対戦相手が決定しました
ようた VS びっきー
【びっきー 34701】
【ようた 37000】
早速新型のキャラを試すべく、プレマに潜る。対戦ステージは地下施設。縦長の高低差のある円形のフィールドで、至る所に遮蔽物や脇道へと逃げ込める通路があるのでガン籠り戦法や中央の円形マップで機動力を活かして立ち回ったりと様々な戦法が成立しやすいマップだ。
どうやら耐久値から見るに、相手は中量汎用二脚か軽めの重量二脚だろう。だが、そんなものは一切関係ない。試合開始と同時に、相手目掛けて一直線に突き進む。遮蔽物だろうが壁だろうが障害物は全てゴリラカスタムでブン殴って破壊しながら、OP・ε-リンソディを使用して文字通り最短距離を駆け抜ける。
相手の動揺がレーダー越しでも伝わって来る。開幕3秒で相手を射程距離に捉えるが、そうはさせないとばかりに相手も迎撃体勢に入る…が、無駄。大楯を構えながら驚異的な速度で突っ込まれては、大楯を削りきる前にゴリラカスタムの強い距離や大口径ロケットプラズマランチャーが確実に当たる距離にいともたやすく侵入できる。そのまま大口径ロケットプラズマランチャーをブチ込み、相手が硬直した所にゴリラカスタムでホールド状態に持ち込む。そして、そのまま攻撃ボタンをひたすらに連打。巨腕の鉄塊が唸りを上げて、相手を滅ぼさんと止まることなく腕を振るう。殴打…殴打殴打乱打。
派手なエフェクトと共に相手の耐久値がみるみるうちに減っていく。そして、相手の耐久値が寄生ラインに入った瞬間、逃げる為に即ゲノムを寄生させて無敵時間を利用して上空にジャンプして逃げるが、無駄。ゲノムを寄生させても、移動速度と運動性能にOP・ε-リンソディに加えて機動力特化させたキャラに覚醒の腕輪を使用すれば、いとも簡単に追い付く事ができる。再び相手を捉えてホールド。そのまま壁際に追い込んで、壁をぶち抜いてなおマップの領域限界が来るまでゴリラカスタムで殴りながら突き進む。そのまま相手の耐久値はゼロになり、僕の完全勝利となる。
「対戦ありがとうございました」
試合時間、僅か12秒の出来事だった。
これは、なかなかの手応えと感触だ。相手のレベルも平均的かそれよりも下くらいの強さだったので、次はもうちょっと粘ってゲノム寄生までの流れや実戦でのゲノム状態での機動力を試したいと考えていた時だった。
ピロリン!
「ん? メール……今の相手からだ」
画面にメール受信のアイコンが表示され、カーソルを移動させて内容を確認する。
件名
卑怯戦法使って勝ってたのしーのかばーか
本文
一回勝ったからって調子に乗るなよ。厨武器使って必死になって恥ずかしくないの??
「……ファンメキターッ!!」
対戦ゲームをやってて心躍る瞬間ベスト3に入るシチュエーションだ。
・ファンメ
ファンメールの略。自分のプレイに良い意味でも悪い意味でも心奪われて反応する事を指す。「素敵なエンブレムですね」「助かりました」「次もヨロシク」「お前の頭ハッピーセットかよ」「砂ネリスがオトヒトミドルタンクに完封されて恥ずかしく無いの?」等。
こういう時の対処法は、まずスクリーンショットを撮って相手のIDや本文を控えておく。後々SNS場外乱闘に発展した場合や運営に報告して凍結やBAN対象に追い込む為に必要な措置だからだ。あとは、身内や親しいグループ内で共有したり、注意喚起など行う際もスムーズに行えるので、スクショだけは撮っておくことをお勧めする。
IDが1108YOUTAKOBAYASIなので、ファンメを送った相手は11月8日生まれの小学生くらいの男の子。本名は小林ようたくんなのかな? などと、想像が膨らむ。うーむ、流石に安直過ぎないか?
