私は、路にしゃがみ込んで娘に笑顔で話しかけた。
「じゃあ、きちんとお使いできるかな?」
「うん!」
娘は笑顔で持っている花束を突き出して見せる。
「これをあそこに持っていって、『はい、どうぞ』してくればいいんでしょ?」
「そうだよ。じゃあ、行っておいで」
元気よくうなずいて、娘はかけて行った。
父親一人で育てるのは大変だったが、娘も一人でお使いに行ける歳になったか。小さくなっていく娘の背中を見ながら、私は感慨にふけっていた。
さて、こうしてはいられない。早くここを離れないと。
私は、駅にむかって歩き出した。
家についたあと、私は時計を見上げていた。もうそろそろのはずだけれど。
ボイスチェンジャーで変えられた声で電話がかかってきたのは、それから何分も経たないうちだった。
『娘はあずかった』
内心私は舌打ちをしたい気分だった。確かに私はある程度裕福だし、娘にはきれいな服を着せていた。でもよりにもよって、今日、私の娘がさらわれなくてもいいではないか。
「娘は、娘は無事なのか?」
犯人は答えなかったが、スマートホンの向こうで娘の泣き声が聞こえている。どうやらまだ殺されてはいないらしい。
『返して欲しければ××円を用意しろ』
犯人はかなりの金額を言った。
「悪いけれど、そんな金は用意できない」
『じゃあ、娘が死ぬことになるが、それでもいいのか?』
「別に。もとから殺すつもりだったからな」
その言葉は、少なからず犯人に衝撃を与えたらしい。
犯人は、一度大きく息を吸い込んだ後、黙り込んだ。
「今の日本はどこか狂っている。一度壊して作り直すことが必要だ」
私の崇高な理念を理解できないのか、犯人は黙り込んだままだ。
「娘は、お使いの途中だったんだよ。国会議事堂に花束を届ける」
『……』
「医療やITだけではない。爆弾だって進化している。それこそ子供の腹に隠せる量で、半径数メートルを吹き飛ばせるくらい」
『お、おい!』
「もちろんその規模で議事堂すべてを爆破できるとは思っていない。けれど、宣戦布告の嚆矢(こうし)になるはずだ。いや、なるはずだった。その誇らしい第一撃目に我が娘を捧げられることを喜んでいたのだが、こうなっては仕方ない」
『お、おい、まさか本当に……』
まだスマートフォンからは娘の泣き声が聞こえている。運良く、娘と犯人は一緒にいるようだ。
「それに、ここまで話したらどのみちお前の口をふさがなければならないしな。それに他人の娘をさらって金を奪い取ろうとする奴を生かしておくわけにはいかない」
『やめ……』
スマートフォンは、ブツッといったあと、向こうの音を何も届けなくなくなった。
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