私がシルフォード伯爵領の視察を行ってから、二か月ほどが経過した。
その間、特に大きな問題もなく平和に過ごすことができていた。
夏も終わりゆくが、今年はまだ少し暑い。
私とフレッドも、汗を流しながら畑仕事や稽古に励んでいた。
そんなある日のこと。
「イザベラ殿。お久しぶりです」
「あらあら、オスカーさんではありませんか。アディントン侯爵領へようこそ。しかし、予定よりもずいぶんとお早い到着ですね」
オスカー・シルフォードがアディントン侯爵領にやって来た。
元々、アディントン侯爵家とシルフォード伯爵家に深い交流はない。
せいぜい、互いの夜会に出席する程度だろうか。
私は二か月前にシルフォード伯爵領を視察したが、あれはあくまで例外的なことだ。
「イザベラ殿にお会いするのが楽しみで、つい急いで来てしまいました」
オスカーが照れたように笑う。
「まあまあ、それは嬉しいことを言ってくださいますね」
社交辞令だと分かっていても、やはり悪い気はしない。
「それで、本日はどのような用件でしょうか? お手紙では何も仰っていなかったと思うのですが……」
「ええ、今回はとっておきの成果をお見せしたいと思っています。きっと、喜んでもらえるでしょう」
自信満々といった様子だ。
一体どんな成果だろう?
「まずはこちらを! シルフォード伯爵領で収穫した新鮮な作物です。イザベラ殿に進呈致します」
「ありがとうございます。ですが、新鮮? このアディントン侯爵領まで持ってくるのには時間が掛かると思いますが……。あら、これは氷を……?」
「その通りです。魔法で生成した氷を利用し、作物を新鮮に保つ技術を開発したのです!」
オスカーが胸を張る。
「これは素晴らしいです。オスカーさんの成果というのは、これですか」
「ふふふ。これはまだ序の口ですよ」
「まあ。他にもありますのね。気になりますわ」
「では、早速お見せしましょう。……これです!」
彼がお付きの者に指示して運ばせたのは、中型の器具だった。
縦横高さがそれぞれ数十センチぐらいだろうか。
「これはいったい何なのですか?」
「ふっふっふ。聞いて驚いてください。これは、例のカキ氷を風魔法無しで作り出す装置です!」
オスカーが得意げに胸を張る。
「おおっ! それはすごいです!!」
私はテンションが上がる。
オスカーが言うことが本当なら、これからは風魔法無しでもカキ氷を食べられるじゃないか。
「さすがはオスカー様ですわ。……ところで、どうやって動かすのですか? まさか、魔法で動かしているわけではないですよね?」
カキ氷を作るためには、氷を削るための刃が必要だ。
そして、その刃を動かすための動力が必要になる。
「もちろん魔法は使っていませんよ。領民でも使えるようにしないと、普及させる意味がないじゃないですか」
「な、なるほど。確かにそうですわね」
オスカーは魔法を使わずに、この機械を動かせるということなのだろうか。
「それについては問題ありません。ほら、ここにレバーがあるでしょう。これをグルグルと動かせばいいんです」
オスカーが実演してくれる。
彼は手慣れた感じで、レバーを操作した。
すると、ガガガッと音を立てて、小さな穴から氷の粒が出てくるではないか。
「すごい! 削られた氷が出ています!」
思わず歓声を上げてしまう。
「そう、これがカキ氷の新しい作り方です! どうです? すごい発明だと思いませんか!?」
「はい! すごいです!! オスカーさんは天才です!!!」
興奮した私は、オスカーの手を握ってブンブンと上下に振った。
「そ、そんなに褒められると照れちゃいますね。あっははは……」
オスカーが頬を掻く。
「あ、申し訳ございません。私とした事が……」
「いえ、大丈夫です。むしろ、もっと褒めてくれても構いませんよ。私がこれの開発に邁進したのは、シルフォード伯爵領の未来のためですが……。イザベラ殿の笑顔が見られるならば、それ以上に嬉しいことはありませんから」
「まあまあまあまあ!」
私はオスカーの言葉を聞いて赤面する。
「こ、これでシルフォード伯爵領の経営は改善の兆しを見せるでしょう。もう私に愛を囁いたりせずとも、よろしくってよ?」
私は照れ隠しのために、わざとらしくツンデレ口調になる。
「ああ、それは違います。誤解を解くために、今一度伝えておきましょうか」
オスカーは姿勢を正し、真剣な表情でこちらを向き直る。
「この私、オスカー・シルフォードは、イザベラ・アディントン殿を心の底から愛しています。数々の良質なポーションを生み出し、さらには氷魔法の新たな道を示してくれました。あなたほど立派で魅力的な女性を、私は知りません」
「あ、ありがとうございます」
オスカーの真摯な態度に、私は動揺してしまう。
「しかし、それと同時に私は心配もしているのです」
「心配?」
「ええ。それほどの能力がありながら、あなたはどこか人と距離を置いている。まるで、自分が将来破滅してしまうことを恐れているかのように」
オスカーは私の瞳をじっと見つめてくる。
「あなたの優しさと謙虚さはとても美徳だと思います。ですが、度を過ぎると、いずれ大きな過ちを犯してしまいかねない。だから、私は思うのです。あなたの隣で、あなたを守りたい。あなたと一緒に、未来を築いていきたいと。それが、私にとっての幸せです」
「…………」
オスカーの告白に、私は言葉を失う。
正直、ここまでストレートに好意をぶつけられるとは思っていなかった。
「……ふふっ。なんて顔をしているんですか」
オスカーは微笑むと、優しい眼差しを向けてきた。
「今すぐに答えをくれとは言いません。とある情報筋によりますと、王家やレッドバース子爵家からも婚約の打診があったとか。騙し討ちのような形であなたの愛を勝ち取ることができるとは思っていません」
「…………」
「ですが、覚えておいてください。私は本気です。来年度に入学することになる王立学園でさらに見聞を広め、氷魔法の腕も上げます。そして、必ずや、あなたを振り向かせてみせますからね。覚悟しておいて下さい」
オスカーはウィンクをしてみせる。
「うぐぅ……。わ、分かりましたわ」
改めて見ても、かなりのイケメンだ。
破壊力がある。
私は胸を押さえつつ、オスカーの顔を見上げる。
「来年度、王立学園でお会いしましょう。……最初は級友として」
オスカーは最後にそう付け加えた。
「……はい。楽しみにしております」
私はかろうじてそう答える。
こうして、私はオスカーに狙われる身となってしまったのだった。
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