時刻は21時。花の金曜日という事もあり、学生も社会人もこぞって熱帯に潜り込んで対戦相手を破滅させる行為に勤しむ。普段通りなら、僕もその内の一人としてゲームをプレイして相手を引退させてやろうと目論んでいる所だ。だが、今日だけは違う。
人間一人の人生を賭けた、文字通り「戦い」を見守る事に専念する。
「21時、時間だ……あっ、始まったぞ!!」
ディスプレイ画面には、杉花粉impactが映って、おなじみの挨拶から喋り始めて配信がスタートした。
「はい、こんにはこんばんわ年中花粉症の杉花粉impactでーす! 今日は大事なお話が二つあるんで、ガーッツリ見て聞いて楽しんでエキサイティングしてってくださーい」
台詞が終わると同時に、ドブゥェー! ドブゥェー! と、けたたましく効果音が鳴り響く。
「じゃあ、まずは皆にこの動画を見てもらおうかな」
画面が切り替わり、例の動画が垂れ流される。コメントには、女子高生に殴られた男。とか、うらやま。などとコメントがチラホラ見えたが、大半は暴行事件や普通に店に迷惑だろ。と言った批判的なコメントが流れて行く。
「事情を知らない皆から見れば、やっぱりそう言う反応になるのは当たり前だよなぁ」
ぽつんと、そんな言葉が零れる。
配信中の杉花粉impactもそんな事を言っていたが、ここからが本題だ。
「これ、この女の子が俺に何してるかわかる? これね、除霊してんの」
とんでもねぇ切り込み方で草も生えねぇわこんなモン!! 案の定コメントには、キャラ変えようとしてる? や、イタタタタ…とか、挙句の果てには杉花粉impactのファン辞めます。などと言ったコメントが大量に投下されて流れて行く。
「みんなアーカイブ見て貰えばわかると思うんだけど、過去に裏世界で大型レイドと戦ってる最中にノイズとか、ポルターガイスト現象が起きたでしょ? アレ、全部幽霊と言うか…怨念? の仕業なんだ」
ふっと間をおいて、再び言葉を続ける杉花粉impact。ネタや釣りでない事など、その真剣な表情と眼差しが物語っている。それを察してか、コメントの投下される数も少なくなって来た。みんな、この男の言葉を本気で聞いている証だ。
「僕は、この怨霊について独自に情報を調べた。そして、裏世界に巣食う異質なゲノムと言うべき存在や情報、そして倒し方や除霊方法を知っている人物とコンタクトを取ったんだ。それが、先日SNSで拡散されて炎上してしまった動画の人物……実際除霊してもらったら、頭痛やポルターガイスト現象、知らない人の怒鳴り声が四六時中聞こえて来てそれはもう地獄みたいな気分が嘘みたいに治ってね…だから、僕は彼女に感謝してる。確かに、お店側に迷惑はかけたかもしれないが、本当に感謝してるんだ。だから、みんな彼女を叩くのだけは止めて欲しい」
さすが有名実況配信者。あれだけブッ叩いて人生を滅茶苦茶にしてやろうという流れだった空気が、一瞬にして変わったのを肌で感じる。
コメントは肯定的な意見と批判的なモノで半々くらいだろうか?
