学校から帰宅した僕は、必要最低限の事を足早に済ませ、自室にあるPCを起動させる。
「渡したメモ用紙に私の通話IDとゲノムリンクのプレイヤーID書いておいたから、気が向いたら連絡してね」
まるで呪文のように、今朝松谷さんに言われた言葉が、頭の中でこびり付いて離れない。
わざわざ連絡先まで書いて寄越したのには、おそらく彼女なりの理由があるに違いないと思い、少し仮説を立ててみた。
まず一つは、単純に彼女もゲノムリンクのプレイヤーで、強くなりたいor強い奴を倒したいのどちらかで、たまたま同じクラスにプレイヤーがいたから声をかけた。
次に、童貞で陰キャゲームオタクの僕を不快に思い、罰ゲームをやらされている可能性も否定できない。松谷さんのIDに連絡したら、実はそれが彼氏や他の人間のIDで、影で「うわぁ~マジ連絡してきたキモォ~…」などと、スクールカースト上位のイケイケ連中と共に嘲笑うつもりなのかもしれない…
どちらにしろこればかりは悩んでいても仕方無いので、後でコンタクトを送ってみるつもりだが、最大の問題は他にある。
「引退して一年以上ゲノム触ってないからなぁ~…絶対ブランクやばいし、新システムにも馴れないといけない」
ゲノムリンク。
プレイヤーは数千種類にも及ぶパーツを選び、カスタマイズして自分好みの強化装甲「ギア」を身に纏い、荒廃して人間が生息できない超巨大都市を探索するゲームだ。
荒廃都市にはゲノムと呼ばれる寄生生物が巣食っており、ゲノムを討伐してレベルを上げたり、装備を作ったりする事ができる。
ゲノムは生け捕りにする事ができ、ギアの力でゲノムを身体に寄生させて、メカと生物の織り成す複雑かつ斬新なシステムが話題を呼んだ。
当然、強いゲノムであればあるほど身体に寄生させた時の力は恐ろしく強いし、それに比例して生け捕りの難易度や遭遇率も低くなっていく。
フィールドとなる荒廃都市はオープンワールドで何処でも自由に行動できて毎日新しい区画が追加されていき、現実世界の地球と同じ大きさと噂では言われている……一度一部のユーザーが協力し合い、荒廃都市の完全MAPを制作しようとしたのだが、あまりの大きさに断念せざるを得なく、噂が噂を呼んでプレーヤー間では地球より広い都市とも考えている奴らもいるみたいだ。
しかし、それだけ広くとも、ゲノムはだいたい決まった条件の場所に出現するが故に、強いゲノムが出現する・しそうな場所には当然上級・上位・廃人…いわゆるガチ勢がリアルタイムで縄張り争いを繰り広げ、徒党を組んで他プレイヤーを自分達の縄張りに入れないように排除する殺伐とした環境が出来上がってしまっている。
ここが、ゲノムリンクの面白いシステムでもあり、癌の部分でもある。
初心者や中級者は、上を目指そうと強いギアやゲノムを求めて荒廃都市を探索するのだが、当然そこには上級者達のテリトリーと化していて、成す術無くやられてしまう。強くなりたくてゲノムを生け捕ろうとするのだが、出現する場所には行けず、上級プレイヤーに倒され、偶然強いゲノムを発見しても結局装備が弱く、倒されて装備更新が出来ないという、負のスパイラルが出来上がってしまっているのだ。
そんな初心者を救済しようと、自分達の縄張りを解放している一部の初心者育成を目的としたコミュニティやチームなんかもあるみたいなのだが、そんなモノは稀で、むしろそんな事をしてしまえばたちまち上級者達が駆けつけ、縄張りを食い破られ、乗っ取られるのは目に見えている。
「よし、とりあえず今の環境がどんなものなのか、適当に探索してみますか!」
キャラクターの頭上に「びっきー」と、キャラクターネームが表示され、その横にLv99とカンストまで到達したドヤ顔数値が僕の目に飛び込んで来る。
「ひさしぶりだなぁ……っと、メッセージ? なんだろう…」
メニューに表示された「!」マークにカーソルを合わせ、本文を開いてみると…
「なになに? チーム解散のお知らせ……うわっ、マジか!?? フレ欄も真っ黒で、誰もINしてねーってか、みんな引退したのか!?」
……まさか、コレって僕が引退してINしなくなったからチームの運営ができなくなったとか、目標にしてた人間が辞めて芋づる式で辞めて、あとは自然消滅のパターンか!?
まぁ、無くなったモノはしょうがない。
今回は松谷さんとの邂逅までに、少しでもブランクを埋める事と、今の環境がどんなカンジになっているのか調べる事が目的なので、できるだけ攻略に力を注いでる力のあるプレイヤーに戦闘を挑みたいところだ。
「うーんっと、ランキング一位のチームのテリトリーは……おっ? 地下階層・最下層地点!? 一年前にはなかったエリアだなぁ……くぅーワクワクしてきた」
早速マップを開いて、登録されている地点で地下階層・最下層に一番近いエリアを選択して、テレポートでジャンプする。
どうやら何処かの建物の地下らしく、コンクリートで覆われた部屋に配管や配線がむき出しになっており、明かりの類が天井の照明のみで、ぱっぱと点滅しながら埃っぽい部屋が暗くなったり明るくなったりを交互に繰り返している。
ゴゴン、ゴン、ドンカンドンカンゴンゴンゴン…
微かな振動と共に確かに伝わって来る戦闘音。
どうやらかなり下の階層で激しい戦闘が行われているようで、部屋の天井からぱらぱらと振動で埃が落ちて来る。
ゴゴン……………ゴドッ…ドン…………ドン………ドンッ……ドン、ドンドンドンドンドンッバキバキドゴバキッ!!!
