「へえ。ここがシルフォード伯爵が治める街なのね。なかなか活気があるじゃない」
私は、馬車の窓から見える街の様子を見ながら言った。
先日の夜会の日にも通ったのだが、あの時は街の様子を見る余裕がなかった。
「そうですね。街全体がとても栄えていて、治安も良いようです」
隣に座っていたフレッドも同意した。
「あっ! ああっ!!」
「ど、どうされましたか!? 姉上!!」
突然大声を出した私に驚いたのか、フレッドが慌てる。
「あそこの屋台を見てちょうだい!」
私は窓の外に見えるある店を指差す。
「え? どれです? ……ああ、あれは串焼き屋みたいですね。それが何か?」
「とてもおいしそうじゃない? 食べたいなぁ」
私は目をキラキラさせながら言う。
「……は?」
フレッドはポカンとした顔をしていた。
「ね、食べましょうよ」
「ダメです。まずはシルフォード伯爵家へ挨拶に行かないと。そんなことをしている暇はありません」
「ちょっとくらいいいでしょう?」
「ダメなものはダメです。それに、父上からも言われているんです。姉上を甘やかすなって」
「別にいいじゃない。フレッドだって、いつもお菓子をこっそり食べていたでしょ?」
「そ、それとこれとは話が別です」
彼は年齢の割に大人びているが、年相応なところもある。
その一つが、甘いもの好きなところだ。
「ねえ、お願い」
私は両手を合わせて懇願する。
「……はあ。仕方ないですね。少しだけですよ?」
「やったー」
フレッドの許可が下りた。
今回の視察は、私とフレッドがメインだ。
護衛や世話役も同行しているが、身分としては私とフレッドが最も上。
彼の許可さえ下りれば、私は好き放題に行動できる。
……いや、本当は私の一存でもいいんだけどね?
私の方が年上だし。
でも、彼は私にずいぶん懐いており、いつも私の身を案じてくれている。
だから、彼に黙って好き勝手に動く気にはなれない。
「すまない。串焼きを二本もらえるか」
フレッドは馬車を降り、店番をしていた中年のおじさんに注文をした。
「あいよ」
「ありがとう」
フレッドはお金を払い、串焼きを受け取った。
「ほら、姉上」
そして、そのうちの一本を私に手渡してくれる。
「ありがと。フレッドって優しいのね」
私はお礼を言い、笑顔で受け取った。
「べ、べつに、僕は優しくなんか……」
フレッドは照れ臭そうな顔をしながら、頬を掻いていた。
「じゃあ、いただきます」
私は早速、串に刺さった肉に齧り付いた。
じゅわっと口の中に肉汁が広がる。
「ん~おいしいっ」
「……確かに、これは絶品ですね」
フレッドも夢中で食べ進めていく。
「もうなくなっちゃった」
私は名残惜しみながら呟く。
そして馬車に戻ろうかと思った、その時だった。
信じられないものが目に入った。
「う、嘘……。どうして……」
私は目の前にある光景を見て、思わず声を漏らす。
「どうかしましたか? 姉上」
フレッドが心配そうに声をかけてくる。
だが、それどころではない。
「ねえ、フレッド……。あれを見てっ!」
私は興奮気味に、フレッドの腕を掴んで言った。
「え? どれですか?」
フレッドは私が指差した方を見る。
そこには、屋台があった。
その屋台で売っているものは、紛れもなく……。
「……アップルパイ? あれがどうしたというのです?」
フレッドは不思議そうに首を傾げる。
「分からないの? 私達は、串焼きを食べてお腹を満たした。次は何がしたい?」
「……あ、ああ。そういうことですか。さすがは姉上……。そのお腹の状態で、また甘いものが食べたいと仰るのですね?」
フレッドは呆れたように笑っていた。
「もちろんよ! 食べないなんて選択肢はないわ!」
私は満面の笑みを浮かべながら、再び歩き出した。
「ちょ、ちょっと待ってください。シルフォード伯爵家への挨拶もまだなのに……。お腹を膨らませた状態で会うおつもりですか!」
フレッドは慌てて追いかけてきた。
彼の言うことも一理ある。
あまり好き放題するのもマズイ。
でも、止まれないんだ。
アップルパイが私を待っている!
「ふふふ。よろしいではありませんか」
不意に、私を擁護するような言葉が聞こえた。
「あなたは……」
私は驚き、後ろを振り返る。
そこにいたのは、眼鏡を掛けた理知的な少年。
銀色の髪が美しくなびいている。
この領地を治めるシルフォード伯爵家。
その跡取り息子である、オスカー・シルフォードがそこに立っていたのだった。
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