オスカーがカキ氷機を持ってきて半年以上が経過した。
今年度で、とうとう私も十三歳。
つまり、王立学園に通う年齢となった。
「ううっ! 姉上、お気をつけて……」
義弟のフレッドが、玄関まで見送りに来てくれた。
相変わらず背が低い。
だが、去年よりも身長は伸びたようだ。
それに、顔つきや声色にも少しだけ大人びた印象を受ける。
「フレッド、いい子にして待っていてね。帰ってきたら、一緒に遊んであげるから」
私は、泣きそうな顔のフレッドの頭を撫でる。
王立学園は王都にある。
ここアディントン侯爵領から馬車で一週間以上掛かる距離だ。
頻繁に帰省することは難しいが、夏休みや冬休みに帰省することはできる。
「僕を子供扱いしないでくださいよ!」
フレッドはムッとした様子で言う。
「ごめんなさい。でも、心配なのよ。フレッドはまだ小さいんだもの」
私は苦笑しつつ、フレッドを抱きしめる。
「心配なのは姉上ですよ。本当に一人で大丈夫ですか? もし何かあった時は、僕のところへ逃げてきてもいいんですよ?」
フレッドは心配性だ。
「もう。私は大丈夫よ。そんなに心配なら、あなたもついてくる?」
「ぜひそうしたいところですが、僕は来年の入学に向けて、まだ学ぶことがたくさんありますから」
「あら、残念」
私はフレッドを解放する。
「じゃあ、行ってきます」
「はい。行ってらっしゃいませ」
フレッドは深々と頭を下げる。
私はフレッドに手を振ると、屋敷を後にしたのだった。
**********
「いい天気だなぁ」
私は空を見上げて呟く。
雲一つない快晴である。
私は馬車にゆったりと揺られている。
王都への道のりは、もちろん私一人ではなく、お付きの者と共にである。
「今日は絶好の旅立ち日和ですね。お嬢様の門出に相応しいお天気です」
御者の男性が朗らかに言う。
「そうね。ありがとう。馬車の操縦も安定していて乗り心地がいいわ」
「恐縮です」
「……ところで、今日の道程は順調なのかしら? あとどれくらいで到着する予定か分かる?」
私は男性に声をかける。
「順調に行けば、昼過ぎには中継地に到着する予定です。魔獣や盗賊もまずいないでしょう。安全第一で参りますので、どうぞご安心を」
男性は自信たっぷりに答えた。
御者以外に護衛兵も乗り込んでいるし、多少の魔獣や盗賊ぐらいならどうとでもなる。
そもそも、アディントン侯爵領と王都を結ぶ街道の周辺の安全性はきちんと確保されているし、心配は無用だ。
「そう。頼んだわよ」
「はい。お任せ下さい」
私は窓の外の景色を眺める。
どこまでも続く田園風景が広がっている。
この辺りはアディントン侯爵領の領都から離れており、大きな街はない。
それでも、街道沿いに小さな村がいくつかある。
昼過ぎに、私達はその中の一つの村に立ち寄った。
「おお、これはこれは。アディントン侯爵家の皆様。ようこそ、おいでくださった」
村長が出迎えてくれる。
「こんにちは。突然押しかけてごめんなさいね」
「いえいえ。とんでもないことでございます。何もないところではございますが、ゆっくりとおくつろぎくださいませ」
「ありがとう」
馬車でゆっくり揺られていた私と違い、御者や護衛兵達は疲れているだろう。
馬も同様だ。
この村に立ち寄ったのは、彼らの休息のためである。
彼らが思い思いに羽を伸ばしている時だった。
「おいっ!? どうしたんだ!?」
「いったい何があったんだ!」
何やら、村の入口の方が騒がしい。
「大変です! ゴブリンの大群が現れました!」
村人の一人が、血相を変えて走ってきた。
「なんだって!? それは本当か!?」
村長が叫ぶ。
「はい。間違いありません。すでに数匹のゴブリンは我々のすぐ近くまでやって来ていまして……」
「なんということだ……。よりによって、アディントン侯爵家の皆様が来られている時に……」
村長は顔面蒼白になる。
「逆じゃないかな? むしろ、私がいる時でよかったよ。この村だけだと対処できないかもしれないけど、私達なら何とかできると思うよ」
私は気負うことなく言った。
「それは確かに仰る通りですが……。しかし、あなた方は長い旅路の途中でしょう? もし護衛の方々がお怪我をして、それがイザベラ様の安全を脅かすことに繋がってしまえば……」
村長は言い淀む。
この後の道中で侯爵家の娘が死んだりすれば、遡ってこの村の責任を問われかねない。
最悪、村人全員が死罪とか。
彼が心配しているのはそこだろう。
それに比べれば、私がいない時にゴブリンが出てくる方がマシかもしれない。
戦闘で犠牲者が出るだろうけど、村がまるごと全滅したりはさすがにないからね。
「それにしても、ゴブリンの大群は珍しいね。普通は滅多に見ないよね?」
「そうなんです。ここ最近は特に目撃情報もなくて、全くなかったはずなんですよ。ですので、我々も油断していたといいますか」
「まあ、そんなことはいいじゃない。とにかく、今すぐに出発しよう。早くしないと、大変なことになるよ」
私は一人で村から出ようとする。
「ちょっ、ちょっと待って下さい。イザベラ様に何かあれば、私共は……」
「大丈夫だよ。私は、ゴブリンなんかに後れを取ることはないよ」
私は振り向いて答える。
「……であれば、せめて村の男を同行させてください! 戦闘の心得を持つ者は少ないですが、肉の壁くらいにはなりましょう!」
「んー。分かった。じゃあ、お願いするよ。後、疲れているところ悪いけど、あなた達も来てくれるかな?」
「はっ! イザベラお嬢様のご安全は、この私が命に代えても守り通しますのでご安心を」
護衛兵の隊長が胸を張って言う。
「うん。よろしくね」
こうして、私は護衛兵や村の男達と共に、ゴブリン退治へ向かうことになったのだった。
自分から危険に突っ込んでいるような気もするけど、これも貴族の責務の一つだ。
さくっと倒して、今日はぐっすり寝ようかな。
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