十中八九相手はクソガキと仮定して、勝負の…大人の世界や対戦ゲームの厳しさを教えてあげようとほくそ笑む。IDがわかってるので、ダイレクトチャットを飛ばして相手の反応を伺う。こういうガキ相手は、変に大人ぶってワザと負けたり下に出ては更に調子コイて手に負えなくなる場合がある。なんとかリターンマッチに誘導して、完膚なきまで叩き潰すのが最適解。ここで、リターンマッチに応じず吠えるだけの負け犬なら構う価値無し。対戦ゲームの敗者に人権は無いのだ。だが、リターンマッチに応じるようなら、動画や配信をして勝敗を保存して公開処刑が一番手っ取り早い。
「それじゃあ、もう一回勝負しませんか……っと。おっ? 早速返事が来たな」
「さっきは油断しただけだ。クソバカ戦法なんかまた僕が負ける訳が無い」
「じゃあ部屋立てるから逃げるなよ^^」
プレマ部屋を立てて、早速ようたくんを招待して再び熱いバトルが始まった。(冒頭に戻る)
ようたくんが敗北の輪廻を繰り返す回数は約30戦を超えようとしていた。
敗北の原因は数多にあるが、まず顔真っ赤で冷静な判断や対応が出来てない。それ故に、感情に任せて単調な行動ばかりするので対処がとても簡単なのだ。距離を取らず、何も考えず一直線に突っ込む。基本的な立ち回りがetc…試合内容も暴言が吹き荒れるチャットログも全て記録したので、そろそろSNSで晒上げてトドメを刺そうか考えていた時だった。その異変は、唐突に起きた。
「くぁwせdrftgyふじこlp」
謎のチャットが表示されたと同時に、ようたくんのキャラから紫色のモヤがモクモクと生み出される。そのモヤの正体は知っている。見間違える筈も無い…その証拠に、部屋の中の物や道具が片っ端から動き、揺れ、浮いたり落ちたりと、まるで意思を持ったかのように動き始めた。
「電脳怨霊…しかし、何故だ。 どうして、裏世界でも無いのにコイツが産み出され、顕現したんだ…」
だが、やる事は変わらない。人間でも電脳怨霊相手でも、倒してしまえば何も問題はない。コントローラーをしっかりと握りしめ、視線をようたキャラだったモノに向けた時に、それは牙を剥いて、明確な殺意を持って僕を殺しに来た。
クローゼットに仕舞ってあったコートが、雑巾を絞るようにくるくると捻じれ、宙を舞いながら一直線に僕の首元目掛けて飛んで来る。そのまま器用に首に絡みつき、有り得ない力で首を絞めつけられて呼吸ができない。
「がっ、ぐっぅう~……ぶふっぅう」
こうなってしまっては、最早ゲームどころではない。即座にコントローラーから手を離し、首に巻きついて離れないコートを剝がそうと試みるが、駄目。あまりにも強い力で締め付けられている為、指は虚空を彷徨い、力ずくでもこれを剥がすのは無理だと悟った。
「あっ…がっっかひゅー…」
こうなればTAを仕掛けるしかない。僕が窒息して死ぬ前にこの電脳怨霊を除霊する以外、生き残る道は無い。決死の覚悟でコントローラーを握り、再び画面の敵を睨み付けるが、そこには無抵抗な僕のキャラがサンドバックになっている光景が飛び込んで来た。早く攻撃をしなければと、ボタンを押そうとしたが、頭がぼぉーっとして視界がクラクラと揺れる。
嗚呼、これは駄目だオチる…と、死を覚悟した。刹那、今までの人生が走馬灯のように頭を駆け巡る。手足が痺れ、コントローラーが自然と手から離れて床に落下した。
まだ見ぬ新作のゲームも、続編が発表されたゲームも、まだまだ遊び足りないのに…ここで死ぬのか………勅使河原さんにまだお返事してないし、松谷さんともう一度………
ガッシャーーーーーーーーーーーン!!
