ファミレスを出禁になった僕達は、勅使河原さんの除霊の報酬として高級焼肉店に連れて行ってもらえた。当然、除霊の報酬との事なので、杉花粉impactの奢りだ。やったー! 人の金で食う焼肉はウマい。
そして、皆焼肉で幸せ気分に浸りながら、ゲーセンでプリクラを撮って楽しくも騒がしい混沌としたオフ会は何事もあったが無事終了した。
「ただいま」
家族からの返事は無い。どうやら、既に二人とも夢の世界に旅立っているのか、お互いの愛情を確かめ合っているかのどちらかなので、僕は静かに自室のドアを開けた。
「ふぅー…詳細は後日連絡するって言ってたな」
流れるようにゲーミングチェアに腰を下ろし、パソコンの電源を押してゲノムリンクを起動する。
帰宅する途中にコンビニで買ったソフトクリームとエナジードリンク(翼を授けるヤツ)を口内に押し流す。焼肉で脂っこいものを食べた後なので、胃袋がとてもさっぱりして気分は油田にダイナマイトと言ったところだろう。え? 意味がわからない?? うっせえな、大変満足って意味だよ。
さて、本日のゲノムは勅使河原さんと山谷さんは流石にインはしていないようなので、ソロ活な訳だが…
「なんだかんだ良い人で焼肉もご馳走になっちゃったけど、俺はお前にボコボコにされた事まだはっきり覚えてるからなぁくっっっそー!! いつか潰すッ!!」
杉花粉impactに負けた鬱憤をとても晴らしたい気分なので、今日はランクマの試合に潜る事にした。それも、格下の相手を完膚なきまで叩き潰して愉悦に浸って自己肯定感を高めたい。そういう暴力的な思考回路と気分になる時は、ゲーマーにとって必ず周期的に訪れるモノなのだ。その日が、たまたま今日だっただけなので、マッチングした相手には悪いが滅茶苦茶のボッコボコにさせてもらうとしよう。
対戦相手が決定しました
倉沼ソラオ VS びっきー
「………?」
あれ? コイツ、煽リンピック金メダリストで、杉花粉impactの配信で暴れ散らかした悪魔的存在じゃね?
話の流れ的にもうちょっと後でぶつかるんじゃないかと予想してたけど、意外と早く直接対決するのね。あの登場の仕方だと、バリバリの強敵フラグおったててしかるべきシチュエーションで勝負するのかと思ってた。
対戦マップは水没都市【夜】。基本的には水没都市の天候が雷雨になり、視界が夜になって少し見え辛いところが普通の水没都市と異なる点だ。
【びっきー 40200】
【倉沼ソラオ 44400】
試合が始まり、行動開始と同時に伝統芸能が飛んで来た。
「いやぁw俺強者の前に立つと身体が震えてしまうんだわwww」
煽りチャットと同時にシャゲダン。余裕ぶっこいて煽れるのも今の内と言わんばかりにキッチリ練習したOP・ε-リンソディの空中キャンセルルートを織り交ぜながらビルとビルの間を高速で駆け抜けて接近する……が、進行ルートに大型粒子砲を置いておかれ、危うく自分から置きゲロビに突っ込んでしまう所だった。
・置きゲロビ
極太ビームを撃つキャラが使用するテクニックの事。現在相手が存在している座標位置ではなく、相手の移動を先読みして、当たり判定の大きい極太ビームをそこに文字通り狙って置いておく行動。
「あっぶねぇ…ビームの精度がやたらと高いな。アレは火力高いから食らわないように…!?」
おそらくそれは、僕の約7000時間のゲノムプレイ歴ですらお目にかかった事すらない、奇抜な移動方法だった。
