「はぁーっ。何で俺はこう馬鹿なことばかりをしてしまうんだ……ほんと……はぁーっ」
デュラン達が賑やかな雰囲気に包まれる中、ケインは一人寝室で深い溜め息をついていた。
彼も自分でも数えてはいなかったが、既に朝から数えて30回以上はこうして自らの駄目さを口にしながら溜め息をついていたのかもしれない。
「マーガレットには本当にすまないことをしてしまった。それなのに……」
朝になり昨日の深酒がようやく抜け出ると自分がした過ちの数々に気落ちした彼の気分同様、体調までもすこぶる悪かった。
昨日の約束では妻であるマーガレットと共にツヴェンクルクの街へと赴きデュランに謝りに行くはずだったのだが、気分が悪いのと同時に昨日しでかした行為に対する罪悪感とどんな顔をしてデュランへと謝罪すればいいのかを悩み、彼は体調が優れないという理由で「今日は街に行くことを止める」っとマーガレットに告げる。
すると彼女は怒ることも哀れむこともなく「体調が良くなってから、また一緒に行きましょうね。だって私達は夫婦なんですもの。苦しいときこそ、共に助け合わなくちゃね」っと優しい言葉を彼にかけてくれ、自ら「今日のところは私一人で行って来るわね」と言い残して彼の代わりに一人でデュランの元へと謝罪しに出掛けて行ってくれた。
家にただ一人残されたケインは妻に対する申し訳なさも手伝い、自分の不甲斐無さをより自覚することしか出来ずにいる。
だだっ広い家に一人椅子に腰掛け溜め息をついているとより負の感情が心を蝕み、悪い考えしか頭に浮かばなくなってしまう。
彼の家には元々身の回りを世話をする使用人が数人居たのだが、度重なる借金により給金が支払えなくなったため、今は暇を出していた。
尤もそれも『暇』とは名ばかりなものであり、ケインの家は店も土地もルイスの借金の形に取られてしまっているため、自ら金を稼ぐどころか少しずつただ食い潰してゆく未来しか残されていない。
このままでは今住んでいる家か、父親が住んでいた屋敷を売却しなければ遠からずシュヴァルツ家という名を持つ貴族は自ら没落するのを日々怯えながらに待つしか道はない。
「ルイスの借金さえなければ……」
ケインは自らイカサマポーカーで負けたことを悔やむように呟く。
昨日デュランが暴き、彼らのしていたことがカードのすり替えというイカサマであるということは分かったが、それでも過去に遡ることはできない。
仮に開き直ってイカサマだと裁判所に願い出たとしても、家も父親の屋敷も既に借金の担保という形で正式に登記されているため、ルイスへの借金が無くなる事はないだろう。
昨日のこともあってか、当分の間はルイスもそれについて言及はしてこないだろうが、元本を支払い終えない限り利息は日々増えることになる。
だが利息すらも今は満足に支払えていないため、請求されればどちらにせよ家か屋敷のどちらかを売却しなければならなくなる。
「もしくは店か土地、そのどちらかが残ってさえいればこんなことには……はぁーっ」
ケインは愚痴りながら溜め息をついた。
実際問題として店か土地どちらかが残っていれば、そこから入る収入で細々ながらも利息くらいは支払えていたかもしれない。だがそのどちらも既に手放しているので、今は利息すらも支払い不能である。
「ルイスの借金に負われ、挙句デュランにまで助けられるなんて、俺もとうとう進退窮まってしまった……か。ははっ。俺の父親もこうなることが最初から分かっていたから、死ぬ間際デュランに助けを求めろって言ってくれたんだな。ほんっと、自分で自分のことが情けなくなっちまうよ」
今彼の頭に浮かんだのは、父親が最後に残してくれた言葉だけだった。
それが頭の中で鳴り響き、まるで耳鳴りのようにいつまでも耳の中に残る。
「がぁっ……こ、声が……」
ケインはその声から必死に逃れようと頭を振り両手で耳を塞いでみたのだが、声は変わらず聞こえ続けていた。
「ちっ……あーっ、クソっ!」
それはまるで父親が最後にこの世に残した自分への呪いか何かだと思わずにはいられず、堪らず握りこんだ右手でテーブルを強く叩いた。
その衝撃でテーブル上に置かれていたグラスにに入れられたカーネーションの花が飛び跳ねてしまう。だが幸いにもグラスの中に水が入っていなかったため転がり倒れることはなく、どうにか揺れるだけでその場に留まっていた。
「はぁはぁ、はぁはぁ」
息を切らせ目まぐるしく白黒と映りこむ彼の瞳には、黄色の色が鮮やかな花びらをつけた花が目に入ってくる。
それは昨日自分が間違えて購入してきたカーネーションの花だった。
家にたまたまちょうどよい大きさの花瓶がなかったのか、その花はコップから少しだけはみ出す形で整えられ、まるで夫婦かなにかのように寄り添うように2本だけ重なっていた。
「ぐぁっ……ま、まだ聞こえ……てくる」
テーブル叩き大きな音を出したことで、一瞬だけでもその声から逃れることが出来た。
けれどもすぐに部屋の中が静寂に包まれると再び父親の恨み辛みのようなくぐもった声が聞こえ、ケインはまるで現実に見る悪夢のように魘されてしまう。
「ぐっ……はっ……た、確かここに……」
その声からもう逃れられないと分かると、彼は椅子から転がり落ちながらもベット脇にある台へと必死にすがり付く形で這い蹲りながら、ようやくそこに辿り着いた。
そして床に倒れこみながら必死に左腕を伸ばしながら引き出しを開け中を弄るように荒っぽくも探すと、突っ込んでいる左手にふと細長い筒状の冷たい金属の感触が伝わってきた。
「き、貴族たる者……自分の身くらいは……自分で守ってみせる」
彼が捜し求め、今手にしているもの……それはなんと古びた拳銃だった。
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