「響ーッ!!」
まるでアクション映画の俳優のように窓ガラスをブチ破り、ガラスの破片で肌を傷つけ流血しながら勅使河原さんが部屋に飛び込んで来た。即座に僕の背中にお札を貼ると、少しだけ首を絞めつける力が弱まった気がする。
「ぜひゅ~…こひゅー…」
辛うじて呼吸ができるが、息苦しさは抜けていない。
「今のウチじゃ力を弱めるだけで精一杯だ。早くゲーム内の本体を叩けッ」
床に落ちていたコントローラーを拾い上げ、そっと僕の手に握らせてくれた。
「ウチがついてる。負けんなッ!」
勅使河原さんの両手が僕の手を包み込むように添えられて、確かな温もりを感じる。息苦しさと圧迫感で意識が朦朧とするが、勅使河原さんが傍に居てくれている。その揺るがない事実だけは確かに感じ取れた。
画面に視線を戻す。
電脳怨霊は素早いステップを刻み、ジグザグに蛇行しながら接近してくる。右手に汎用ハンドガン、左腕にライフルを構えて一定の間隔で弾を撒いて牽制してくる。ハンドガンは一発の衝撃力と威力が高く、当てるとたまに相手を怯ませる事ができる。その隙に優れた連射力のライフルを当てて一気に耐久値を減らすのがようたキャラの立ち回りだろう。良くも悪くも汎用的な立ち回りの域を出ない「圧」を感じない相手だ。そんな相手は、こんな状況でなければ恐くは無い。冷静に相手の弾を捌いて、大口径ロケットプラズマランチャーを丁寧に当てていく。
相手がゲノム寄生状態になり、天井を自由に徘徊しながら、機動力で翻弄して襲う機会を伺っている。
「ゲームで起きた事をリアルに持ち込むんじゃねぇッ! ゲーム内で起きた事はゲーム内で決着を付けろボケェッ!! テメェなんざゲーマーでも電脳怨霊でもないただの雑魚なんだよ」
ゴリラカスタムでアッパーカットを叩き込み、天井をブチ抜いてブン殴り、そのままホールド状態に持ち込み、床に投げつけて凄まじい勢いで相手は叩きつけられる。とっくに耐久値は尽きているが、除霊に関していえばここからが本番である。
ようたキャラを纏っていたモヤが噴出して、本体が露出する。なにやら、もがき苦しんでいる素振りを見せていたが、もがき苦しんでいるのはこちらも同じなので、急いで処理する事にした。
「これで終いだ」
全力の右ストレートで本体を殴り付け、拳が電脳怨霊に食い込み確かな手応えを感じた。それを感じたと同時に、ドロップアイテムを残してきれいさっぱり消え去ってしまった。
「ゲーッホ、ゴホ…あぁーマジで今回は死ぬかと思った」
首に巻き付いていたコートも、部屋の中で浮いたり動いたりしていた物も全てピタリと静止して、ポルターガイスト現象もどうやら収まったようだ。
「おい、ダイジョウブかオタクぅ~」
「ありがとう勅使河原さん。勅使河原さんが助けに来てくれなかったら、本当に命を落としていたかもしれない」
その言葉を聞いた瞬間、安堵の表情を浮かべて崩れ落ちる勅使河原さん。ってか、ずっと手握ってるけど、そろそろ恥ずかしいから離して欲しい。
「ただらなぬ気配を感じて足を運んでみたら、発生源がオタクの家って気付いたから窓ガラスぶち破って入っちゃった。玄関は鍵掛かってるし、風呂場の窓も閉まってたから…それで、オタクの部屋覗き込んだら死にかけてたから、考えるより先に身体が反応しちゃった」
そう言って、そっと一万円札を財布から取り出してテーブルに置く勅使河原さん。
「これ弁償金ね」
「そんなの受け取れないよ。僕は助けてもらったんだから、それはしまって」
窓枠に段ボールを押し付けて、器用にガムテープで貼り付けて風が部屋の中に入って来ないように応急処置を施す。見てくれが台風に備えるような雰囲気になってしまったが、この際しょうがない。
「そういえばドロップ品は……寿命三週間分か。しかし、なんで裏でもないのに電脳怨霊が?」
「最近、親玉の…楢崎美紅の力がどんどん強力になってきてるのは感じてたけど、ついに大胆な行動に出たカンジぃ…ヤツは、ゲーマーを滅ぼすというプロセスに従って行動してるから、それを行うだけの力が付いたって考えで良さそうじゃね」
「とにかく表で装備を整えて、裏に行って見よう。何かわかるかもしれない」
プレマ部屋を後にして、フィールドに戻った。たまたま、座標を周囲を見渡せる高台に設定していたので、その非常事態とも呼べる状況をいち早く視界に捉える事ができた。
遥か水平線…世界の端から津波が押し寄せるように紫色のモヤが街やフィールド、何もかもを飲み込んでやって来る。世界を埋め尽くす程の電脳怨霊の大群が凄まじい勢いで押し寄せる絶望的な光景に、唖然と立ち尽くす事しかできなかった。
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