乙女ゲームの悪役令嬢になったから、ヒロインと距離を置いて破滅フラグを回避しようと思ったら……なぜか攻略対象が私に夢中なんですけど!?

猪木洋平@【コミカライズ連載中】
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132話 イザベラの豹変

公開日時: 2022年10月10日(月) 07:15
文字数:1,050

 一ヶ月後――。

 王立学園の女子寮にて。


「イザベラお嬢様、朝でございます」


 イザベラは、お付きのメイドの声で目を覚ました。


「…………」


 イザベラは仏頂面でゆっくりと起き上がる。

 アディントン侯爵領にいた幼少期から、彼女は日常的に早起きしてポーションの材料を栽培するための畑仕事に精を出していた。

 王立学園の女子寮で生活するようになってからも、大きくは変わらない。

 交渉の末、学園の敷地の一角の管理権を手に入れ、薬草園を作ったのだ。

 朝早くに起きることは苦ではない。

 むしろ好きなくらいで、朝になると自ら起きて着替えを済ませるほどだ。

 だが、この一ヶ月で彼女の生活リズムは大きく変わっていた。


「おはようございます、イザベラ様」


「……おはよう」


 イザベラは挨拶を返してから、ベッドを降りる。


「お召し物の準備は整っております」


「…………」


 イザベラは無言で鏡台の前に座る。

 すると、背後に回ったメイドが櫛を手に取り、寝癖のついた髪を丁寧に直していく。


「本日のご予定ですが、一限目は第一講義室で、二限目は大講義室での授業となっております」


「そう」


 イザベラは興味なさげに呟く。

 今までの彼女は、自ら主体的に行動し、積極的に学を深めてきた。

 しかし、今の彼女からはそういった積極性が全く感じられない。


「イザベラお嬢様、朝食の用意ができております」


「……」


 イザベラは再び無言で席に座ると、黙々と用意された食事を口に運ぶ。

 些細な味の変化にも気づき、隠し味の一つ一つに感動していたイザベラはもういない。

 今はただ機械的に食べているだけだ。


「もういいわ。下げてちょうだい」


「よろしいのですか? まだ残されているようですが……」


「二度言わせないで。下げなさい」


「は、はい。かしこまりました」


 イザベラの高圧的な言い方に、メイドは慌てて皿を下げる。

 そして、入れ替わるように別のメイドがやってきた。


「紅茶をお持ちしました」


「…………」


 イザベラは無言でティーカップを受け取る。

 彼女はひと口飲むと、小さく息を吐いて言った。


「……安い茶葉ね」


「も、申し訳ありません。すぐに替えを――」


「結構よ」


 イザベラはティーカップを傾ける。

 そして、冷めた目つきのまま、紅茶の残りを床にぶちまけた。


「……」


 ポタッポタッと雫が滴り落ちる音だけが部屋に響く。


「掃除しなさい」


「は、はい……」


 まるで傲慢な貴族のようなイザベラの振る舞いに、メイドは怯える。

 イザベラは侯爵家令嬢なので、この態度は必ずしも不自然とまでは言えない。

 だが、長年仕えてきた主人の豹変ぶりに戸惑いを隠せなかったのだった。

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