「オタク、お前から怨念じみたものを感じる」
勅使河原さんの第一声がこれである。ただゲームをしてただけなのに、どうしてこうなった?
聞けば、勅使河原さんの家系は代々霊媒師とか、除霊を行う家系のようで、勅使河原さん本人も霊感がとっても強いようなのだが、それにしたって怨念ってなんだよ。今まで潰してきたゲーマーの負け犬の遠吠えとかなら心当たりあり過ぎるんだが?
「りんちゃんが言うなら間違いないよぉ~…烏丸くん、何か心当たりとかは?」
勅使河原さんの隣に立つ人物は、助手(勅使河原さんが勝手に言ってるだけ)の山谷沙織さん。おっとりメガネのマシュマロ系女子で、クラスに一人はこういう子居るよねってカンジの子だ。
「心当たり……うーん、本当にただゲームしてただけなんだけど」
ゲームという単語に、ピクリと勅使河原さんが反応した。
「まさか、そのゲームって…今世間を騒がせてるゲノムリンクってゲームか?」
「え? 勅使河原さんゲノム知ってるの? なんか意外だなぁ…そういう風には全然見えないけど」
真剣な表情そのもので、考え込む勅使河原さんは控えめに言っても美しい。
「あのゲームのおかげで、家の商売上がったりなんだよ、クソ」
どういう意味だ? 霊媒師とか除霊のお仕事に、何でゲームが絡んで来るんだろう? 関係性がまるで分からないし、想像できない。
「オタク、お前から感じるのは、明らかに人間の怨嗟とか、怨念の類なんだけど…どうにもコイツは普通の祓い方じゃ絶対に祓えない類の代物なんだ」
ちょっと意味が分からない。
「祓えない? どうして? そういうのを払ったり、成仏させたりするのが勅使河原さん家のお仕事なんじゃないの?」
「普通の相手じゃないってこと」
ますます意味が分からない。僕に取り付いてるのは、普通の霊や怨霊では無く、本業の方達でも無理な相手らしい。え? じゃあどうすんのコレ?
「普通の霊は、死んでしまった場所に未練だとか、恨みを引きずって現れるモノなんだ。そこに、私の家の者が出向いて、除霊したり成仏させたりすんだけど、その場所に出向かなければ除霊は出来ない。今回私達が頭を悩ませて商売にならない理由が、それなのよ」
「出向かなければ、除霊は出来ない? ……まさか!」
「察しの通り、よりにもよって、あの電脳世界に怨霊が生み出されてしまった。それも、いくつもの怨嗟や怨霊、悪霊の集合体がゲノムリンクの裏世界に蔓延っているのよ」
電脳幽霊と言うべきかなんというか…この小説のジャンルをホラーに変えたほうがいいんじゃないか?
そこまで考えて、僕は気付いた。あの時遭遇した巨大で異質なゲノムは、ネーム表示が確かに「怨念」と表記されていた。勅使河原さんは、蔓延っていると言った。その言葉の指す意味は、あんなのが裏世界に何匹も存在していると言う事。
じゃあ、あのポルターガイスト現象も、怨念ゲノムと出会った瞬間発生して、ログアウトしたらピタリと収まった説明が付く。原因は、電脳怨霊の仕業だった。
「さて、オタク…お前に質問だが、なんでその厄介な幽霊が電脳世界に生み出されたと思う?」
「なんで、かぁ……うーん、勝負に負けた奴の顔真っ赤敗北お気持ちクソデカ感情とか、負けて癇癪起こして台パンとかするあの負の感情が原因だったりして」
「おっ、鋭いな。正解」
はぁ? マジで言ってんの? そんな事言いだしたら、対戦ゲーム界隈はキチガイに勘違いイキり雑魚とコミュ障マウントガイジが数多にひしめく界隈だ。毎日世界を滅ぼすレベルの悪霊が秒で量産体制に入り、世の中は悪霊で溢れかえって大変な事になる……いや、対戦で気に喰わない事があればSNSで場外乱闘に発展するこのご時世、そこでさらに俺の霊の方が強いとか、俺の台パンで生みだした怨霊の方が強力だとかで、さらに幽霊マウント合戦が発生する地獄絵図が容易に想像できた。何故なら人間はとても愚かだからだ。
はっきり言ってしまえば、SNSで敗北お気持ち表明する気持ちも分からなくはないが、リプレイや対戦履歴を見直して、どうして負けたか? とか、相手はどう動いていたのかと研究する方が時間の有意義な使い方だと思う。
同じSNSを使うにしろ「対戦ありがとうございました^^助かりました」とか、「ガン待ちつまんね」とか「頭に来てキーボード壊してやった」などと相手に発信するよりは「相手の視点から見てどうだった?」とか「いつか〇す」と、友好的にコミュニケーションを取った方が建設的だ。