「彼女は由緒ある霊媒師の家系の生まれだ。ゲノムで蔓延る電脳怨霊の具体的な除霊方法や、今あの世界で何が起きているのか、一番理解しているプレイヤーでもある」
プレイヤーなの!? とか、民度最悪なあのゲームに女性プレイヤーっているんだな。と言ったコメントが流れて行く。
「まぁ、ここで四の五の言ってても始まらないから、実際に今日呼んで来てもらったんだ。巣手頃リンちゃんさんです、どうぞ!!」
「うぃーす! 巣手頃リンちゃんでーす☆」
ポーズを決めてド派手に登場した勅使河原さん。テンション上がって謝罪するの忘れないか心配になってきた…
画面には、かわいい、ギャルかわいい、惚れた等のコメントが流れて行く。確かに可愛いのは完全同意だし、この小説の第二のヒロインだけあって視聴者のウケが良い。
「まず、初めまして。本日この場をお借りして謝罪したいと思って配信に出させて頂きました。配信の冒頭で流れた動画についてですが、除霊の為とはいえ、周囲に迷惑やお店にも迷惑をかけてしまって、配慮が足りなかったと思います。大変、申し訳ございませんでした…」
ちゃんと謝れる偉い、動画のイメージと全然違うやんけワレェ、可愛いから許す。などと言ったコメントが画面を埋め尽くす。
うーん…かわいいは正義ってのは、こういう事を言うんだろうなぁ。まぁ、正確にはかわいいは正義ではなく、オタクちょろい。が、正しいのだろうが。
「じゃあ、早速聞いていきますが、何故ゲノム内に電脳怨霊が現れるようになったのですか?」
「電脳怨霊っていうのはぁ~…ぶっちゃけ負の感情が生み出すヤツなんだよね」
「負の感情……あいつが憎いとか、〇すとか、そういった類の?」
「あー…ゲームの中に現れたのはもっとシンプルなヤツってカンジ? 例えば、対戦中に煽られてシャゲダンされれば、ムキーってなるじゃん? 一年半煽られて続けて、画面見ろ雑魚って言われても感覚がマヒして実家のような安心感とか言っちゃうヤバイのは例外として。普通はそれで負けて悔しかったり、顔真っ赤になって台パンとかしちゃう人もいると思うんだけどぉ? そういう感情がどういう訳か裏世界に集って、形を成して蔓延っているって訳」
「なるほど。除霊師であるリンちゃんさんはともかく、一般人の私たちに出来る事や対策はありますか?」
「まず、ゲームして負けても顔真っ赤にならず、台パンや怒鳴ったりするのを我慢しようね! 台パンじゃなくて、膝の上にぬいぐるみとか置いて負けたらぎゅーってしたり、心を落ち着かせて頭を冷やして冷静になろう。みんな穏やかな心でゲームをすれば、新たな電脳怨霊は生まれたりはしないはずだよ」
正論、ぐぅ正論とぬいぐるみに抱き付くという発想が、殺伐としたした対戦ゲーマーの心に突き刺さり、コメントには今までなんと愚かな事を…と、悔い改め反省するヤツまで現れた。
「あーと、煽りもなるべくしないように! 煽っていいのは、煽られる覚悟がある信念のある人間ととっても仲が良い友達に、煽られて安心するキチガイだけ」
うん、言ってる事は正しいが…最後の煽られて安心するキチガイなんているのか? もはや、メンタルを破壊されるとか、心が折れたを超越した修行僧かなんかか?
「あと、腕に自信が無ければ裏世界に入らない。シンプルだけど、これが一番確実。実際に出会ってしまったら、直ぐに逃げれる準備をしておく。それでもダメなら最終手段、除霊する」
「除霊……ですか?」
「うん、除霊。別に地縛霊とかって訳じゃ無いしぃ? 元はゲームに負けた雑魚のお気持ち表明だから、遠慮なく滅ぼしていい。ゲーム内で殴れば、普通のゲノム扱いなんだし、むしろ放っておいて何らかの拍子でリアルに出て来て憑りつかれでもしたら、また杉花粉さんの時みたいに殴って滅ぼして除霊しないといけなくなる」
「そ、それは勘弁してほしーなぁ…」
「で、ここが重要なんだけどぉ? 電脳怨霊を倒したら、お気持ちの本体というか、姿形を形成してる核が現れるはずだから、それを確実に潰す事。それをしなかったから、杉花粉さんはリアルで憑りつかれてしまったの」
「肝に銘じておきます……さて、今日は重大なお話が二つあるって言ったんだけど、まずはこのリンちゃんさんについてなんだ。先日SNSで広められた動画が学校に知られて、退学になりそうなんだ。確かに店側に迷惑はかけたが、あれはただ暴力を振るっていたんじゃなくて、除霊の為だというちゃんとした理由がある。下記のURLに署名サイトがあるから、彼女に退学回避の為に力を貸してくれる人は署名をお願いします」
