「私が見ているのが、イザベラ殿自身ではない? どういう意味でしょう?」
「そのままの意味ですよ。つまり、オスカーさんの本当の目的は、私の持つ『ポーション生成の技術』や『魔法』でしょう?」
私は目を細めて言う。
私が開発した『魔乏病用ポーション』は、難病に苦しんでいた人達を救った。
『強壮ポーション』は元々あったものだけれど、私のは特に効力が高いと評判だ。
それを支えているのは、私の魔法。
土魔法や水魔法を自在に操ることにより、効率的にポーションの材料を栽培することができている。
もちろん、雇い入れた人達の頑張りもあるけどね。
そして『ドララ』の知識により、ベストな調合比率や魔力を注ぐタイミングが分かる。
「…………」
図星を突かれたのか、オスカーが押し黙った。
「別に責めているわけではありません。むしろ、褒めています。自分の目的のために、他人の力を利用する。実に合理的で素晴らしい考えだと思いますわ。まあ、だからといって簡単に利用されるつもりもありませんけど」
私はバッドエンドを回避するため、いろいろと頑張ってきた。
エドワード殿下、フレッド、カイン。
彼らは皆、大なり小なり私に好意を向けてくれている。
それに応じないのは、バッドエンドを回避するという私の目的のためだ。
ただでさえ、彼らとの恋愛フラグが乱立している状況なのだ。
そこにオスカーまで加わってしまえば、もはや収拾がつかなくなってしまう。
私は誰とも付き合わない。
誰のものにもならない。
本来のヒロインであるアリシアさんの邪魔はしない。
そして、バッドエンドを何としても回避する。
そんな決意を胸に秘めた私は、オスカーを真っ直ぐ見据えた。
「ですので、申し訳ございませんが、婚約の話はなかったことにしてください」
「しかし……。このシルフォード伯爵領には、あなたのような新しい力がないと、立ち行かなくなりつつあるのです……」
オスカーが暗い表情をしてそう言う。
そのあたりの事情も、私は調査済みであった。
「農業の収穫高が芳しく無く、工芸品などの特産品もなく、税収が少ない。領地の経営状況は苦しいと聞き及んでおります」
私は淡々と事実を告げる。
「えぇ。正直、我が家は財政的に厳しい状況です。このままでは、次代……私の代で爵位を返上せねばならなくなるかもしれません」
オスカーが苦々しい顔で答えた。
「シルフォード伯爵家には、ご自慢の氷魔法があるではありませんか」
「氷魔法など、大したものではありません。冷たく、寒く、暗い魔法です。できることと言えば、せいぜい庭園を氷のオブジェで飾るぐらいでしょうか。領民の生活を豊かにするようなものは何も作れません」
オスカーが自虐的な言葉を口にする。
氷魔法を軽んじるのは、夜会の時から変わっていないな。
あんなに綺麗なのに。
でも、確かに飾り付けるだけではお腹は膨れない。
「氷魔法があれば戦闘にも役立つのでは……」
実際、予知夢における私は彼の氷魔法に拘束され、それによってエドワード殿下にとどめを刺されてしまった。
「今は戦乱の世ではありませんから。数代前に戦功を評価されて伯爵位を授かったのはよいのですが、この平穏な世では氷魔法など無用の長物なのです……」
「…………」
彼の言う通り、ここ最近の国際情勢は安定している。
各地に火種がないことはないのだが、それが大きく燃え上がることはない。
戦闘能力が必要になる局面があるとすれば、魔獣と戦うときだろうか。
しかしそれも、訓練された兵士達による剣・槍・弓などで十分に対処可能だ。
氷魔法でしか討伐できない魔獣というのは、聞いたことがない。
「ですから、あなたに白羽の矢を立てたんです。あなたの持つ技術があれば、領内に新たな産業が生まれ、収入が増えるはずです。どうか、お願いします。私の婚約者になって頂けませんか?」
オスカーが懇願するような口調で言う。
完全に、私の人格は無視してるよね。
私を妻にすることによる実利しか見ていない。
「お断り致します」
私は即答した。
「なぜですか!?」
オスカーが驚愕の声を上げる。
「私が婚約を結ぶ相手は自分で決めたい。ただそれだけのことです」
「それはつまり、私に魅力を感じていないということですか?」
オスカーが悲しげな顔をする。
「いいえ、オスカーさんはとても魅力的な男性だと思います。ですが、だからこそ、私なんかよりももっと相応しい女性がきっといるはずだと、そう思っただけです」
オスカーは本当に魅力的だと思う。
銀髪で眼鏡を掛けたインテリ系のイケメンだ。
物腰も柔らかく、身分も高い。
でも、だからと言って私が彼と結婚したいと思うかは別の話だ。
「そのような気休めの言葉は不要です! どうか……どうか再考を!」
オスカーが必死の形相で訴える。
「ありがとうございます。ですが、やはり私は結婚する人は自分で選びたいと思います。ですので、申し訳ございませんが……」
私はオスカーに対して頭を下げた。
「そう……ですか。分かりました。シルフォード伯爵家の存続については、何とか他の手段を考えてみます……」
オスカーは悲壮な顔でそう言う。
私と結婚できなかったからといって、すぐに伯爵家が取り潰しとなるなんてことはない。
そもそも、爵位剥奪の具体的な話などまだ噂にもなっていない。
彼が一人で焦っているだけだ。
とはいえ、自分の未来にとんでもない不幸が待っているかもしれないと危惧して、焦る気持ちは分かる。
だって、バッドエンドを回避しようとしている私も同じような立場だからね。
あれ?
そう言えば、『ドララ』でも爵位返上云々の話があったような……。
ヒロインのアリシアがオスカーを選んだ場合は、なんだかんだでその問題は解決する。
でも、アリシアが他の攻略対象を選んだ場合は、問題が棚上げされたままとなる。
もしかしたら、予知夢におけるオスカーの暴走は、爵位没収の焦りから生まれたものだったのか……?
今となっては、真相を確かめる手段はないけど。
「では、私はこれで……。街の視察は、ご自由にどうぞ……」
オスカーはふらつきながらこの場を立ち去ろうとする。
だが、私はそれを引き止めた。
「お待ちくださいませ。まだ、私にはお話したいことがあるのです」
これこそが、今回シルフォード伯爵領を訪れた理由だ。
さあ、ここが踏ん張りどころである。
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