「アンタ、若く見えるけど……まだ10代かそこらの若造だろ? そもそもなんでこんな戦争になんて参加したんだい? やっぱり農家の出なのか?」
「俺か? いいや、違うぞ。それとも農家をしているようにでも見えたのか?」
まだ18歳になったばかりの『デュラン・シュヴァルツ』は、目の前で酒瓶を傾けている、その見た目30過ぎの男から尋ねられると、臆することなくそう答えた。
「なら、貴族の次男坊ってところか? それがなんでまた……」
「ふん。しれたこと――そんなものは家系の名誉のために決まっているだろう」
互いの領土を巡り大陸を東側と西側とで二分割する戦争、いわゆる『東西戦争』へとデュランは参加していた。またその兵士のほとんどが、徴兵によって集められた農民の長男や貴族の次男坊三男坊ばかりであったのだ。
けれども、それらに当てはまらないデュランは家系の名誉のために――っと、長男でありながらも自らの意思で参加していたのである。
「アンタも相当変わってんだな。普通は徴兵なんかで無理矢理連れて来られるものなのに、家の名誉だからって参加なんかしねぇぞ。それこそ死んだら、そこで人生何もかもがおしまいなんだぜ」
「そんなこと、今更酔っ払い相手に言われるまでもないさ。余計なお世話だ」
そもそもシュヴァルツ家は西部地方で、たくさんの鉱山経営や土地やレストランなどを所有して財を成した家系であった。
そして戦争へと参加することで、より家名への名声を高める目的とともに、デュラン自らも箔を付ける狙いで参加を希望したのだ。
「ほら、お次はアンタの番だぜ。コール」
「ああ……おっと、酒をこぼしちまったぜ」
トントン。
デュランは数枚のトランプ片手に、相手の番を示すコールサインの代わりに木箱のテーブルを軽く二度ほど叩いてみせた。
「っと、その前に掛け金を決めていなかった」
「そういや、そうだったな。さてさて何にするか……うん? その首に下げているのは……銀の指輪じゃねぇか? もしかしてそれ、婚約指輪だったりするのかい?」
「うん? ああ、これか。そうだ、婚約者に借りてきたお守り代わりのものさ」
デュランが少し前屈みになると、首から下げているネックレスが男の目に入ったらしい。
「よーし。ソイツを賭けるってのはどうだ?」
「おいおい、冗談はよせよ。これはダメに決まってるだろ」
デュランは即座に断りを入れる。
元々この指輪はデュランが婚約の証に、っとマーガレットへと贈ったものだったが、戦争へ向かう前日に婚約者であるマーガレットから無事に帰ってくるためのお守り代わりとして預かったものである。
「ねぇデュラン。明日にはもう戦地に行ってしまうのでしょう? なら、この指輪を持っていって」
「うん? 俺があげた指輪をか?」
「ええ、そうよ。あっそうだ。ちょっと良いことを思いついたわ。ついでにその首飾りを外してちょうだい」
マーガレットは左薬指にはめていた指輪を外すと、デュランがいつも身に着けていた銀の首飾りへと通した。
「はい。これでよしっ! これできっと貴方のことを守ってくれるわ。なんせこれはデュランから送られた婚約指輪なんですもの。だから生きて帰ってこなかったら承知しないわよ!!」
「ははっ。そうだな。それに生きて帰って来れたら、正式に式を挙げて結婚しようなマーガレット」
「ええ、約束よデュラン♪」
マーガレットもデュランも、とても幸せそうな笑顔になっていた。
そして二人は抱き合いながら、約束を交わすような誓いの口付けをするのだった。
(そんな大切な指輪をポーカーなんて遊びの賭け金にするというのか?)
デュランはマーガレットとの約束を思い出し、すぐさま別の提案をすることにした。
「無難なとこで、俺はさっきアンタから巻き上げたこのライターを賭け、そしてアンタは今日の夕食を賭けるってのはどうだ? 最悪、腹が減ってもそこらの新兵から芋でも奪えば腹は満たされる。どうだ、案外悪い提案じゃないだろ?」
「ああ、それでもいいぜ! きっちり取り返してやるよ」
そうデュランは軽口を叩き、先程の賭けで受け取ったライターを左胸ポケットにしまった。
そうして賭け金が決まると、男はカードを1枚引いた。
「……にしても、アンタ。婚約者居るってのに参加したのか? ははっ。まるで狂気だな。アンタが死んじまったら、その女は女房になる前に未亡人になっちまうんだぜ。そのことについて、まったく考えたりもしなかったのかよ?」
「ふん! そもそもこんな敵地の縄張りで、ポーカー遊びしているほうが俺としてはよっぽど狂気だと思うがね」
「ははっ。ちげーねー」
今彼らが興じている遊びは数枚のトランプを使って遊べるポーカーである。
それも場所は敵地のド真ん中で行なっていたのだ。とても正気とは思えない行動だった。
だが、それでもデュラン達は妙な高揚感が手助けし、通常の感覚では計り知れない感情に苛まれ、いつ敵が出て来ても可笑しくはない状況下で、一時の休息を取っていた。
「おい、お前らいつまで遊んでるんだ!」
部隊長が未だ遊びに興じている二人に注意を促した。
「でもね、隊長。この辺りには敵の姿なんて人っ子一人見当たらねぇですよ。だからポーカーで遊んでいて……ぐはっ」
いきなり目の前の男の胸に真っ黒な穴が開くと、その中央から少しずつ赤いシミが広がっていくのが目に飛び込んできた。
「敵襲ぅーーーーっ!!」
「ちっ、クソがっ!」
デュランは咄嗟の判断で目の前にあった木箱を盾代わりにすると、そのまま横っ飛びで地面へと転がった。
バンバンッ!!
その瞬間、デュランが居た場所には銃弾が二発打ち込まれる。
「おいおい、いきなりかよ……撃つなら撃つって言えよなぁっ!」
既に先程の男はいくつもの銃弾を浴び、倒れているのが目に入った。
あれではとても助からないだろう。
「うおおおおおっ!!」
隠れていたであろう敵の大群が森の中から飛び出してきた。
もちろんデュラン達、西の者もそれに応戦する。
「はっ!」
「ぐっ……ぬあぁぁぁぁっっっ!!」
ガキン!?
銃に剣先が付いた銃剣で応戦する。
「ふん!」
「があぁぁぁっ」
デュランは向かってくる敵を軽々と往なして地面に倒れさせ、胸元へと剣でトドメを刺した。
バンッ!
「ぐはっ」
だがその直後、何故か真正面に居たはずの味方に左胸を撃たれてしまい、デュランは前のめりに倒れこんでしまう。
「お……お前……が……な……ぜ」
「ニッ♪ 世の中には知らないほうがいいってこともあるんだぜ。それにアンタはもうすぐ死ぬんだ。知る必要なんてない。じゃあな、デュラン・シュヴァルツさん」
そのニヤけた顔つきと、頬にナイフか何かで斬られたような古傷がある男にデュランは見覚えがあった。
先程ポーカーを興じていた際に注意をしてきたあの部隊長の男だ。
彼が何故、味方であるはずのデュランを撃ったのかはわからない。
けれども、その男は悪魔とも呼べる顔をしていたことは間違いなかった。
「マー……ガレッ……ト……すまな……い」
デュランが意識を失う直前、婚約者であるマーガレットの笑顔が頭に浮かんだ。
もしかすると、それは女神の微笑みだったのかもしれない。
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