アディントン侯爵家令嬢のイザベラ。
王立学園の女子寮の自室で、メイドが出した紅茶を床にぶちまけた。
「何をしているの? 早く片付けなさい」
「は、はい」
メイドは慌てた様子でタオルを持ってきて、こぼれた液体を片付ける。
その様子を眺めながら、イザベラはぼんやりと窓の外を見つめた。
(……今日も嫌な天気ね)
イザベラは、晴れ渡る青空を見て心の中で毒づく。
以前の彼女は晴天の空が好きだった。
太陽光があれば栽培している薬草類が育ちやすいという事情もあるだろうし、単純に晴れやかな気分になるからかもしれない。
だが、今のイザベラにはそんな気持ちは全く湧かない。
「イ、イザベラお嬢様。片付けが終わりました」
「はぁ? これのどこが綺麗になったっていうの?」
イザベラは眉をひそめて言う。
メイドが片付けた床に、ゴミは落ちていない。
ただ、カーペットにシミが残っている。
「一目見たら分かるでしょ? これで綺麗になったなんて、よく言えたものね」
「す、すみません。もう一度やり直します」
「当然です! このグズっ!!」
イザベラは怒鳴る。
そして、メイドは半泣きで同じ作業をした。
「……ふん」
イザベラは鼻を鳴らす。
そもそも、タオルでいくら拭いたところでカーペットに付いたシミは消えないのだ。
彼女はそれぐらい理解しているが、敢えてプレッシャーを与えている。
メイドとしては、侯爵家令嬢のイザベラに言われたら反論などできるはずもない。
「さっきから、何をチンタラやっているのよ! 少しもシミが取れていないじゃない!!」
「ひっ!?」
イザベラはイラついた様子で、メイドを怒鳴りつける。
その剣幕に、彼女は肩をビクッと震わせた。
「あなた、やる気あるの? 私を怒らせたいわけ?」
「ご、ごめんなさい……」
「本当に使えない子ね。特別に、誠意さえ見せれば許してあげるわ」
「せ、誠意でございますか? ――あぐっ!?」
イザベラは突然、メイドの後頭部に足を乗せるとグリグリと踏みつけた。
「うう……」
「ほら、舐めて綺麗にしなさい」
「え?」
「カーペットのシミを舌先で舐め取るのよ。掃除もできないグズなら、せめてそれぐらいはしなさい」
「そ、そんなこと……」
「やれ!」
「ひいっ、や、やらせていただきます」
イザベラの迫力に気圧されて、メイドは恐る恐るカーペットに顔を近づけた。
「ん、ちゅ……ぺろ……」
メイドは、ゆっくりとカーペットをペロリと舐める。
イザベラはその様子を見下ろしながら、満足げに笑みを浮かべた。
その姿は、まごうことなき傲慢な貴族。
悪役令嬢の見本のような姿であった。
(ああ、最高だわ。なんて心地よい優越感なのかしら)
イザベラは自分の性格が歪んでいることは自覚していた。
この世界に転生して、バッドエンドを回避するために自分を抑えつけて生きてきた。
その反動か、もしくは何か悪いきっかけがあったのか。
彼女の性格は、一ヶ月ほど前から豹変してしまっていたのだった。
「ふん。私は学園に向かうわ。帰ってくるまでに、綺麗にしておきなさい。もし汚れていたら、鞭打ち百回ね」
「ひぃっ!? わ、分かりました……」
絶望の表情を浮かべるメイドを残し、イザベラは女子寮を出たのであった。
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