何故自分が負けたか一切考えず、全ての責任を味方に一身に背負わせ、偉そうに講釈垂れ流しながら、自分はその都度戦果や勝利に繋がらない利敵行為と言ってもいいレベルの自己満〇ナニーを披露しつつ見ず知らずの人間に噛みつく馬鹿は、馬鹿と言っても理解しないし、ゲーム内で理解させても自分が何故負けたのか理解できないので、雑魚はいつまで経っても雑魚のままだし成長もしない。
そんな雑魚共の怨念から生み出されたのがあの電脳怨霊ならば、本当に一部の対戦ゲーマーは救いようが無い。
「あー…それならめっっっっっちゃ心当たりあるよ、うん」
本当に心当たりがあると言うか、心当たりしかない。なるほど、そりゃあゲームしてただけで変な怨念じみたモンが纏わりつく訳だ。
「あの裏世界からも異質な雰囲気を感じるし、怨霊や悪霊がひしめいてる気配しかないんだわ。一番やばいのが、裏世界にあるジャックポット塔とか言う場所なんだけどぉ。あそこは桁外れにヤバイってか…多分、怨霊や悪霊の親玉がいると思う。とても禍々(まがまが)しいオーラがビンビンに伝わって直視できないレベルなんだわ」
「ジャックポット塔か…公式の案内だと、超超超高難度ダンジョンって言ってたな。クリアすれば、あの塔に貯蓄されてる全ての寿命が手に入るとか」
「あっ、それ意味ないよ。どーせ、親玉倒しちゃえば奪命システムも親玉の仕業だし、クリアしても寿命は手に入らないと思う」
「……は? 今、なんて?」
「聞こえなかったかーオタク? だーかーらー、人間が寿命の受け渡しとかできると思う? そんなモンあったらノーベル賞余裕で取れっから! しかも、ゲームで実装するくらいなら普通医療関係の方に真っ先にイクっしょ。人知を超えた力なんだから、まず間違いなく親玉の仕業と見て間違いなしってカンジー? あの案内は、明らかにあの場所に人間を寄せ集める事を目的とした罠だよ。つまり、親玉を倒せば死亡遊戯は終焉を告げるってことだョ」
そ、それは困る! プレイ目的が松谷さんの延命な訳で、僕にとって奪命システムはなくてはならないものだ。つまり、他のプレイヤーが親玉の根城・ジャックポット塔を攻略するイコール親玉が倒されて奪命システムが無くなる…それが意味するものは、松谷さんの延命はその時点でできなくなり、松谷さんの命はドナーが現れるまで持つかどうか分からない、危険な状態を意味する。
むしろ、ジャックポット塔の前で陣取り、そこに集うプレイヤー達を皆殺しにすれば効率良く寿命を集められる事になる。それを松谷さんのドナーが見つかり、健康になるまでそれを繰り返す事が手っ取り早いと言えば手っ取り早いのだが、流石にそれはどうなんだ…?
「それでねー…私と助手から、オタクにお願いがあるんだけどぉ」
お願い? なんだろう…この手のお願いは、嫌な予感がする。
「このままだと怨念纏う人とか、最悪憑りつかれちゃう人が出て来るって言うのが、オカルト研究部の結論なんだけどぉ…アイツらを除霊するにはゲーム内でしかできない訳ね? このままじゃ私ン家の稼業もヤバイからさぁ、ちょーっと手伝って欲しいんだけどぉ!」
えーっと、つまりこういう事か?
電脳怨霊はゲーム内でしか除霊できない。当然勅使河原さん達でもそれは不可能なので、このままでは稼業が立ち行かない。なので、僕に手伝って欲しいと……成る程わからん!
「えーっと、どういう事?」
「風の噂で聞いたんだけどぉ、オタクはゲームが激おこぷんぷん丸ムカ着火ファイヤー並みにバリヤバいんしょ? 私と助手に、電脳怨霊を除霊できるレベルになるまで教えて欲しいんだわ」
教える……僕が、この二人に、ゲームを?? しかも、あの【怨念・湾曲に破壊されたゲノムボード】を倒せるレベルまで…!?
……僕でも倒せるビジョンが見えないのに、ゲノム初心者をあのレベルまで導け、と……うーん、残念ながら無理だな。
僕自身も時間的猶予はあまり残されていないのだ。言い方は厳しいが、初心者二人に構ってる余裕なんて全くない。
「うー…ん」
「頼むよオタク! もし親玉倒せるレベルまで教えてくれて上達できたら、何でも言う事を一つだけ聞いてやるからさぁーッ!!」
「教えます! 教えさせていただきます!!」
なんでも? いま、なんでもって言ったな?? こんな可愛い勅使河原さんと山谷さん二人に対してなんでもって、つまりはあんなことやこんなこと(読者の想像にお任せします)までやっちゃっていいってことだよね!? うひょー!!
任せろ、俺がこの二人を最強のプレイヤーに育ててやるぜッ!!
今思えば、無理矢理にでもこの二人を突き放して、今まで通りソロで探索を続けるべきだったのだ。後々、取り返しのつかない出来事が起こってしまうとしても。
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