ペコォッと深く頭を下げる杉花粉impact。それに習い、勅使河原さんも頭を深く下げる。
「さて、じゃあもう一つの重大な発表をするかな」
配信画面が二人の姿を映す映像からゲーム画面に切り替わった。さて、いよいよか。
「裏世界には、ジャックポット塔という公式公認の超超超高難度ダンジョンが存在する。リンちゃんさんが言うには、そのダンジョンにどうやら電脳怨霊の親玉がいるらしい。勿論、そんなヤツを放っておけないし、単純にそんなモノを見せつけられて挑戦しないなんて選択肢はゲーマーにない。そこで、僕が独自に有志を募り、ジャックポット塔攻略の為に合計五十人の固定メンバーを集めた。これから、その五十人を五人で一組のチームを作り、計十チームでの大規模固定攻略戦を始める」
なんじゃそりゃああああ! とか、先日の耐久配信はこれのメンツ集めだったのか…等と言ったコメントが流れて行くが、もうそんなモノはどうでもいい。ついに始まる……地獄の釜の蓋が開く血みどろの決戦が。
「とりあえず、固定メンバーのリストを配信画面に張っておく。これは、誰が死んで誰が生きているのか把握する為のリストだ。今日はメンバー全員で裏世界へ突入して、攻略の足掛かりとなる拠点の建築を行う。今、この瞬間から、この攻略の邪魔する奴らや荒らしは敵だ。こっちも命を掛けてゲームをするんだから、文句や意見があるならゲーム内で語ろうぜ」
杉花粉impactの口調が配信用のそれとはドンドンかけ離れていき、荒っぽい口調になって行く。なんだかんだ言って、コイツもゲーマーなのだ。皮を剥げば本性はこんなモンだろう。
「拠点の建築が終わったら、複数いる電脳怨霊を完全に討伐して、最終目標はジャックポット塔の攻略及び、電脳怨霊の親玉を討伐する事だ。メンバーは裏世界にインして、ランダム転送が終わったらこの89871地点の座標に集合してくれ」
僕達は杉花粉impactから、事前に五十人のメンバー表とチーム割を教えて貰っていた。
僕達のチームは、びっきー、杉花粉impactに巣手頃りんちゃん。emperorにReinのこの五人だ。杉花粉impactは、固定メンツのバランスや人間関係も考慮してチームを割り振ったらしい。
確かに、この五人ならキャラの特性が僕とReinが前衛。後衛が山谷さんに勅使河原さんでタンク役が杉花粉impactとこんなカンジでバランスが取れている。他のチームも大体こんなカンジなのだろう。ただ、一つだけとても気になり、意識せざるを得ないチームが一つだけあった。
倉沼ソラオ、べろさん、ジョン市、れそP、マレーイのチームである。あの悪魔とクレイジーマンが同じチームというのがとても気になるのだ。悪い意味で……団体行動とか、歩調を合わせるといった事とは無縁で、どちらかと言えば荒らして煽り、周囲に喧嘩を売ると言った方がしっくり来るんだが、流石に裏世界でそこまではしないだろう。ただの杞憂である事を願うのみだ。
固定メンツ五十人が一斉に裏世界に侵入したので、必ずと言っていい程固定メンバー同士が同じエリアで転送される。出待ちも即席とは言え、選りすぐりのメンツ相手のコンビネーションに退けられ、排除されて各員が一斉に指定された地点に向かう。
「さて、と……飛ばされたのは峡谷エリアかぁ…周囲に固定メンツは……」
キョロキョロと周囲を見回すと、どうやら僕の他に二人固定メンバーがいるようだ。
「おおん? なんちゃって全一かぁ!! 奇遇やな」
おっ、Rein……さん? くん? ちゃん? なんて呼べばいいんだろう…まぁ、同じチームの人間と偶然遭遇できたのは僥倖だろう。
「おー! びっきーじゃん!! 隣に居るのはReinちゃんじゃねーの。いやー、このメンツなら問題なく合流地点まで行けそうだねえ」
あと一人はべろさんだったのか。これは、べろさんの言う通り、そこら辺の出待ちや電脳怨霊に負ける気はしない。
「早速合流地点まで行きますか! ここでダラダラする理由も無いですしね」
「そうやな。おい、お前らワイの速さに付いて来れるんかぁ??」
「アハハ、言うねぇッ!! 大丈夫、置いていかれないようにはするよ」
こうして、裏世界大規模攻略は始まった。だが、この時は予想すらしていなかった。この攻略戦が、開幕から地獄のような阿鼻叫喚に包まれると言う事を。
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