スリの少年から財布を取り返そうとしたところ、彼はまた別の男に財布をぶんどられてしまっていた。
その男はフレッドにより倒されたが、さらに数人の男達が私達を取り囲む。
「死ねやオラァッ!!」
不良の一人がナイフを取り出し、襲いかかってくる。
「遅いよ」
フレッドは相手の腕を掴むと、そのまま背負い投げをした。
「ぐあっ!」
地面に叩きつけられる不良。
他の連中が怯んだ隙を見逃さず、私は魔法を唱える。
「【風刃】」
風の魔法で男達の足を切りつける。
「いでぇっ!?」
「こ、こいつは魔法使いか!!?」
「くそっ! 魔法使いの相手なんざしてられるかよ! ずらかるぞ!」
「逃しませんよ」
私は逃げようとする奴らに水魔法を浴びせた。
「【水流】」
水の奔流が不良たちを飲み込む。
「おぼぼぼ……」
「ごぽぉ……」
男達は溺れながら、その場に倒れ伏した。
「ふう、終わったわね」
私は額の汗を拭った。
「姉上、お見事です」
「フレッドこそ、大したものよ」
「いえ、僕はまだまだです。姉上の足元にも及びません」
謙遜するフレッド。
「それより、姉上に怪我はありませんか?」
「ええ、大丈夫」
「それなら良かった」
フレッドはほっと胸を撫で下ろしている。
「さあ、このような場所に長居は無用です。早く帰りましょう」
「そうね。ところで、あの子はどうしようか?」
私は地面に転がっているスリの少年を見た。
彼は唖然とした表情でこちらを見ている。
「ふむ、このまま放っておくわけにはいきませんね」
フレッドはそう言うと、指先をくるっと回した。
すると、どこからともなく現れたロープが彼の身体を拘束してしまう。
ついでに、他の男達も拘束されている。
後で衛兵に通報しておこう。
とりあえず今は、この赤髪の少年のことだ。
「な、何をする! 離せよ!!」
「君が逃げるかもしれないと思ったのでね。とりあえず、縛らせて貰いましたよ」
「クソッ、卑怯だぞ!!」
「あなたは盗みを働いたのです。文句を言う資格はないでしょう?」
「うるせー!! いいところのボンボン共め!!」
「ふふっ。元気な子供ね」
私は思わず微笑んでしまった。
この少年の年齢は十歳……いや、十一歳ぐらいだろうか?
十歳の私や九歳のフレッドよりも少しだけ上に見える。
しかし、地球で過ごした記憶がある私や、侯爵家の息子として自分を厳しく律してきたフレッドに比べると、子供っぽく見えてしまう。
「黙れ! お前らには、俺達の気持ちなんて分からねえよ! 特に、魔法なんて使える奴らにはな!」
少年はヒステリックに叫ぶ。
魔法の習得には適性が必要だ。
王族や貴族の方が比較的適性を持っている人間が多い。
また、自分が何の適性を持っているかを把握し、それを存分に伸ばすことができるのも十分な資金や時間があってこそだ。
適性という意味でも、それを伸ばすための余裕という意味でも、私達は平民に比べて恵まれた環境にあると言えるだろう。
「俺だって、俺だって……本当はスリなんてしたくなかったんだ……」
「…………」
私とフレッドは顔を見合わせる。
なにやら訳ありのようだ。
私は彼に向かって語りかけることにした。
「どうして、こんなことをしていたの?」
「生きるためだ! 金がないから、俺はこうやってスリをしてるんだよ!」
「生きるために、か。それで罪を犯してもいいのかな?」
「うるせー! お前達に、貴族のお前達なんかに、俺達の苦しみなんて分かるもんか! こうでもしねえと、チビ達に何も食べさせられないんだよ!」
「……」
私は言葉に詰まってしまった。
私は地球でもこの世界でも、少なくとも食うに困る生活はしてこなかった。
だから、彼がどんな人生を歩んできたのか想像することしかできないのだ。
「ごめんなさい。辛いことを聞いてしまったわね」
「謝ってどうにかなるもんじゃねえよ。今さら同情しようってか?」
「だけど、あなたのやったことは許される事ではないと思うの」
「へっ。言って聞かせられないなら、衛兵に突き出そうってか?」
少年がそう悪態をつく。
口調とは裏腹に、体は小刻みに震えている。
この世界の刑罰は、地球ほど甘くない。
平民同士の窃盗ならともかく、貴族の私から財布を盗んだともなれば、重刑は免れない。
最低でも、利き腕の切断や数年単位の強制労働が課されるだろう。
「本来はそうすべきだけど……。私のお願いを一つ聞いてくれたら、見逃してあげる」
「なに?」
「あなたはスリをしないで、真っ当に生きてほしいの」
「はっ、そんなの無理だよ。真っ当に生きるだけじゃ、腹は膨れねえ。それに、あんたに俺の人生を決める権利なんてあるのか?」
「権利なんてないわ。だから、これはお願いなの」
私はニッコリと彼に微笑みかける。
「……真っ当に生きたくても、生きられないんだよ。世の中、理想論だけじゃ生きていけないんだ」
「なら、私があなたに生き方を教えてあげるわ。当面生きていけるだけのお金。それに、魔法の使い方だってね」
「なっ!? そ、それは……」
「どうする? 私に従う? それとも、衛兵に突きだされる方がいいかしら?」
私はそう言い放つ。
赤髪の少年はずいぶんと迷った様子だったが、最終的には頷いた。
「……分かったよ。言う通りにすりゃいいんだろ」
「ありがとう。それでは、早速行こうか」
「どこへ?」
「決まっているじゃない。あなたのお仲間のところによ。お腹を空かせた子供達がいるんでしょう?」
「ああ。俺達の拠点にいるよ。だけど、なんで知って……」
「自分でさっき漏らしていたじゃない。さあ、早く案内して」
「……分かった。ついてきてくれ」
こうして、私はスラム街の奥地へと足を踏み入れたのだった。
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