最初は、ゲノム寄生状態でビルを駆け抜けているのかと錯覚したが、違う。そうじゃない。ヤツは、尻尾の自立兵器をビルに突き刺して、その反動を利用しながら慣性を乗せてε-リンソディの空中キャンセルルートで動いているため、ゲノム寄生並みの速度で動いているのだ。なんて事だ…これでは、至って普通のキャンセルルートを駆使して呑気に移動している僕とヤツの移動速度は天と地の差がある。急に、海の上で人間一人がやっと乗れる頼りない木製ボートを漕いでる最中に巨大な人喰い鮫に出会ったような心境だ。
そこからジャンプ格闘を織り交ぜて、狭い密室でスーパーボールを思いっきり力任せにブン投げたようなハチャメチャな機動で動きが全く読めない。挙句の果てに、そんな常識外れな変態立体機動を行っている最中にも関わらず、よーく見ると倉沼ソラオのキャラがブルブルと揺れている。
「こっ、コイツッ!! 動きながらシャゲダンしてんのか!!???」
とにかく、この位置で戦うには不利と判断した僕は、一旦相手との距離を取って壁際に陣取れば、最悪張り付かれたりめくられる事はないと感じてキャラを動かした時だった。
「はい、ダメー!! ただケツ向けて逃げンのは相手にボコボコにレイプしてくれと頼んでるのと同じですぅ~」
「げっ!?」
尻尾の自立兵器が足に絡みつき、そのままビルの屋上に叩きつけられ、身動きが取れない所をマウントポジションを取られて、まるで太鼓を叩くように大型メイスでボッコボコのボッコボコに殴りつけられる。みるみる内に体力値が減っていき、ゲノム寄生ラインまで体力が減ったのを確認して、寄生しようとボタンを押そうとした瞬間に、それは飛んで来た。
「これでゲノム元全一か…よっわ。死に方は選ばせてやるよ? どうやって殺して欲しい??」
こっ、この野郎~ッ!! 見てろよテメェ~!!
マウントポジションを取りながらも、左右にブルブルと震えてシャゲダンしながら煽る姿は、もはや狂気すら感じる。そこまで煽られちゃ、キッチリお礼参りをしなくてはならない。
致命の劇薬を飲んで即ゲノム寄生。無敵時間を利用して、マウントポジションの拘束を解除して慣れ親しんだ戦法でお前を屠る。
「自分から体力減らして自殺願望でもあんの?? ばかじゃねーの???」
ビルの側面を蹴って、高速で移動しながらあの変態機動をめくろうと試みるが、恐ろしい速さで対応されて中々腹を食い破れるチャンスが見えない。しかし、速度ではゲノム寄生状態のこちらが勝っているため、徐々にゴリラカスタムの射程距離に相手を捉えはじめてきた。
「よっし、イケる!」
「オナニーの極みだなぁ?? 体力値が1しか無いのに相手の距離で近接挑んで来るとか、リスクリターンが全く嚙み合ってない」
自立兵器を巧みにかわし、置きゲロビも避けきって、ついに相手の懐に潜り込んでゴリラカスタムによる圧倒的火力で近接勝負を仕掛けに行った。
「一つ授業をしてやろう。勝負というモノは、先に切り札を切った方の負けなんだ。相手の行動に対して、いかに勝ち筋となるカードを温存して、適切な場面でそれを吐けるか。そして、いかに負け筋を潰して有利な盤面を作れるかが対戦ゲームの勝利への鍵となるんだ。お前のそれは、ただの勢い任せの何も考えて無い猪と同じだ。わ・か・り・ま・ちゅ・た・か・ぁ~?」
それは、幼稚園児の幼い行動に対して、まるで諭すように喋る先生のような煽り方。しかし、どこか論理的で、今まで屠って来た雑魚共のお気持ちとは一線を画す考え方なのも確かだ。
「側面を捉えた! 攻撃速度も移動速度もこっちの方が上なんだ。相手も近接を振り返してくれば、こっちに分がある!!」
「馬鹿がよぉ!? 横の振り合いで俺に勝てる訳ねーだろぉッ!!」
ガガガガガガッガガガガガガガガガガガガッ!!
