「そこで私が持つ鉱山を再開させることにより、オッペンハイムの企みを阻止しようと思いついたのです。ここにお集まりの皆さんが出資に応じた株式を持てば、いくら冷血且つ強欲なるあのルイスと言えども一切手出しはできないでしょう。それこそが彼らに対抗する手立てとなり、一矢報いる手段に他ならないのです!」
彼らの話が一段落したところで、ようやくデュランは本題を切り出した。
「うむ。株式会社は持ち株だけがすべてだからな。いくら金を詰まれようが株をヤツらに売らなければ、口を挟めないだろう」
「ああ。それにヤツが鉱山を買収して閉鎖する目的は、たぶん銅などの鉱物資源を市場に出さないことによる価格の吊り上げにまず間違いないだろう。ここでデュラン君の鉱山から銅が大量に産出するようになれば、価格はたちどころに下落に転じるはず……。それに独占できないともなれば、いつまでも在庫を抱えるような真似はすまい」
「鉱山に出資するのは分の悪い賭けだが、それならデュラン君の話に乗る方が得策というもの……」
ほぼ当初の目論見どおり、出資者の貴族達はデュランの話に賛成している様子である。
(この調子なら、伯父から聞いた話はするまでもないな……。ここで敢えて火種を燻らせるような愚直なことをしても無意味になる)
デュランは自分の話だけで彼らを説得できなければ、伯父が最後に残した言葉である鉱山に眠る『白く輝く黄金』について語るつもりだったが、それも杞憂に終わる。ここに居る誰もがデュランの考えに賛同し、出資してくれようとしていたのだ。
ここで変に夢のような噂話を語り、せっかく温めた熱を冷めさせる必要も、またそのリスクを負う必要もないとデュランは考えていた。
それに切り札は最後の最後、窮地に陥った時に何よりも効果を発揮するもの。ここでそのカード切っても効果が薄いだろうと考えたデュランは更に現実味のある話を口にする。
「仮にですが、もしウチの鉱山から大量の銅が取れたとしたら、自分達で精錬所を作ったらどうでしょうか? もちろん鉱山とは別の会社として、ですが。その際は株式会社ではなく、ただの共同出資という形でも良いかと」
「精錬所?」
「ここにいる我々だけで精錬所を作るつもりなのかね?」
「ええ、そうです。今の現状を改めて説明しますと、鉱山から産出される鉱物それらすべては一旦役所が取り仕切った後に一般オークションであるセリへと出され、そのほとんどが安い価格で石買い屋が買い叩いています。これこそが彼ら石買い屋の儲けであり、我々はそれに否応なしに従うほかない。そこで我々が誰にも知られぬよう精錬所を作り、自分達でそれを落札する。鉱物資源への入札は完全なる匿名ですから、誰か代理人として入札をすれば誰にも知られることはない。敵が誰かも分からない状態では、いくらオッペンハイムだろうと攻撃のしようがありませんから絶対に安全です。そして落札した銅や鉄を溶かして商品を作り、市場に販売するまでを一手に担う。そちらの方が遥かに大きな儲けになると思います。それにまた市場価格に左右されることもなく安定した利益を確保できるでしょうし、また権力を振りかざす石買い屋に従う必要もなくなる。良いこと尽くめかと思いますが……」
デュランは先の先の未来までをも計画として描き上げ、ここに集まっている5人にそう語りかけた。
それは苦渋を舐めさせられてきた彼らにとって甘い蜜のように思え、賛同する以外に道は残されていなかった。
「確かに安い値で買い叩かれるよりは、自分達で加工までを一手に引き受けるほうがより多くの利益を得られることになるだろうな」
「それに石買い屋の力を殺ぐこともできるしな」
「これまで我々はヤツらの言いなりとなり、馬鹿にされ続けてきた。ここいらで貴族と庶民との違いを見せ付けるべきだっ!! 違うか!?」
「ああ、やってやろう!」
「そうだ! 一人だけの力では到底太刀打ちできないろうが、団結すれば勝てるぞっ!!」
出資者の貴族5人は熱に当てられるよう次々に席から立ち上がると、一致団結した。
「…………」
(この話には当然の如くそれ相応のリスクが伴うのだが、みんな熱に浮かされ冷静な判断ができずにいるんだな。だからこそ彼らは株や投資で失敗を重ねるのだろう。そもそもたった一つの鉱山だけで、あの巨大な資本金と権力を持っているオッペンハイム商会に勝てるわけがないのが分からないのか? それにヤツのことだから、俺の鉱山や精錬所のことを放っておくわけがないのは火を見るよりも明らかだ。だがそれこそが俺の本当の狙いにして、ヤツに打撃を与えることができる唯一の好機となり得るわけだ。彼らには申し訳ないが、その“きっかけ”となってもらうことにしよう)
デュランは立ち上がり興奮している5人を尻目に決して悟られぬよう少しだけ顔を伏せ、彼らとは別の意味で口元を緩ませていた。
(彼らがそれに気づくことになるのは大分先のことになるだろうなぁ。俺の目論見どおりならば、ヤツが動くことで利益は出ずとも出資した元金だけは回収できるはずだ。それにこれが成功したとしても、彼らも俺のことをこれから裏切るのだから変な義理立てをする必要もなくなるし、不満を口に出来るわけがない)
そこにはデュランが最初から思い描いていた、とある策略が張り巡らされていたのだ。
その事実を彼らが知るのは、だいぶ後の話になる。
彼らがデュランのことを裏切り、見捨てたその後に……。
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