「んっ……んっ……んっ、うっぷっ……ふぅーっ」
「くくくっ」
「なんだルイス? 今俺のことを見て笑いやがったのか? ああん?」
「んっ? ああ、いやいやキミのあまりの飲みっぷりに感心していただけだよ。なんせ私は酒の類は一切飲まないものでね。もしキミの気分を害したならすまなかった」
「ふん!」
ドンッ!
ケインは直接口を付け空になってしまったワインボトルを乱暴にテーブルへと置いた。
ここはとある貴族が開いたパーティー会場である。
パーティと一口に言っても別に何かを祝うためここへ集ったというよりかは、こうして上流階級同士の貴族だけで集まり話をしたりケイン達のようにポーカーなどの遊びに興じる口実の意味も含んでいた。
「次は負けないぞ!」
「…………」
ケインはたった今負けたばかりのカードを中央へと投げ捨て、自信満々にそう憤っている。
ルイス他3名はそれに対して何も言葉を発せず、観察するようにケインのことを見ていた。
「それでは次のゲームへと移らさせていただきますね」
「ああ、さっさとカードをシャッフルさせて配ってくれ!」
「はい。仰せのままに……ケイン様」
ルイスの左隣に座り執事の服を着たまるで女性のような綺麗な顔立ちの男性(?)が横に居るケインから次のゲームを促されると、手馴れた手つきで集めたカードを鮮やかにシャッフルさせている。
「…………リアン」
「……はい」
「くくくっ……」
ルイスが彼の名前を呼ぶとリアンと呼ばれた執事は少しだけ口元を緩めながらも頷き、そして彼の反対側に座っているもう一人の貴族らしき格好をした年配の男性はそれを見て取り意味深な笑みを浮かべていた。
「それではまた皆様にカードを配らせていただきますね」
スッスッスッ……音もなくリアンが自分の分を含めながら、各自の手元へと1枚ずつカードを配っていく。
彼らが興じている遊びは2~6人で遊ぶファイブカード・ドローというポーカーだった。
ファイブカード……つまり一人につき手札として5枚のカードを受け取ってから賭け金を決め、手持ちの手札を見てから控えに置いてある山札から好きな枚数分だけ交換することが出来るというものである。
当然ながら相手よりも良い役を作れば勝ちという至って単純なカードゲーム遊びだ。
本来なら親を決め左回りで順番に役が回ることになっているのだが、執事であるリアンがカードをシャッフルしたり配る役割すべてを担っていた。
それはゲームが終わったばかりのカードを自分の手元へと集める行為が、まるで必死に金をかき集めている庶民の姿にも見えるので貴族達は一様に自分より下の身分の者にそれをやらせている。
リアンはルイスの執事として、彼の身の回りの世話をしたり護衛をしたりもしているのだが、カード遊びとはいえ本来なら貴族に交じって執事がポーカーをするなんてことはまずありえない。
けれどもちょうど席が一つ余ったという事と彼がトランプを使った遊びが得意であるということから、カードディーラー(カードを集めたりシャッフルしたりする役割)にピッタリだと特別に参加が認められていたのだった。
確かにその手さばきは本職のそれと見紛うばかりの鮮やかさであり、またシャッフル途中でカードを落とすようなヘマを一度もしていない。
むしろそれどこか一つ一つの行動があまりにもスムーズすぎて「プロなのではないのか?」と思ってしまうほどである。だがそれもワインを大量に飲み、冷静な判断ができないケインには気づく素振りすらもなかった。
「さて、ルイス様。次のベット(掛け金)はいかほどにいたしましょうか?」
「……全部だ。俺の手持ちオールレイズだっ!!」
「おいおいケイン、本当にいいのかい? キミは先程からずっと負けているというのに、そのうえ全額だなんて無茶をしすぎじゃないのか?」
「俺の勝手だろっ! なんだ、そんなことまでお前に指図されないといけないって言うつもりなのか!?」
「はぁ……リアン」
ルイスはせっかく忠告をしたというのにケインのことがまったく手に負えないと、彼の手持ち全額ベットを了承するかのように肩を竦め両手を広げながら呆れ果てたようにリアンの名前を呼んでから目配せをした。
通常ならば破産しないようにとベットする金額を制限させるのが一般的であるのだが、彼らが興じているのはベットに制限のない『ノーリミット』と呼ばれるものだった。それこそプレイヤーは手持ちの金はもちろんのこと、それを超える資産ですら賭けることもある。それは例えば土地や家などと言った莫大な資産と言えども賭け金となってしまう恐ろしいものだった。
