電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

六話

公開日時: 2021年7月17日(土) 19:30
更新日時: 2021年8月1日(日) 20:49
文字数:3,880

 ぼくと松谷さんの根性比べ(タイマン)は、松谷さんの癖や動きを把握してきて、今度はぼくが相手の動きに対応して勝ち越す結果となった。松谷さんはやっと自分のレベルと吊り合う相手が出来て楽しいと言ってくれたし、それはぼくも同じ気持ちだった。

 今度は新しい動きや対策を練ってまた明日(今日)全力で倒しに来るんだろうなと予想しながら、ゲームからログアウトして通話を切ろうとした時に

「そういえば響くん、ちょっと聞いていいカナ?」

 と、松谷さんが切り出した。

「ん? いいけど…なに?」

「響くんは対人ゲームの事をどう思ってるの?」

 あー…そっちかぁ、私の事とかじゃなくて、ゲームの方ねぇハイハイ。

「うーん…簡単に言っちゃえば、コミュニケーションの一言に尽きるんだけど、なんて説明すればいいのかなぁ?」

 デスクトップの脇に置いておいたホットミルクを飲む為、右手を伸ばして一口飲み込む。

 マグカップに淹れておいたそれは、とても暖かく、じんわりと身体と喉が温まってホッと一息付き、ぼくは言葉を続けた。

「例えばさ、日常生活でお互い関わり合いの無い人間が出会ったとする。出会って直ぐになんて、お互いナニ考えてるのかわかんないし、どういう人間かなんてわかる訳も無い。けど、対人ゲームだとどうだい? 見ず知らずの人間とマッチングする。勝負が始まれば、数分もヤり合えば相手がどういう事をやろうとしてくるのか? どんな戦術で来るのか? どんな性格なのか? だいたいわかっちゃう」

 ホットミルクをもう一口飲み込んで、壁掛け時計に視線を移す。デスクトップにも時間は表示されるのだが、ついつい壁掛け時計の方を見てしまうのはぼくの癖だ。昔から好きなゲームのキャラクターがプリントされた限定時計だから、ゲームオタクのぼくはついそっちを見ては口元が緩んでしまうのだ。

「それが対人ゲームの凄いトコロであって、面白いトコロでもあるんだけどさ、それがある程度誰でも平等に体験できるっていうのが魅力的じゃない?」

「響くんなんか飲んでるでしょー? 私も飲もう、エナジードリンク。ちなみに翼を授けるヤツ」

「えっ……今から飲むの? もう夜中の2時回ってるよ? 今日も徹夜すんの??」

「もちっ! ゴリラは2~3日寝なくても平気な人間なのだ。時間が勿体無いよ…あっ、どうぞ続けて?」

 時間が勿体無い? なんだろ…なんか引っ掛かるけど、まぁいいや。

「それが国内国外問わず、世界中の言葉も通じないような人達と対戦しても、お互い何考えてるのかわかって、対策して…対応して…コミュニケーションが取れる。そしてそれが、大人でも子供でも、男女関係無く、体格や身体的障害関係無く、考える頭と指さえあれば同じ土俵で全力で勝負できる。これほどまでに平等な勝負の場所は、対戦ゲーム以外に存在しない。だから、ぼくは……対戦ゲームが大好きなんだっ!」

「本当に対戦ゲームが好きなんだね、響くんは」

「松谷さんは?」

「え?」

 素っ頓狂な声をだして、ちょっと困惑したような雰囲気をヘッドフォン越しに感じ取れたけど、ぼくだけ話して向こうは話さないのはちょっとズルいなって思ったから、つい突っ込んで聞いてしまった。

「松谷さんは、対人ゲームをどう捉えてるの?」

「多分、聞いたらドン引きすると思うんだけど…」

「別にいーよ、ダイジョブだいじょぶ」

 ふぅ、と一呼吸おいてから、松谷さんの独特な世界観と価値観が放出され、ぼくは松谷雪という人間の本質を垣間見た。

「やっぱりぃ~? 画面の向こうにいる人間をめちゃくちゃに叩き潰してやりたいってのが一番大きいカナ? うん」

「……叩き、潰す?」

「リアルでうるせぇのもバーチャルでやかましいのもどいつもこいつも平等に捻り潰して、黙らせるため」

「捻り潰して……黙らせる」

「行き着く所は響くんと一緒だよ? リアルで女が男と同じ土俵で戦っても、まず勝てないし、そこら辺のおっさんとかは女見下ろしてる感ハンパねぇ時あるんだよね……チッ、なんだよキミいくら? って、援助交際なんかしてねーっつの。髪と金毟り取られてーのか?? ってカンジ」

「パネェ」

「ナンパ野郎もエロオヤジもゲームとネットでイキって調子コイてる奴ら……気にいらねぇ連中は全員呼び出してボコボコにできるから対戦ゲームは好きだョ。煽りくれてやりゃあ画面の向こうで顔真っ赤チンパンジーの出来上がり!」

