「急げ! ありったけの防衛兵器や砲台を駆使して謎のゲノムの侵攻を止めろ」
「くそ、なんだよアレ。新しいイベントの類って雰囲気じゃ無いよな」
「いいから出れる奴らは全員出ろ。ここで食い止めるぞ」
普段はお互いの領地やゲノムを奪い合い、いがみ合い、煽り、晒しあって戦う民度の低いプレイヤー達も異常な事態を察してか、お互い協力して防衛線を構築している最中だった。
いくら民度が低いと言っても、流石対戦ゲームをやり込んでいるだけあって、頭の回転と状況判断は的確だ。
砲台や防衛兵器をありったけ運用して弾幕を張り、こちらに向かってくる前に一匹でも数を減らそうという魂胆だ。そして、それらの兵器の射程内で前衛に適したキャラ達が電脳怨霊と交戦して、討ち漏らしや前衛を突破していった相手を重量キャラやサポートキャラが迎え撃つという布陣が出来上がっていった。
「おかしい…倉沼ソラオとか、チーム蛮族のプレイヤーが殆ど電脳怨霊を倒したって情報を聞いたんだけど、この様子をみる限りじゃ滅ぼすどころか数が圧倒的に増えている。やっぱり、勅使河原さんの言う通り親玉の力がどんどん強力になってきてるんだ」
常識的に考えれば、あの津波のように押し寄せる電脳怨霊の群れは恐怖でしかないだろう。だが、それとは別の感情が浮かび上がる。その感情の名は…
「嬉しいねぇ! これはボーナスタイムだ。表でも寿命がドロップするのはさっき確認した。つまり、表じゃリアルの肉体は死なない上に寿命は稼げるローリスクハイリターンの美味しい狩場だ」
嬉々として戦場のド真ん中に突貫していく。
「いや、ちょいまちオタク! 表じゃ殺せないから、さっきみたいにリアルで実力行使に出た可能性もある。ここは慎重に杉花粉とかと連絡を取って、万全の体制で迎え撃つべきだ」
勅使河原さんの言う事ももっともだ。だが、もう突っ込んでしまったからには後には引けない…引かない。
「そうなった時の勅使河原さんでしょ? 安心して戦えるのは、リアルでこうして勅使河原さんが寄り添ってくれているからだ。頼りにしてる」
怨嗟の声を上げて、押し寄せる大群を前にどんどん飲み込まれ、果てていくプレイヤー達。そりゃあそうだろう。元々数では圧倒的に負けている上に、現在進行形でリアルでは怪奇現象に悩まされているに違いない。そんな状況で集中してゲームをできる人間など、ほんの一握りのイカレゲーマーくらいだろう。世の中には地震が来てもFPSがやめられない猛者も居るくらいなのだから、怪奇現象くらいで怯んでいられるか。
大口径ロケットプラズマランチャーを片っ端から撃ち込んで撃破していく。津波と化して押し寄せる集団相手に、真っ向からゴリラカスタムで立ち向かう。
「一匹……二匹ッ、三匹」
殴る。とにかく無我夢中で倒しても倒しても一向に途切れる気配のない電脳怨霊相手に奮戦する。
「おい見ろ! あんな前線で立った一人で敵の侵攻を食い止めている奴がいるぞ」
「援護だ。とにかくアイツを援護しろ」
砲火、銃撃、爆発。ありったけの火力が注ぎ込まれ、紫壁に穴が空く。
後方のプレイヤー達が気を利かせて援護射撃を行ってくれた。そのおかげで、一息付くくらいの余裕はできた。ふぅっと落ち着いて、辺りを見回すと再び信じられない光景が目に飛び込んで来た。
「嘘だろ…上から降って来てる」
遥か先の景色に、異様な光景が広がる。雨雲のように空に大きな紫色の塊が浮いて移動している。そこから、まるで雨のように電脳怨霊が街や拠点、プレイヤーに向かって降り注いでいるのだ。
「おいおいマジかよ……こりゃあ異常だね」
いくらなんでも数が多過ぎる。もはや景色が紫一色。地面や建物にベタンベタンと身体を覆いかぶさるように落下して攻撃してくる様は、気色悪いの一言に尽きる。
「お、オタク…ちょっとゲームやめてテレビ見て見ろ……大変な事になってる」
「え? どうしたの」
絶句。霊感が殆ど無い僕でも、テレビに映し出されたそれははっきりと視える。アナウンサーが必死に現場のリポートをしているが、周囲の怒号と悲鳴でそれもかき消され、ほとんど聞こえない。
「ご覧ください。これは夢でも映画の撮影でもありません。数多の紫色の怪物が、空を覆い尽くすように飛んでいます。さながら百鬼夜行のようです」
アナウンサーが上手い事いっているが、妖怪や物の怪ではなく、対戦ゲーマーの負の感情から生み出された悪霊なので、百鬼夜行というよりは癇癪発狂だろう。それらは人間や車、目に映る全てのモノを完膚なきまで破壊して怨嗟の波は全てを飲み込む。
「考えたわね……リアルとゲーム内で戦力を分散させに来たってカンジ」
「それって……」
「ゲーム内ではとにかく物量で攻め込んで時間稼ぎ。その間にリアルでは実力行使で集中力を乱したり、直接ゲーマーを狩りに来た。親玉がいよいよ本気出して来たって訳」
「この事態を一刻も速く収束させるには?」
「そんなの決まってるジャン? 親玉を除霊か封印する!」
やっぱりそれしかないのか。だが、現状は極めて厳しい。ゲーム内では、雨のように降り注ぐ電脳怨霊の大群を蹴散らしながら、親玉が巣食うジャックポット塔に到達しなければならない。そして、リアルでは親玉がゲーム内からリアルの世界に逃亡できないように、道の遮断は必須となる。それらの対策や準備を迅速に僕のフレンドや身内で行うとなると、とてもじゃないができそうにない。
この状況を打破する為には、どうすればいいのか頭をフル回転していると、さらなる危機が訪れた。
そいつは、地響きを起こしながら優雅に大地を滑って現れた。超巨大な蛇。マップをぐるりと回り込んで他エリアとの行き来を断絶できるような馬鹿げたサイズのゲノム。コードが何十に束ねられた配線の集合体のようなデザイン。そう、奴が現れた。
【怨念・湾曲に破壊されたゲノムボード Lv880】
画面を埋め尽くすような物量の敵を相手にしている最中、レイド級の電脳怨霊の登場により、その場に居合わせたプレイヤー達の心境はまさに「絶望」の二文字を現していた。
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