「うん、どうぞ」
そう言ってから、気が付いた。自分の部屋に勅使河原さんを上げるのは二回目だが、あの時とは状況が違う。あの時は山谷さんも居たし、安否確認の為に来たようなものだったので、本格的に自分の部屋で女の子と二人っきりになるなんて、僕にとってはハードルが高すぎる。
ガチャリとドアノブが回転して扉が開くと、そこにはパジャマ姿の勅使河原さんが立っていた。どうやらご飯を食べた後に、母さんがお風呂に入れてあげたらしく、パジャマは母さんの物を借りたのだろう。メイクが落とされ、すっぴんの勅使河原さんだが、その顔はメイク無しでも充分過ぎる可愛さと美しさを兼ね備えたもので、化粧しなくてもかわいいじゃんと言いそうになったが、それは色々改造したロボットやプラモデルを前に「改造するよりノーマルの方がカッコイイ」と言い放つような有罪判決がくだる代物だ。なので、その言葉を黙って飲み込み、ゲーミングチェアに座るように促す。
「ちょっと待ってて」
そう言って部屋から出る。誰も居ないリビングの冷蔵庫からエナジードリンクを持ち出し、電気ケトルで沸かしたお湯を予めコップに入れておいたココアパウダーをスプーンで溶かして自室に戻る。当然、エナジードリンクは僕が飲む。ココアは勅使河原さんのものだ。
「はい、どうぞ」
「ありが…って、オタクぅっ! お前、またエナジードリンク飲むのかよ!? 流石に身体に悪いから、少し控えた方がいいんじゃないかな? 第一、そんなモン夜中に飲んじゃったら、眠れなくなっちゃうぞ」
「あぁ、僕は大丈夫。それで、話って?」
少し間をおいて、勅使河原さんは口を開いた。
「いや、これからどうするのかって話。大規模攻略は失敗…オタクはフラれて、戦う理由を失ったんじゃないかって」
「あー…そういう…うーん、勅使河原さんはゲーマーに片足突っ込んだ一般人だから、分からないと思うけど、あれだけ大敗して、ここで逃げたら根性無しのヘタレゲーマーになってしまう。故に、ここでドロップアウトは無い。わからせられたら、わからせ返す。ランクマで一本取ってそのまま勝ち逃げされるような屈辱は、後に十倍返しで煽り返してわからせる。それがゲーマーって生き物だから……えっと、子供っぽいって思う?」
「いんやぁ? ウチから見ればいい歳してゲームに熱中してる人間は等しくガキだよ。自分含めてね」
「だから松谷さん云々は…いや、ちょっとは関係あるけど…それを理由にゲノムを辞めたりなんかしない。僕はアイツらをわからせるし、電脳怨霊を倒して寿命を稼ぎ、松谷さんの延命もする。全部盛りだ。親玉を打ち倒し、ジャックポット塔も攻略して山谷さんの仇も探す。途中で降りるには、足を突っ込み過ぎた。それに………女々しいかもしれないけど、僕はまだ松谷さんの事は好きなんだ。好きな子助けたくて戦うのに、理由はいる?」
「ふーん」
両手でコップを包み込むように持ち、一口ココアを飲んで膝の上にコップを置く。勅使河原さんは相槌を打って、一息ついてからとんでもない事を言いだした。
「なあオタク、ウチが親玉を生み出した元凶を見つけたって言ったら、どうする?」
「えっ……は? ちょっと、話が見えて来ない上に唐突過ぎて…」
スマホを取り出し、軽やかに画面をタップさせて一枚の画像を見せてきた。そこには…
「うぇ!? 何これ…」
一枚の心霊写真。スマホで撮影したから、心霊画像か? とにかく、異様かつ異質なそれはぼやけるとか、うっすらとなんて可愛らしいレベルでないくらい、はっきりとそこに映し出されていた。
とある建物を撮った画像だが、その建物の内部から外壁にかけて凄まじい形相の女の子の上半身だけが突き出るような格好で映っている。パッと見は僕達と同じくらいの女の子に見えるが、よく見ると顔面は痣だらけだし、誰かに殴られたように腫れあがってとても痛々しい。
