に乗ってるときにな、これと同じ店のカップが床に落ちてたんだわ。で、電車が揺れた拍子(ひょうし)に俺の近くまで転がってきた。で、その揺れでよろけた俺はカップを踏んずけちゃったんだよね。横倒しになったカップの下半分、底の方をな。
その時、ひしゃげたカップの縁から、何が飛び出して見えたと思う?
人だよ。小人。といっても、おとぎ話にあるような、とんがり帽子を被ったかわいらしいモノじゃない。裸でさ、色はなまっちろくて、質感は、そう、生の鶏肉? 体つきは栄養失調なんじゃないかと思うほどやせていた。そんな変な生き物の上半身が、カップから飛び出してるんだ。当然、下半身はカップごと俺の足の下。多分、血なんだろな、茶褐色の液体が流れ出ていた。
幸い、俺は驚いたとき悲鳴をあげてパニックになるより、むしろ固まって動けなくなるタイプなんだ。だから大声をあげて周りの乗客から変な目で見られることはなかった。
俺は恐る恐る足をどけた。幻覚か、何かの見間違いじゃないかと思って何度も見返したけれど、ずっとその死体はそこにあるんだ。
なんだか恐ろしくなって、次の駅で降りた。結果例の死体をほったらかしにすることになったけど、今の所ニュースとかオカルト雑誌とかで話は聞かないな。なにせ、相手はよく分からない生き物だ。死んで、体が溶けるとか燃えるとかしたのかも知れない。
で、俺はそれからプラカップを部屋に置いておくことにしてるんだ。ひょっとしたら、小人が入るんじゃないかと思って。うん、確かに捕まえてマスコミにでも売ったらかなりの額になるだろうな。でも、俺が考えているのはそれじゃないんだ。
もう一度、踏み潰してみたいんだ。あの、ぶちゃっとした感覚が忘れられない。あいつが人の形をしている生き物だというのもまたいいんだよ。
ずっと人にバカにされ続けていた俺が、文字通り人を踏みつけにしたんだぜ! あの生き物だってまだ死にたくなかったかも知れない。やりたい事だって、愛する相手だってあったかもしれない。そんな物を俺は全部踏み潰したんだ! 神様みたいに無慈悲に、理不尽に! なんだか強くなった気がした。
それに、明らかに普通の人間じゃないというのもまたいいんだ。あれは化け物だ。ネズミやゴキブリを殺すのと大して変わりはないだろう? 化け物を殺した所で、俺になんの罪がある?
だから、こうやってカップを仕掛けているってわけ。うまくいきゃあ、あの生き物が入り込むんじゃないかって。なんだよ、その顔は。だから言ったろ? 絶対ヒくって。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!