電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

一章 雪の誓い

一話

公開日時: 2021年7月15日(木) 22:10
文字数:3,305

烏丸からすま~」

「なに? 宿題なら見せないしやってない。正確にはやる暇が昨日は無かったんだよ」

 朝のHRホームルームの時間中に、担任の先生が一日の予定を伝えているにも関わらず、大胆にも僕の前の席の川原省吾かわはらしょうごは振り返り、僕に話し掛けて来た。

「まーたゲーム? 目にクマ出てんジャン? 遅くまで夜更かしご苦労様」

「どーせお前にゲームの魅力を伝えても理解しようとしないし、するつもりも無いのは目に見えてるから何も言い返さない」

 机に肘を付き、頬に手を当てながら無気力そのものの顔で返事を返し、その反対の手でシッシッと追い払う仕草をする。

 ツレね~なぁ、と言い残して省吾は振り返り、僕の視界には黒い制服越しの背中が大半を占める。大人しく前を向いたという事は……結局、コイツのお目当ては宿題の丸写しだったようだ。

 そもそも、家に帰って勉強するくらいなら、鉛筆やボールペンを握るよりゲームパッドを僕は握る。

 宿題は学校でできるが、ゲームは家でしかできないのだ。

 基本的な考えは、現実リアル仮想空間バーチャルも大して変わらない。

 今この場所で、出来る事を限られた時間の中でいかにこなすかが重要なのであって………つまり、何が言いたいのかと言うと…

「休み時間10分の間に、宿題を全て終わらせるッ!」

「無理だってぇ烏丸~…おれぁもう諦めた。一限に提出は無理ムリのむりだわ」

「無理だと思うから出来ないんだよ。突き詰めると、制限時間内に終わる確率は10分だろうが一時間だろうが、確率はどっちも50%だ」

「ど~ゆ~計算したらそうなる訳?」

 あきれ果てた様子で机に転がっていたペンを指の上で器用に回す。

 もはや、空白の解答欄が自らの手で埋まる事は無いと確信したようで、省吾はポケットからスマートフォンを取り出して弄り始める。

「終わるか終わらないかの二択じゃん? ホラ、50%でショ?」

「おめぇーの頭ン中は相変わらずブッ飛んでるなぁ…流石、ゲノム全一は言う事が違うわ」

 省吾の視線は相変わらず画面に釘付けだ。

「元、だけど……なッ!! ヨシ、宿題終わりッ!! 授業開始まであと3分か……トイレ行ってくるわ」

 そう言って、宿題が終わらず途方に暮れる省吾を尻目に、トイレで用を足す。

 ゲノムリンク。

 大雑把に言うならば、寄生型生物を身体に宿して敵を倒す対戦ゲームだ。

 そのゲノムリンクで、僕は全一(全国一位)だった。

 オンラインゲームでランキング一位は勿論、オフライン全国公式大会でも優勝を果たしたのだが、ある理由でゲノムリンクはもうプレイしていない。いわゆる引退というやつだ。

 最近のゲームの技術は進み、身体を仮想空間にダイブさせてプレイするなんてゲームもあるくらいだ。けど、どうにも僕は昔ながらのパッドを握ってプレイするスタイルの方が合っているし、なによりそのスタイルが好きだからそういう種類のゲームを好んでプレイしている。

「……最近はゲノムもどんどんアップデートして、対戦環境がまるで違うらしいから、ちょっとだけ触ってみようかな?」

 トイレから出て、駆け足で教室に戻ろうとした所で、同じクラスの松谷雪まつたにゆきが廊下でスマフォの画面を忙しなく指を滑らせているのが目に映る。

 松谷雪、成績優秀でスポーツ万能。容姿はとても可愛く、アイドルや芸能人となんら遜色の無い可愛さで、校内の全男子の憧れの的である。まさに、僕みたいなゲームオタクにとっては高嶺の花……高い所に咲いてりゃ降ろせばいいじゃん。ドロでもゴミでもブッかけて汚して、ようやく僕みたいなのとも釣り合うレベルのとてつもない可愛さだ。

 え? ヒロインの紹介が雑?? ばっか、小説の良さは可愛い・タイプと言ってしまえば、10人の読者が読んだとしたら、それぞれの頭の中に読者好みの人物像が浮かび上がるジャン? 細かい事書いちゃったら、意味無いの。思い思いの美少女を想像したまえっ!!

「えーっと、烏丸響からすまひびきくん。ちょっと……いいかな?」

 同じクラスの松谷さんだが、喋ったことはおろか喋りかけられた事すらなかったので、嬉しさよりも驚きと怪しさがこみ上げてきた。

 な、なにゆえ拙者との会話を好むでごわすか!? ゲームオタの僕に松谷さんが話しかけるとか、罰ゲームか何かかな?