「オタクなら、後ろの建物に見覚えがないか? よく見て見ろ」
「あれ? この建物って…ヒレミ・ワールドソフト? ゲノムの開発運営会社でしょ?」
何故、ヒレミ・ワールドソフトからこんな心霊写真が? 謎は深まるばかりだが、恐らく電脳怨霊が関係している。
「何らかの原因で殺された女の子の霊が地縛霊と化してそこに存在してるんだけど、この周囲の紫色のモヤ…電脳怨霊にそっくりっショ?」
言われてみれば、この霊の周囲に纏わり付いてるモヤは電脳怨霊のそれと同一のものだ。
「……ん? ちょっと待って。この幽霊が電脳怨霊と関係あるなら、リアルでこの霊を除霊しちゃえばそれでいいんじゃ…わざわざゲーム内で戦う必要無くない?」
「それができれば、そうしてる。この霊は、リアルで除霊を試みると、この会社のゲームサーバー? に介してゲーム内に逃げ込むの。そして、その逃げた先が…」
「まさか…ジャックポット塔って、コト?」
コクん。と、勅使河原さんは首を縦に振って肯定する。
「十中八九、コイツがジャックポット塔に居る親玉で間違いないんだけど……次は、この記事を見てもらえる?」
次にスマホの画面に映し出されたのは、日付は一年前に起きた女子高生行方不明事件の切り抜き。被害者の名前は楢崎美紅と言う、当時十六歳の女の子。顔写真が掲載されているが、如何にも活発で元気いっぱいの女の子らしい笑顔の写真。現在も行方不明で、些細な事でも情報を下さいと記載されている。その記事を見た瞬間、感じる違和感。この女の子……さっきの心霊写真の霊に似てる気が…
「これは…まさか、この女の子が殺されて、幽霊になって電脳怨霊を生み出してるのか!?」
「恐らくね…コイツを討伐兼除霊するには、リアルとネットを行き来させないように逃げ道を遮断して除霊する必要があるのと、最大の問題は…」
言葉を詰まらせる勅使河原さん。
しかし、楢崎美紅という人物をどこかで聞いた事があるような気がする。
一年前の事件か? いや、そんな前でなくて、もうちょっと最近聞いたような………楢崎、美紅……楢崎…ならさきみく。
必死に脳内の記憶のタンスから情報を引っ張り出して整理する。
「ああああっ!!」
オタクが真夜中に突然奇声を上げたので、一瞬勅使河原さんが驚いたのだが、そんな事は気にせず言葉を続ける。
「確か…楢崎美紅って、山谷さんの友達!」
けど、おかしいな…山谷さんは、確かに殺された友達の仇を討つって言ってたけど、この記事は行方不明。そりゃあ、長い間行方不明になってれば、死んだと決めつけてもおかしくはないかもしれないけど、それなら友達の行方を捜してるとかでいいんじゃ…なんで仇を討つって死んでる事を決めつけてたんだ? なんだか、違和感を感じる。
まさか、真の黒幕は山谷さん…な訳ねーか。有り得ないでしょ。けど、もし…万が一、山谷さんがこの事件の犯人なら、勘のいいガキは嫌いだよってノリで僕達の存在も危ないのか? この事は、まだ山谷さんに切り出す事じゃ無いな。空気読めないキモオタでもそれくらいはわかる。
「ウチも、助手の知り合いってトコロまではたどり着いた。何故、彼女が殺されて、ヒレミ・ワールドソフトの建物で地縛霊になっているのか? 詳しい理由はわかんないけど、確実に言える事は、この事件の真相はまだ警察ですらたどり着いてない情報だ。それに、ここに被害者の霊がいるからなんて言っても相手してもらえないよ。いたずらか頭がおかしいって扱いを受けるだけだ。最悪、公務執行妨害で逮捕か補導される。退学に逮捕の人生即死コンボなんて、ウチはまっぴらごめんだね」