「戦闘音が……上がってくる!??」
咄嗟にレーダーに目を移すと、二つの熱源反応の高度がどんどんと上がっていき、まるで地の底から這い上がってくるような動き方をしている。
それは間違い無く、ギアを纏ったプレイヤーとゲノムの戦闘だった。
どうやっているのか、どちらが優勢なのかは知らないが、下の階層から床と天井を交互にブチ破りながら真っ直ぐにこちらに上がってきている。
ドガーンッ!!
埃と粉塵に塗れながらも、僕は確かにそいつらの姿を捉える事ができた。
ドス黒い緑色の全長三メートルはあろう巨大なミミズのような体躯のゲノムの首元を右手で鷲掴みにしながら、背面の追加ブースターから炎を吐き出しながら強引に上昇して、左腕に装備した巨大な鉄塊でできた棍棒でゲノムの頭部を殴り付けているプレイヤーの姿。
ゲノムの頭部は血まみれで、紫色の体液を撒き散らしながら、奇声を叫びながら暴れ狂ってはいるのだが、プレイヤーはそんなものはものともせずに執拗に鉄棍で頭部を殴り続けている。
返り血で漆黒色のギアが紫色に染まり上げるまで殴り続けても、ゲノムは倒れない。
「普通はアレだけ殴り続ければ、大体のゲノムは倒せるはずだ……頭が弱点…致命傷にならないってことは……」
ゴチャ、ドゴッ、ドコ、グチャッ、グチャッ!!
それでも攻撃は止まらない。まるで親を殺されたような鬼気迫る気迫でゲノムを殴打し続ける。
「おい、アンタ!! そのゲノムの弱点は頭じゃない、別の部位を狙わないと…」
エリアチャットを打ち、別の部位を狙うように言ったのだが、目の前の漆黒のギアを纏った人間は、簡潔に、一言で、チャットを打ち返してきた。
「知ってる」
思わず、は? っと、声が出てきてしまったがどうやら何か理由があるらしいし、戦闘中にあまりごちゃごちゃチャットを打って相手の集中力を欠くような真似はしたくなかった。
「こいつは」
どうやら戦闘中で指が忙しいようで、合間を縫って単語がポン…ポンっ! と、飛んで来てチャット欄に表示される。
別に戦闘が終わってからゆっくり打てばいいのに律儀だなぁ…なんて思い、これ以上の邪魔はしてはいけない。戦闘が終わるまで、今目の前で起きている事を目に焼き付けよう。
今の環境の戦闘スタイル、動き、ゲノムの種類や習性、攻撃パターンは一年以上前とは比べ物にならない程進化していた。
それに、あのギアは相当特殊なモノらしく、両腕が恐ろしく大きくて太い、丸太のような腕が地面スレスレまで伸びている。なにやら配線やケーブルが剥き出しになっているようだが、そういうデザインなのだろう。全体的に鋭利なモチーフのフレームのメカメカしいスーツに、人間がすっぽり納まるような外見だ……ぶっちゃけ超カッコイイッ!! 男子はみんなああいうロボっぽいモノが大好物なのだっ!! 特にあの流線型にデザインされて身体のラインが……あれ? 良く見りゃ女性キャラか。じゃあ、中身は男だな間違いない。ネトゲの常識だぜ? 女キャラの中身は九割男って決まってんだ。
「倒しても」
「三回まで」
「HPが全開して生き返る」
「ご丁寧にどうも」
気が付けば先ほどまで暴れ狂っていたゲノムは、頭部がローラーに掛けられたようにぺらっぺらに叩き潰されており、ピクリとも動かなくなっていた。薄暗い部屋の中はゲノムの体液で紫一色に染まっており、まるでペンキで部屋中を丁寧に塗りたくったような惨劇だ。ゲノムの頭上には「深き底のマルモディア」討伐完了の文字が表示されていた。
ほぉーん、そりゃあ面倒な相手だ。それじゃあアレか? 頭殴り付けて殺した瞬間生き返って、もう一度殺してを繰り返してたって事か……
「目的は? ゲノムの横取りかと思ったけど戦闘中横槍入れて来なかったね。ひょっとして経験値目的の寄生行為? そのカンストレベルで?」
「気分を害したなら謝ります。ごめんなさい…実は、約一年ぶりにこのゲームに復帰したんで、今の環境の戦闘とか、ゲノムの動きが気になって」
「あっそう…どうりで高レベルなのに知らない奴だと思った……なら、相当強いんでしょ?」
次の瞬間、目の前のキャラクターがいきなり右腕に装備していた巨大な鉄塊を振り回しながら、一気に間合いを詰めて来た。重量感溢れる装備からは考えられないようなスピードで襲い掛かってくる。
「なっ!?」
「飢えてるんだ…飢えてるんだ、私は強い奴と心行くまで頭空っぽにして戦いたいんだ。だから、よろしく頼むよ烏丸響くん」
なんだ? なんで僕の本名知ってんのコイツ……まさか!?
急いで松谷さんから渡されたメモ用紙と画面を交互に確認すると、巨大な鉄塊を振り回すキャラのプレイヤーIDと松谷さんのIDが一致していた。
あーハイハイハイハイ成る程なるぅほぉどぉ? どうやら松谷さんの目的は強いプレイヤーととにかく戦いたかった訳か。
「よろしくお願いします」
一気に身体中の血液と言う血液が煮えたぎるが、頭は冷静に研ぎ澄まされていく。
あぁ…イイ、いいね!! 帰ってきた。この世界に帰ってきた。この対人戦特有の緊張感が、堪らなく僕は好きなんだッ!!
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