「本来なら、こんな夫の醜態話なんて貴方に話したくはなかったのよ。でも……でもね、わ、私だってもう限界で限界で……ほんとどうしたらいいのか分からなくなってしまって……っっ」
「マーガレット……」
さすがに今聞かされた話はデュランが考えていたよりも更に最悪の事態であり、ついにはマーガレットは我慢しきれずに泣き出してしまった。
「……あっ、ぐっ」
デュランは咄嗟に泣いているマーガレットのことを抱き締め、頭を撫でて慰めてやりたい衝動に駆られてたのだがグッと我慢し、どうにか堪えてみせた。
「大丈夫……もう大丈夫だからな、マーガレット。俺が力になってやるから……だからそんなに泣くなよ」
デュランはマーガレットを抱き締める代わりに正面を向き、彼女の両肩に手を乗せると慰めるようにそう優しく語りかけた。
「でゅ、デュラン……ずっ……ご、ごめんなさいね。本当に……ごめんなさい……私、私ったら……貴方にもたくさんの迷惑をっ……」
マーガレットは一旦泣き出してしまったことで、これまで気丈に振る舞っていた感情に歯止めが利かなくなってしまったのか、謝罪するように何度も何度も頭を下げて謝っていた。
きっとそれは今の話を聞いてもらっただけではなく、これまで彼にしてきた仕打ちの数々に対する償いの意味もあるのかもしれない。
「もういい……もう何も心配するな。何かしら解決策があるはずだ……だから昔みたいに笑って俺に笑顔を向けてくれ。じゃないとお前と同じ名を持つマーガレットの花言葉である、美しい容姿に似つかわしくなっちまうぞ」
「でゅ、デュラン……あ、あのときのことを……貴方は覚えていてくれたのね……ぐすっ」
「ああ、もちろんだ。なんせお前との大切な思い出だからな。何一つ忘れてたまるものか」
「デュラン……デュラ~ン……うわあぁぁぁぁぁん」
マーガレットは子供のように泣きじゃくると、デュランの胸へとその涙を拭い去るかのように必死に抱きついてくる。
デュランの胸元の服は両手で強く握り締められてしまっているために泣いている彼女の顔同様、グチャグチャになってしまっていた。
けれどもデュランは本当にそんなマーガレットのことが気の毒で不憫に思えてしまい、彼女を突き放すような真似事はできなかった。
何故なら今無慈悲にもマーガレットのことを無理矢理にでも引き剥がしてしまえば、もう何も助けるものが無くなってしまい退路を断たれてしまった彼女が取れる道は残酷な現実しか残されていないのだ。
貴族達は資産の運用や管理に関してだけは得意であるのだが、これといったつぶしの利く手に職も能力も何もないため労働者には一切向かず、かと言って余計な自尊心からどこかの家で下働きなんてこともできるはずがなかった。
よって没落してしまった貴族達に唯一残された道、それは……『死』しか残されていない。
実際閉鎖してしまったウィーレス鉱山の元所有者は鉱山の閉鎖によって返しきれないほどの多額の負債を抱えしまい、出資した人達や乗っ取った張本人であるルイスから借金の催促を毎日のようにされていたという。
追い詰められた彼が最後に取った行動、それは拳銃による自殺というものだった。
そして皮肉にも彼の残された家族達の行く末は一人娘はルイスが紹介という名の元に斡旋してきた、豚のように丸々と太った見知らぬ横暴な態度で有名な貴族の妻となり、不運にも未亡人になってしまった妻はその娘が嫁いだ先の下女として下働きをさせられていた。
当然のことながら娘とその母親への待遇は表現しきれないほど劣悪であり、娘は毎日のように夫から耐え難いほどの暴力と夫婦の営みを強要され、その母親も満足な食事も与えられないまま奴隷のように働かされているのだという。
ルイスは金はあるが本人の性格や趣味に問題のある貴族達を、そうした残された娘や妻を斡旋という形で宛がような仕事もしていたのだ。それこそその家族に賛否の意思は与えられず、有無を言わさずただ言われるがままそれに従うほかない。
それこそ彼が影で奴隷商人などと囁かれるほど、残虐且つ無慈悲な行動とも言える。
(もし……もしもマーガレットがそんなことになってしまったら、俺はきっと耐え切れなくなってしまう。それこそ相手を殺してしまうのも厭わないほどに……)
そんな没落してしまった貴族達とその家族の惨めな行く末を知っているからこそ、デュランはマーガレットに冷たい態度を取ることができなかったのだ。
仮にマーガレット達がただ家や財産を失い路頭に迷うだけならば、デュランに救い出せる手立てはいくらでもあることだろう。
けれども借金の名の元に一度でも性奴隷や下男下女へと落とされてしまえば、資産のないデュランにとってはただ傍で見守ることしかできない。
だからデュランは今ならまだギリギリ間に合う状況、自分の手の届く位置に居るマーガレットのことを助けてやりたくて、こんなことを口にした。
「マーガレット……ケインのヤツは今どこに居るんだ?」
「ふぇっ? け、ケインの居場所? デュラン貴方、彼の居場所なんて聞いて何をする……も、もしかして……」
「ああ。そのもしかして、だ。ケインの所に行って、ヤツをぶん殴ってでも目を覚ませてやる!!」
デュランは今抱いている衝動を抑えきれずにマーガレットにそう言ってのけた。
「……あら、あのお姿はデュラン様ですわよね? えっ? で、ですがあの女性の方はリサさん……ではありませんよね? それならあれは一体なんでしょうか? デュラン様とお互いの背中へと腕を回して抱き締め合い、見つめ合っていますわ。あれではまるで今にもキスをしようとする仲睦まじい恋人同士にしか……」
だがそんな公園のベンチで抱き合う二人の姿を偶然にも目撃してしまった女性が居ることを、デュランもマーガレットもまだ気づいてはいなかった。
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