電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

三話

公開日時: 2021年7月15日(木) 22:20
更新日時: 2022年1月15日(土) 22:48
文字数:4,529

 ごうっと唸りながら、振り下ろされる鉄塊。だが、ここで焦って回避ボタンを連打したり、いきなりゲノムを寄生させて反撃に移るのは愚の骨頂。左腕に装備した盾で攻撃の瞬間、タイミングよくボタンを押して狙い済ましたパリィを決め……

「よし、タイミングは変わって無い。身体は覚えてるって……え?」

 パリィの発生音はしっかりとヘッドセットから僕の鼓膜を刺激して、確かな手応えを感じたはずだった。

 しかし、盾で防ぎ、確かに弾いた攻撃は無情にも僕のキャラを殴打して、全力で叩き潰すが如く、地面に這いつくばらせて大量の出血とダメージを負ってしまう。

「無駄、この武器の特性はパリィ不可がついてる」

 残り1ドットの体力ゲージを前にして、松谷キャラは例のお前を倒すモーション連打で全力で煽りにきている。ここで普通のプレイヤーなら、焦ったり相手の煽り行為に平常心を乱されるのだが、生憎僕のメンタルはそこまでやわではない。

 危ない危ない…寸命の首輪を装備してなかったら、即死だったぞっ!!

 寸命の首輪は、即死級の攻撃を受けてもHPが必ず1残るという効果で、このゲームではかなりのレアアイテムだ。入手方法がとんでもなく難しいのだが、いまは説明してる暇はないので詳しい事は省略してしまう。

 起き上がりの無敵時間を利用して、現状を打破する策を頭の中で張り巡らせる。しかし、松谷さんは考える時間すら与えんとばかりに、すかさず距離を詰めて来た。

 起き上がりを狙ってタイミング良く攻撃を叩き込む、いわゆる起き攻めが狙いだろう。

 これがまた上手いッ!!

 絶妙なタイミングで攻撃を仕掛け、無敵時間が解除されたと同時に当たり判定を押し付けられるフレームをわかってるヤツの動きだ。

 殺したい松谷さんに、死にたくない僕。

 これは、咄嗟の判断だった。

「ゲノム寄生ッ!!」

 腰のベルトに引っ掛けるような形で装備していたペットボトルくらいの容器から、ゲノムを取り出すモーションにキャラが移行して、とりあえずホッと一息。

 ゲノム寄生モーション中は無敵になれるため、起き上がりの無敵時間が切れたタイミングでゲノムを寄生したと同時に、松谷さんの攻撃が当たり、結果的には松谷さんの攻撃より前に無敵モーションを上手く被せられた形になる。

 当然、無敵モーション中に攻撃を当てても意味は無い。

 拳程の大きさの赤茶色の芋虫が容器から勢い良く飛び出し、キャラクターの首筋に張り付いたかと思えば、鋭い牙で皮膚と肉を食い破り、血液が噴出し盛大にエフェクトが表示される。

 ゲノム寄生の表示と共に、キャラクターにも次々と変化が起こっていく。

 一言で形容するならば、化け物。

 おぞましい異形の形に変形した腕。

 皮膚が爛れ、腕の太さが倍以上に異常発達した筋肉。

 ゼリー状のナニかが全身に纏い付き、まるでスライムを上から全身に被ったような外見になる。

 ゲノムを寄生させると、普通は移動出来ない壁や天井を高速で自由に移動できるようになり、防御力と攻撃力が跳ね上がり、攻撃モーションも纏ったゲノムの種類、タイプによって変更されるのだが、例外無く超高速高火力のモーションになるので対人間戦と寄生ゲノム戦はゲームスピードとテンポ・仕様がガラっと変わる。

 人間、頭上と死角からの突然な出来事に咄嗟に対応できる奴はまずいない。

 これは長い対人歴から編み出した持論なのだが、同じパターンや動き、攻めを繰り返して相手に対応されない限り、強い行動を初手から押し付けて勢いで押し勝つといった行動は非常に有効な手段だ。