お互いに近接攻撃からのε-リンソディの空中キャンセルルートを使用して再び近接攻撃からキャンセルを繰り出している為、お互いのキャラが近接攻撃を振りながら目まぐるしく位置が入れ替わる。だが、近接攻撃を擦りはじめて、直ぐに気付いた違和感。
現状のキャラの性能はゲノム寄生状態のこちらの方が上なのに、キャンセル精度が向こうの方が遥かに高く、速い。これが意味する事は、単純なキャラのパワーでは勝っているのに、PSで負けていると言う事。
そもそもこの横振り合戦に付き合わずに引き撃ちしてればいいだけの場面で、あれだけの思考回路を持ったプレイヤーがなぜやる意味があまり無い、近接横振り合戦に付き合うのか? 理由は、一つ。
「お前との実力差を【理解させる】為だけにヤッてんだよ。死に方は決まったな? じゃあ、殺してやろう。ボクはつよいぞ??」
さらに相手のコマンド入力の精度が速くなっていく。それは、まさに僕を絶望の二文字に突き落とすには充分過ぎる行動だった。
くそっ、横の振り合いで駄目ならどうする!? 一旦引いて…いや、引いてどうする? 時間も無い上に、体力値だって相手に負けている。ここで攻めなければ勝てないが、既に攻める手段は出し尽くした上に全て相手に対応されて、残された手段はもう無い。そして、気が付いた。
「僕は…今までこんな状況に追い込まれた事はなかった…杉花粉impactのガン待ちはともかく、正攻法で寸命も劇薬も寄生状態のカードも切って、負けた事はほとんど無かったが…通用しないとなると、次の攻め手は……」
倉沼ソラオの言葉を思い出す。この状況で、切れるカードは僕には残っていない。相手はそれを理解したのか、トドメとばかりにアイテムを使用した。
覚醒の腕輪。使用すると、一定時間キャラの移動速度上昇。武装の弾数の回復、キャラの基本ステータスの上昇、攻撃モーション上昇の恩恵が受けられるアイテムだ。
「雑魚がよぉっ! 雑魚が俺に勝てる訳ねーだろ???」
そのまま相手のキャラの性能が上昇した状態で、いくらゲノム寄生状態だといってもそれを操る人間の性能が負けているのだから、結果は火を見るよりも明らかだった。
「お前のそれは読み合いでもコミュニケーションでもない。そんな戦い方は、一方的に強行動……って事にしとくか。相手の事を考えず自分のやりたい事だけを押し付けて、一生強行動擦ってるだけのワンパターンな戦法に過ぎない。そういうの、なんて言うか知ってるか? コミュ障って言うんだよ。リアルもさぞ根暗な陰キャなんだろうなぁ?? ぎゃははははははははははwww」
シャゲダンと死体撃ちをされながら、リアルも根暗で陰キャ認定の烙印を押されてしまったが、あながち間違いでもない。
ヤツの言う通り、僕の戦術は寸命の首輪で体力調整をしてゲノム状態になり、スキル「生への渇望」を発動させる。体力が減れば減るほど攻撃力と移動速度を上げて相手を一方的に屠る戦闘スタイル(生への渇望・体力が一定以下になると、攻撃力アップ、移動速度アップ、攻撃モーション2.5倍、攻撃範囲拡大、体力回復不可、防御力マイナス100%を付与させる)だったのだが、それが通じなかった時はどうしてた? 通じない相手なんか居なかった……自分のやりたい事ばかり押し付けて、相手の事はどう見てた? 何が対戦ゲームはコミュニケーションだ……倉沼ソラオの言う通り、負けている時は何もできてないコミュ障じゃないか。
ふと、山谷さんの言葉を思い出した。
「そんなの、一方通行で自分の好意だけ押し付けて、彼女の気持ちは一切聞いてないのと同じだよ」
「はは、リアルでもゲームでもダメじゃん…みんなの言う通り、僕はイキリ陰キャコミュ障じゃないか…何がゲノム全一だッ!! だよ…調子こいてイキるのも大概にしろッ」
完全敗北の四文字が頭に浮かぶ。
自信と精神を完全に倉沼ソラオに破壊されて、完全な敗北を煽りという名のリボンに包んでプレゼントされたのだ。結局相手に一撃も与えられず、試合にもなっていなかった。悔しくてはらわたがネジ切れそうだが、対戦ゲームの敗者に人権は無いので、僕は「対戦ありがとうございました。いつか潰す」とチャットを打ち込んだ。すると…
「早く潰してくれよぉ~w私を潰しにいらっしゃい☆」
と返って来た。
その日の夜は、悔し涙で枕を濡らしながら眠りについた。
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