言って、吐息を熱々のココアの表面に吹きかけ、ゆっくりとそれに口をつける勅使河原さん。
「ウチの最大の疑問は、これだけ世間を騒がせてるのに、一時的なサーバーの閉鎖とか、運営側の対応や方針が一切無いのはどうしてなんだ? 普通のオンラインゲームじゃ考えられない」
それは至極当然というか、まともな一般人の発想かつ、ぐうの音も出ない正論。命のやり取りを行う危険なゲームに足を踏み入れるのは、頭のネジが飛んでるゲーマーだけだ。実際、裏世界で出会ったプレイヤーは、漏れなく全員頭のネジが吹っ飛んで己の命を軽々と天秤に賭けられる頭がイカレてる連中ばかりだ。
「あのさ…ひょっとして、この楢崎美紅さんが電脳怨霊を生み出せたり、ゲーム内の寿命奪命システムや現実とゲームの世界を行き来できるくらいのヤバイ悪霊なら、この会社の運営やサービスに関わっている人間全員に憑りつく…もしくは、操れる力を持っててもおかしくはない気がするんだけど」
「オタクぅー…アンタ、頭いいなぁ。可能性はある。そこまでくると、除霊にもかなりの人数やそれなりの規模が必要になってくる」
「それと、今の話で気になったのが、どうやって楢崎美紅がリアルとゲームを行ったり来たりしているんだろう? 幽霊だから超常現象や出鱈目な力があるで片づけられれば、それで終いなんだろうけど、ある程度の法則があると思うんだ。例えば、必ずそこからじゃないと行き来できない場所とか、裏世界のランダム転送みたいに、必ず行き来した際に出現する地点。もし、それが分かればリアルとゲームの行き来を遮断したり、出待ちしてそこを叩くとか対策は取れると思う」
そうだ、考える事を止めるな。相手が幽霊だろうが人間だろうが、対面に来ればもう人も霊も関係ない。対戦ゲームは、相手の事を考えないで自分の事を押し付けるコミュ障じゃ勝てないと理解しただろ。
「なっ、成程…けど、それって大規模攻略とまではいかないけど、ある程度の協力してくれるメンツが必要になりそうじゃね?」
「楢崎美紅はジャックポット塔を根城にしてるんでしょ?」
「あの気配に周囲を取り巻く怨嗟の渦から見るに、まず間違いないと思う」
「なら、ジャックポット塔に何かあると考えた方が良い。例えば、リアルとゲームを行き来できるようなナニかとか。結局、確かめるにしても、高難度と謳われてるコンテンツに挑むんだから、それ相応の準備と戦力が必要って意味なら、勅使河原さんの言う通り人手が足りないかもしれない」
「時間もそれ程残されてないしね」
しばらくの間、沈黙が場を支配する。
「………時間って、どういうこと?」
「えっ? オタクぅ、お前まさか忘れてたのか? 裏世界での切断ペナルティは、一定期間のログイン制限と所持寿命の半分没収だぞ(二十話参照)」
ちょっと待て…大規模攻略の前に、準備や延命の為にかなりの寿命を使用したり割り振った筈だ。それの半分という事は、もう殆ど僕の寿命は残っていない事になる。
「やべぇ、このままモタモタしてたら死んでしまう」
ログイン制限が解除されたら、真っ先にやる事は決まった。それをやると言う事は、つまり…
「電脳怨霊を討伐して寿命を稼ぐ。あの時切断したプレイヤー達に呼びかけて、攻略を再開するように動いてみるよ」
そう僕が決心している頃に、ゲノム内では衝撃が駆け巡っていた。
倉沼ソラオ率いるチーム「蛮族」が殆どの電脳怨霊を討伐。膨大な寿命を得て、もはや裏世界では一番強力な勢力へと成長を遂げていたのだ。
僕達は、ログイン制限のペナルティを受けている為、ただ黙って指をくわえて傍観するしかできなかったのである。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!