 対人ゲームとは、突き詰めるとコミュニケーションだ。

 自分からアクションを起こして、どうだ? この動きに対応できるか? と、問いかけ、相手が何かしらの反応アクションを起こし、そうくるんだ。なら、こういうのはやられると嫌だろ? と、相手の動きと反応で会話を楽しむのだ。

 たまにガン篭り戦法やガン引きなる戦術が悪い意味で話題になる事がある。

 そういう類のプレイヤーは、勝つのが目的であって、コミュニケーションをしている訳ではない。

 例えば、会話をしようとしたらわーわー聞きたくなーい。と、言って一方的に耳を塞いでしゃがみ込んで丸くなられては、会話もクソもない。

 一方的な会話の拒否にどうにもならない奴らはさじを投げるが、あくまでそれはそういう人間に対して対抗策や手段を持ち合わせていない場合である。一定数の人間はふざけんな起きろと言って手に持ったバケツの水をブッかけるような強制手段を強行する。

 つまり、そういったタイプの人間に対して有効手段を持ち合わせていなければ、無理矢理にでも会話を成立させるのだ。

 幸い、松谷さんはガッツリ対話を楽しみたい人間のようで、ゲノムを寄生させたキャラを前にしてもどっしりと武器を構えている。

「うわっ…超余裕ジャン。体力がミリ残りでも、舐めてると一撃で死ぬぞ?」

 ぼくの寄生ゲノム戦の戦術は、寸命の首輪で体力調整をしてゲノム状態になり、スキル「生への渇望」を発動させる。詳しい説明は省くが、要は体力が減れば減るほど攻撃力と移動速度がえげつないくらい上がるのだ。

 ゲノム化で更に攻撃力と移動速度が上乗せされ、これバグってるんじゃない? 不正行為チート? データ改竄チート? と、疑われるようなスピードとパワーで相手を葬り去るのがぼくの戦術だ。

 勿論、それだけの事をするのだから当然リスクもハンパじゃない。常に体力ゲージが1なのだ。当然、コレに気付いて実用化したプレイヤーも今まで何人かは居た。だが、如何せん体力ゲージが1なのだ。大事だから二回言った。そこら辺の雑魚はおろか、NPCの幼女とぶつかってもコッチが死ぬ。そんな事もあって、ハメや待ちで使われるような戦術なのだが、実戦で、しかもまともに戦う人間は後にも先にもぼくだけだった。

 たまらなく、好きなんだ。リスクと代償背負いながら圧倒的な力で相手をねじ伏せるこの戦術が。

 強いから、つまり、誰も対応出来ない…会話する事すら許さない圧倒的力の押しつけ。

 対策できるものならヤッてみろ。

 ぼくを止めて見せろ。

 最後に負けてキャラの死ぬ姿やBGMを聴いたのはいつだったかな?

 ばくは、強いッ!! ぼくは、ゲノム全一だッ!!!

 天井に張り付き、明らかに松谷さんの操るキャラの挙動がおかしくなる。死角を突いて、一気に天井を蹴って相手に強襲をかける。

 だが、ここで焦って攻撃するのは二流のすることだ。

 上手い奴らなら、敵が居ない=(イコール)背後か上のどちらかだろうと読んでくる。

 相手はたったの体力1なのだから、掠れば勝てる。事故れば勝てると考えて攻撃を置いておく。そんなプレイヤーを今まで何百人も見てきた。だが、圧倒的な火力とスピードで、当たれば勝ちなのはこっちも同じなんだぞ? そんな大事な局面で、当たれば勝てるという目先の欲望に負けてどうしてそんな思考と行動しかやらないんだ? 結局、今までいかに読みあって、楽しく会話して、とっても良い勝負だったのに、最後は盛大に泥をブチ撒けられる。

 最後の最後に、極限状態での読み合い、会話を楽しもうよ……コミュニケーションを取ろうよ…

 そして、全一になっても、最後の大事な局面での会話は、成立しなかった。

「どうせ松谷さんも同じなんだろ? 動きみりゃわかる…その鉄塊振り回しの後隙に攻撃入れて終わりだ」

 ぼくの読み通り、安易な置き攻めを繰り出した松谷さん。

 落下して強襲を繰り出したが、このまま行くと松谷さんの置いた攻撃に当たって負けてしまうので、寄生させたゲノムの触手を伸ばし、横壁を殴打して空中で挙動を変えて、本来落ちる場所からは大幅に反れて地面に着地した。