「す、すごい…」

 ぼくは心の底から感心した。

 その不遜な態度やプレイスタイルは、行き着く所は「自分に絶対的な強さが無いと出来ない」事だったからだ。

 どんな相手にも負ける気は無いであろう自信と強さが、彼女のプレイから感じ取れたがここまで明確に言葉にされると圧巻の一言に尽きる。

 その証拠にゲノムの現環境No.1は松谷さんだ。

「そもそもゲームと言えども対戦……戦ってるんだよ?? 強さと結果こそが全て! 卑怯だとか、つまんないとか言う輩は単純に頭を使って考えないだけ。思考を放棄してボタン連打して勝ちたきゃソシャゲに大金突っ込んでやってろばーーーかってのが、私の持論」

「言ってる事は間違ってないし、共感できるけど…その考えだと強ければ何ヤッてもいいって聞こえる」

「私だって最低限のマナーは守ってるよ? そこまで徹底的に叩き潰すのは自分の中で越えてきちゃイケないラインを越えてきた相手だけ……回線切断とか、捨てゲー、故意なFF(フレンドリーファイア・ワザと味方を攻撃して邪魔したり、倒す行為)、向こうから突っかかって来た無礼な奴に頭も使わず文句ばっか言って他人を傷つける奴は容赦しない」

 とっても共感できる部分もあるし、勝つ為に努力して努力して数万回負けて、今の強さがあるのだから、それを馬鹿にされたりしたらそりゃ怒るし面白く無いよな……だから、今日(昨日)省吾に喰いついたのか。目の前で、自分が許容出来無い行為が行われたから……真剣に怒ってくれたんだ。

 松谷さんは意外とリアルでもゲームでも同じようなノリなんだな……言い方は汚いけど、根は真っ直ぐでいい子じゃん。

「ねーねー、そういえば…響くんはどうしてゲノムに復帰したの?」

 いつかは聞かれるだろうな、とは思っていた。

 別に隠すような事ではないので、包み隠さずそのまま話す事にした。

「ただでさえ常時未開のマップが追加されて、とてつもない規模のアップデートが繰り返されてるのに、近い内に身体を仮想空間にダイブさせるフルダイブシステムを超えるナニかを実装するって聞いたから、ちょっと気になって…」

「ゲーマーのさがってヤツだね。今のゲノムは、その話題で持ちきりなんだよ? その時に備えて、みんな装備や資材を強化したり貯えたり、領地を拡大させる為にチームの強化を図ったりしてる。考える事はみんな同じだから、必然的にワールド全体が良い意味でも悪い意味でも活発化してる」

 いつの時代も情報を制する者が勝つってヤツだね。

 例えば、新種のゲノムがアップデートで追加されますと告知されるとする。

 新種のゲノムは草原地帯でしか出現しません! その情報を入手したプレイヤー達はどう動くと思う?

 答えは簡単。そのゲノムの形やPVを見て、弱点を割り出し有利な武器防具アイテムを揃え、草原地帯の奪い合いが始まるのさ。

 それと同じ事が今の環境で起きているのか……当然と言えば当然だけど、詳細情報はまだ出てない筈だから、とりあえず出来る事はしておこうって雰囲気かな。

「そこで、響くんにお願いがあるんだけど…」

 えっちなお願いならずぅえんずぇんだいじょうぶぅですぅ~……まぁ、そんなこたぁないんだろうけど……ビッキーの予想ではチームに入ってとかそんな感じのお願いだと思います!!

「現環境のチームと領地を根こそぎ潰して、私達がNo1って事をわからせてスッキリしてから、新環境を迎えましょう?」

「………は??」

「前シーズンと現シーズンの全一同士が組むんだから、イケるでしょ」

「イミガワカリマセン……そもそも松谷さんもうランキングでトップ取ってるしそれじゃ満足できないの?」

「そうじゃなくて……えーっと、なんて言うか…詳しくは言えないし言いたく無いんだけど、とにかく私がここで…この世界でこういう事をしたっていう証が欲しい…思い出が作りたいの」

「なにそれ? その言い方じゃ松谷さんも引退するみたいな言い方じゃん」

「引退はする気は無いんだけど……」

 言葉を詰まらせる松谷さん。なーんか、隠してるのは鈍感でオタクな僕でもわかる。

 まっ、本人が言いたく無いって言ってるんだし、理由はどうであれ実はちょっとだけワクワクしている自分がいるのも否定できない。

 自分が…いや、ぼくと松谷さんの二人でどこまでイケるのか? 限界への挑戦だ。

「……わかった。いいよ、やろう!」

「本当に!? やったあ、約束だからね」

 本当に嬉しそうなテンションで話す松谷さんに、僕も自然と笑みが零れた。だが、その限界への挑戦が実行される日は二度と来なかった。

 翌日、松谷さんは学校を欠席した。次の日も、その次の日もずーっと学校に来る事はなかった。ゲノムにINすらしない。電話もメールも返事が返ってこないので、心配になって家に様子を見に行ってから、松谷さんの両親から残酷な真実が告げられた。

「雪さんが…心臓の病気?」

 松谷さんの両親いわく、心臓の移植が出来なければ松谷さんは確実に死ぬとの事だった。ドナーの順番は1500日待ちを上回り、例え順番が回って来てもそのドナーの心臓と相性が悪ければまた次のドナーが現れるまで順番を待たなければいけないとのこと。

 もっと現実的に分かりやすく言ってしまえば、松谷さんはこのままじゃ死ぬ。

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