 だってそうジャン? これだけ可愛ければ男漁り放題だろうし、どーせスマフォいじってンのも彼氏とやり取りしてんだろ?? で、もう授業始まるんだけどなんの用だろ。

「その話、長くなる?」

「うん? うーん……場合によっては長くなる」

 ただ首を傾げる。それだけの行動で人間はここまで可愛くなれるものなのかと、関心するぐらい可愛らしく首を傾げる松谷さん。

「ぶっちゃけもう授業始まるから、長くなるなら昼休みにオナシャス」

「ぶっは、真面目か、うけるー」

 、がwに変わり草生やす勢いで吹き出す松谷さんだが、込み入った話なら尚更どんな内容をぶちまけられるか不安で動悸が激しくなってきた。

「いいよ、じゃあ昼でもいいし放課後でもいいよ。盗み聞きするつもりはなかったんだけど、烏丸君はコレイケるクチなんでしょ?」

 そう言って、彼女の取った行動にゲーマーとしてのスイッチが入った。

 右手で頭を指差し、そのまま拳をグッと握るポーズは、間違いなく、ゲノムリンクのジェスチャー「お前を倒す」を意味するものだったからだ。

 お前を倒すジェスチャーは、ボタン連打すると行動中のモーションがキャンセルになり、再び最初から動き始めるので、ボタンを連打する度に頭を指差しまくって非常に腹立たしい気分になり、一部のプレイヤー層からは煽りモーションとして好んで使用されているのだ。

 例えば、相手を倒した時に、頭ダイジョブか~? やーい、お前の頭チンパンジ~……等などメッセージを添えると効果的だ。

「あっ、こうするともっとわかりやすいカナ?」

 前述の通り、現実世界リアルでまさかのお前を倒すジャスチャー連打で、松谷さんの指が忙しなく動き回る。

 さすがに現実世界リアルでそれをやる人間を初めて見たので、普通に引いた……

 しかし、美少女生女子高生のリアル煽りモーションなんて人生で滅多にお目にかかれないので、脳裏に刻み付けるべく黙って観賞する事にしたのだが、どうやら松谷さんは僕の沈黙をゲノムリンクを知らなくて、普通になんだコイツと思われた!? みたいな表情を浮かべて顔を茹蛸の如く真っ赤にしながら……

「は…はわわわ…ちょっ、ちがっ!? いや、あ、あの…あのね?」

 絶賛困惑中で喋ってる最中にも右指は止まらずに頭を指し続けている。

 ……なんだろう、この…憧れの高嶺の花が勝手に降りてきた感はなんなんだろう?

 いい具合に馬鹿が露呈してきた松谷さん相手に、最早緊張も動悸も治まって平常心が取り戻せていた。

 なんだろうなぁ…松谷さんは僕のイメージ通りの憧れの松谷さんで居て欲しかったけど、思ったよりポンコツで良かったけど良くないこの複雑な気持ちを誰か理解してくれ…

「いつまで煽りモーションしてんだよ、馬鹿の子かよ」

「あー! やっぱりゲノム知ってるじゃん!! は、はやく反応してよねー…いやぁ~あせったぁ…」

 しかし、意外だな…松谷さんてゲームするんだ。お家で優雅にピアノでも弾いてそうなイメージだったけど、人間見かけによらんモンだね。

「さっき偶然川原くんと喋ってるの聞いちゃったんだけど、烏丸くんってゲノム全一なの?」

 元だけど、と返事を返そうとした所で、空気を読まない授業開始の合図が校内に響き渡り、僕と松谷さんの楽しい会話は中断されてしまった。

 お互い教室に戻ろうとして、僕が松谷さんより先に教室のドアを開けようとしたところで、すかさず致命の一撃よろしく素早く僕の手を握り、何かを強制的に握らせた。

 女の子に手を握られる経験なんて人生で初めてだし、童貞で陰キャゲームオタクの僕に耐性などあるはずがなく、即座に下半身のパイルバンカーが唸りを上げて「獲物はどこですか旦那ッ!!」と、反応した。

「渡したメモ用紙に私の通話IDとゲノムリンクのプレイヤーID書いておいたから、気が向いたら連絡してね。多分、ガッコからソッコーで帰宅して家にいる間はずっとゲノムってるから。んジャ、シクヨロ~」

 と、呆気に取られる僕を廊下に置き去りにして、松谷さんは颯爽と教室へ入って行った。


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