「(コクリッ)……それでは皆様、ベットのほうを締め切ってもよろしいですね?」
「ああ!」
リアンはルイスの問いかけに頷くと、反対側に座っている人物モルガンの方を一瞬見てからベットを締め切った。
ケインにとってはその間すらもおしいと思っているのか、少し強めに返事をして続きを早くするようにと催促する。
「私の役は6が2枚ですから、ワンペアになりますね」
リアンは裏返しになっている自分の手札を他の3人へ見えるようにとオープンにする。
ダイヤとクローバーにはそれぞれ6の数字が刻まれており、残りのカードはどれもバラバラだった。
「ふむ。リアンはワンペアなのか。私は……おっと。ふふっ運に見放されてしまったのか、どうやら私の手札は豚のようだな」
そう言ってルイスはリアンに続いて自らの手札を捲り上げると、数字も柄も何一つ揃っていないハイカードと呼ばれる『役なし』であった。
誰が初めにそう呼んだのかまでは分からないが、貴族の間ではしばしば『豚』とも呼ばれている。きっとその豚の意味とは現実社会において最下層を意味し、皆に食べられるという皮肉が込められてそう呼んでいるのかもしれない。それこそ自分達を上流階級の支配者であると思い込んでいる貴族達なりの庶民に対する嫌味も込められているのかもしれない。
「さぁさぁ、ま~た私と一騎打ちのようですな」
「……ちっ」
残されたのはケインとモルガンだけだった。
「ふふっ……これはなんとも見物だな。先程から連勝しているモルガンが勝つのか、それとも手持ち全額ベットしたケインが勝つのか……リアン、どうだ我々も一つ彼らの運命に賭けてはみないか?」
「悪趣味ですよ、ルイス様。ですが、その賭けには乗らせていただきましょう」
「ほぉ~っ。主の賭け事に自ら進んで乗る執事……か。まぁそれも目の前で繰り広げられているポーカーに負けず劣らず、また一興なことだな! はっはっはっはっ」
ルイスとリアンは互いに睨み牽制し合ってるケインとモルガンを他所に「彼らのうち、果たしてどちらが勝つのか?」っと、更なる賭け事の対象にしようと話を弾ませていた。
「……ちなみにリアンはどちらへと賭ける?」
「私が先に選んでもよろしいのですか?」
「ああ、今日は特別気分が良いからな。それに駆け馬を自ら選ぶ権利がなければ、面白みがなかろうに……。遠慮せずに好きなほうを選べ」
「そうですね……。もしお許しになられるならば、モルガン様を……」
「そうかそうか、リアンは手堅くもモルガンの方を選ぶか。それならば私は親友でもあるケインに賭けることにしようかな。彼が今日ここで負けてしまえば、住む家すらも無くしてしまうからな。それはあまりにも無慈悲というもの……さすがの私でもそうなってしまえば、もはや手を差し伸べることができなくなってしまう! あ~っはっはっはっはっ」
自らの運命すべてを託したポーカーゲームに興じているケインを尻目に、ルイスとリアンの主従はどこまでも他人事のように振る舞っていた。それもそのはず、彼らにとってはこんなポーカーゲームなど暇を潰すお遊びにすぎないのだから……。
けれどもケインの場合は違う。彼はこの数ヶ月の間ずっと負け続け、ついには父親であるハイルから受け継いだ田畑や店などありとあらゆるものを賭けていたのだ。そして今日賭けていたのは、なんとハイルの屋敷と元デュランの家であった。
本来ケインがルイスからしている借金の額ならば、その二つを売りに出せばある程度のお釣りが来るのだったが今の彼はそんなことすらも冷静に判断ができないのか、それすらも投げ打ち賭け金としてしまったのだ。もしここで負けてしまえば屋敷と家はポーカーに負けた賭け金として否応なしに没収されてしまい、当然ながら今ある借金はそのまま残ってしまって支払い不能となってしまう。
(今だけ……これにだけ勝ちさえすれば、すべてが元通りになる。そうすればきっとマーガレットも俺のことを……)
ケインは最後の一戦だと、己のすべてを投じる覚悟でこのポーカーに望んでいた。
もしここで負けてしまえば、すべてを失うことになる。それは家などの資産はもちろんのこと、地位や名誉、そして妻からの信頼も何もかもが瞬く間に消え去ってしまうことになる。
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