 ここで我慢して、相手も行動を読んで、再びヤるかヤられるかの緊張を感じてまたお互い思考と反射神経の限りを尽くして限界まで戦いたいんだ。けど、結局そんな相手は現れなかった。居なかったんだよ…遥か頂点に登り詰めても、強いって噂の奴にも片っ端から対戦した。

 気が付けば、ゲーム本来の楽しさやワクワク感が自分の中に一切湧かなくなっている事に気付いて、ゲノムから離れた……しばらくすれば、また純粋に楽しかったあの頃の気持ちを思い出せるかなって思ったけど、駄目だな。テンション上がったのは最初だけで、戦闘が始まってからはあんまり楽しくないどころか、熱が急激に冷めていってる。もう、ゲノムはやらないほうがいいのかもしれないな…

 丁度武器を振り終わって、盛大な隙を晒している相手に渾身の一撃を叩き込んで、ぼくは勝利する………はずだった。

 相手のキャラから何かが落ちて、地面に当たった瞬間ぷしゅーっと白い煙が噴出しはじめた。それを見た瞬間、全身の毛穴という毛穴から汗が噴き出す。瞬時に、悟る。負けた、と。

「け、煙り玉!??」

 思わず叫ぶ。もはや、叫び声というよりは、絶叫に近かった。いつの間にか仕事から帰ってきていたお母さんが、息子の尋常ではない叫び声に血相を変えて、ぼくの安否を確かめに部屋に駆けつけてきたが、ぼくはそれどころではなかった。

 煙り玉はノーモーションで使用できる。ちょっとだけ広い範囲に煙が勢いよく吹き出るアイテム…と、いうよりはパーティーグッズなのだが、まさかそれを実戦で、しかもガチで使ってくるとは一ミリも思わなかった。その煙りに触れると一ダメージだけ喰らうが、相手を怯ませたり仰け反らせたり、レーダーに障害をもたらすなどの効果は一切無く、文字通りゲーム内コミュニケーションで使用したりするパーティーグッズ。だが、体力1のとんでも機動力のミリ残り相手を倒すには、充分過ぎる性能だ。なにより、ノーモーションで即その場で使用可能というのが、ブッ刺さって見事にハマッた訳だ。

「負けた……え? マジ??」

 気が付けば松谷さんに一ダメージも与えられず、文字通りボッコボコのフルボッコの大敗北を決めてしまった。

 ちゃんと、ぼくと戦うために対策を用意して、事前に全国の時の動画か何かを見て戦略を立てたのだろう。

 もう完全に悔しくて、顔真っ赤。

 ヘッドセットを被り、メモに書かれた通話ID番号を打ち込んで松谷さんにコールする。もはや、最初に考えたからかいや嫌がらせの類は完全に吹っ飛んでいた。

「やっほー! もしもーし」

「頼む、お願いします!! もう一回ッ!!」

「あっはっは、超顔真っ赤ジャン、ウケる~」

 久しぶりに、ゲームが楽しいと思えた瞬間だった。

 ずっと、ずっと待ち望んでいた相手と限界まで戦えて、しかも相手が同じクラスの人間なのだ。楽しく無い訳が無い。

「くっそー、また負けた! もう一回ッ!!」

「あれあれ~? 全一って大した事無いんだね~」

 後で気付いたが、最初のシーズンの全国一位チャンピオンはぼくだったのだが、今シーズンのオンラインランキング一位は松谷さんだったのだ。

「なんでー!? もう一回ッ!!」

「いいねぇ、私もこんな歯ごたえある相手初めてで楽しいよ!!」

 結局、ぼくのもう一回から二人の勝負は日を跨ぎ、翌朝五時に松谷さんの流石に寝なきゃマズいっしょ。で、終わりを迎えた。

 戦績は87敗69勝で松谷さんに負け越してしまった。

 当分の目標も出来たし、モチベーションが身体中に漲ってきたから毎日ゲノムやろっと……と、決意したと同時に、モニタの前で意識が遠のき、ぼくはその場で寝落ちした。


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