「まだ何かあるのでしょうか……? 街の案内が必要なら、文官や護衛兵を手配しますが……」
オスカーが暗い表情でそう言う。
婚約の話を私に拒絶された今、元気がなくなっているね。
「いえ、そういうことではなくてですね……」
私は意を決して、口を開いた。
「実は、私も氷魔法が使えるのです。あの夜会の後から、練習を始めまして」
「はぁ、それは素晴らしいことです。才能溢れるイザベラ殿であれば、氷魔法の習得など朝飯前ということですか。ますます、シルフォード伯爵家の価値が下がるというものです。はははははは」
彼が乾いた笑い声を出す。
「いいえ、そうではないんです。氷魔法は難しくて、まだまだ小さな氷しか作り出せません。一度の発動で、握り拳ぐらいでしょうか……。あの見事なオブジェを作られていたシルフォード伯爵家の皆様には、遠く及びませんわ」
私は、彼の言葉を否定した上で自虐的に笑った。
「しかし、大きな氷を作れたところで飾り付け程度にしか役に立ちません。それならば、土魔法や水魔法の方が実用的です」
「確かに、そうかもしれません。ですが、これは他の魔法と組み合わせることで、新たな可能性を生み出すことができるのではないかと考えているのです」
私は自信満々に言った。
オスカーが不思議そうな顔をしている。
「例えば、どのような魔法との組み合わせでその可能性が?」
「百聞は一見にしかず。見せて差し上げましょう。【アイスクリエイト】」
私は右手を前に突き出すと、氷魔法を発動させた。
手の平に生成されたのは、直径十センチ程度の氷塊だった。
「ほほう。数か月で習得したとは思えない、見事な腕前ですね」
オスカーが感心したように言う。
いつの間にか、暗い雰囲気はなくなりつつある。
私がどんなものを見せるか、気になっているのだろう。
「ここからです。【ウインドカッター】」
出現した風の刃が、氷を細かく砕いていく。
私は器を用意し、その砕かれた氷をそこに入れていく。
しばらくして、十分な量の氷が器に盛り付けられた。
「ほう……。これは面白い。イザベラ嬢は、風魔法と組み合わせているのですね。なるほど、氷を細かく砕いて……」
オスカーが目を輝かせている。
どうやら興味を持ってくれたようだ。
「そして、ここにシロップを掛けると……完成です。美味しいですよ」
私は、完成した食べ物をオスカーに差し出す。
「こ、これを食べるのですか? 美しいのは間違いありませんが、所詮はただの氷でしょう? 食べるのには適さないのでは……」
オスカーが戸惑っている。
「大丈夫です。食べてみると分かりますよ。はい、あーん」
私は、スプーンで一口大の氷を掬うと、それをオスカーに向けて差し出した。
彼は恥ずかしそうにしながらも、素直に口を開けた。
よしよし、素直じゃないか。
「どうですか? お味の方は……」
私の問い掛けに対して、彼はゆっくりと噛みしめるように咀しゃくする。
「美味しいです……。まさか、ただの氷がこれほど美味しいとは……。それに、このさらさらとした舌触りは……」
オスカーが感動に打ち震えている。
「このカキ氷を気に入ってもらえて、良かったです。これで、氷魔法の可能性について分かって頂けたと思います」
「た、確かに……。氷魔法にこのような使い方が……!」
オスカーが目を見開く。
「氷魔法は、ただ凍らせるだけの魔法ではありません。このように工夫すれば、様々な用途で使うことができるのです」
「なるほど。シルフォード伯爵家には、私を含め氷魔法士が複数存在しています。後は風魔法士を確保すれば、このカキ氷という食べ物を量産することも可能なわけですか。よし、何としてでも風魔法士を探して……」
「その必要はありませんよ」
私は彼に微笑みかけた。
「どうしてです?」
「簡単なことです。氷魔法はカキ氷に必須ですが、風魔法はそうではないからです。風魔法無しでも、カキ氷は作れますよ?」
「そんなこと、できるはずが……」
オスカーが否定しかけて、ハッとする。
「そ、そうか! 氷を削る器具さえあれば、問題はないのか……。その発想は無かった。氷魔法に固執していたせいで、視野狭窄に陥っていたのか。何も、魔法だけで完結させる必要はない。なるほど、そういうことだったのか。改めて考えれば、他にも使い道が……」
オスカーがぶつぶつと呟いている。
「イザベラ殿。あなたのおかげで、素晴らしい発見ができました。ありがとうございます」
オスカーが深々と頭を下げた。
「いえ、こちらこそ、貴重なきっかけをいただき、感謝しておりますわ」
私が氷魔法で何かできないかと考えるようになったのも、氷魔法士のオスカーがいたからこそだ。
そしてその結果、カキ氷という素晴らしい食べ物を生み出すことができた。
「姉上! それが僕に隠れてコソコソとやっていた秘密ですか!? く、悔しいです……。こんなに甘くて美味しそうなものを……。僕だって食べたかったですよ!」
オスカーとの話が一段落したところで、フレッドが乱入してきた。
どうやら彼もまた、カキ氷を食べてみたいらしい。
彼は甘いものが好きなのだ。
「あら、ごめんなさいね。じゃあ、改めて三人分作りましょうか」
カキ氷をうまく扱えば、シルフォード伯爵領の経営状況も少しは改善するかもしれない。
私は満足感を味わいながら、再び氷を生成して削り、三人分を用意した。
「おおっ! これが姉上の開発したカキ氷ですか! 美味しいです!!」
「その通りですね。これは素晴らしい!!」
フレッドとオスカーがすごい勢いでカキ氷を食べていく。
「あっ。急にたくさん食べたら……」
私は懸念の声を上げる。
だが、手遅れだ。
「姉上? 珍しく、食べる速度が遅……っ!?」
「ぐっ!? これは……」
フレッドとオスカーが頭を抱える。
「ごめんなさいね。伝えるのが遅れたわ。カキ氷は、急にたくさん食べると頭が痛くなるのよ。我慢してたら、すぐに収まるから」
「「ぐおおおおぉっ!!」」
呻き声を上げる二人を他所に、私は悠々とカキ氷を堪能したのだった。
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