前話で勢い余って、奪うとかおれつえ~とか、俺様全一だから負けないもん!! と、調子に乗ってしまったが、裏世界に入る前にゲーム内での準備だけはしっかりしておこう。なにしろ、死んだらそこで人生終了とかクソふざけた死亡遊戯をやろうとしているのだから。例えば、サバゲーで遊ぼうとしたら弾を家に忘れて来ただとか、卓球やるのにラケット忘れた…など、そうなっては目も当てられない。これはそういう類の話であって、いつの時代も来るべき時に備えて準備するに越したことはないと言う事だ。
まず、僕は手始めに店売りしているアイテムを全種類手持ちの上限まで買い込んだ。これには二つ理由があって、一つ目は裏世界がどんな場所かわからない上に、アイテムショップの場所すらも僕はわからない。多少のマップなんかは有志を募ったサイトなんかで公開はされているが、マップをただ見るのと実際に操作して探索するのでは天と地の差がある。サイトではアイテムショップの場所は判明していないようだが、運良く見つかったとしても、その道中何が起きるかわからない。
二つ目は、裏世界では寿命が経験値と財産共有扱いになるという事。
つまり、レベルアップするのも買い物をするにも対価として自分の寿命を支払う事になるのだ。そこで、僕は一つの仮説を立てた。どういう原理かは分からないが、現実の肉体の寿命を参照してゲーム内に反映されるなら、当然寿命なので減り続けるのでは? と、疑問に思った。そうなれば、当然大きい買い物をして、所持寿命がほんの僅かになってしまい、それが原因で死亡という可能性もあり得る。つまり、レベルアップにも買い物にも、ある程度余裕を持って考えて寿命を残しておかないといけない。買い物で無駄使いも厳禁だ。だから、アイテムは今のうちに極限まで買いためて裏世界に持ち込もうという訳だ。
「あとは、武器にギアと…予備のゲノムも持ち込んで…っと」
アイテムと同様の理由で、装備品と予備のゲノムもありったけ所持して、これでゲーム内の準備はあらかた済ませたことになる。
「……最後になるかもしれない。挨拶だけしておこう」
翌日。
僕は松谷さんのお見舞いに病院に訪れた。松谷さんは現在運動は禁止され、病院のベットで治療を受けながらドナーが現れるまで待機となっている状態だ。
なんて声をかけていいのか考えながら病室へと足を運んだ。
ドナーはすぐに見つかる…か? いや、そんな軽々しく迂闊な事は言えない。大丈夫だから…とか? 何を根拠に言ってんだ間抜け! あぁ~くそ、こういう時はどうすれば…
そんな事を考えていたら、松谷さんの病室の前まで来てしまった。ドアに手を掛けるも、そこで僕の手は止まってしまう。なんて言っていいのか、わからないから。ここまで自分が根性無しだったんて、知りたくなかった。
「うっ……ひぐっ」
自然と涙が零れていた。好きな女の子がこんな状態なのに、声をかけてやることも、気の利いたセリフも浮かんでこない。元気付けてやることすらできない、情けない自分に対しての涙だった。
「この間はごめん、俺…ユキちゃんに酷い事言ったよな」
「!??」
どうやら先客のようだが、中から聞き覚えのある声が聞こえる。省吾だ。どうやら、考える事は同じだったらしい。
「私こそごめんなさい。つい、カッとなっちゃって……響くんは、一緒じゃないの?」
「うん…今回の事で、相当参ってるみたいで、学校にも来てないよ。見舞いには、一度も?」
「うん……」
なんとも寂しそうなトーンで受け答えをしている松谷さん。ここに居るさ! じゃーんって具合で中に飛び込める度胸があればいいんだけど、この雰囲気の中でそれをやったとして、後に続く言葉が思いつかない。
「そんな…まったく、アイツは何考えてるんだ? 薄情にも程がある」
「いいの。響くんには、何か考えがあっての事だろうから…」
「今世間を騒がせてる、ゲームの突然死ってやつ?」
「そう。本当は私も手伝ってあげたいけど、こんな状態だから」
しばらくの沈黙の後、再び松谷さんが口を開いた。
「あのね、あの時響くんと一夜を共に過ごした仲って冗談交じりに言ったんだけど、ある意味本当なのよ。セックスで身体を交えるより、もっと濃密なコミュニケーションを取った気がした。対戦ゲームっていうのは、突き詰めるとコミュニケーションなんだけど、あの時響くんから感じたのは、どんな逆境でも決して諦めない、最後まで勝ち筋を考えてそれを実行する強さ。あんな力強い意思を持ってぶつかって来る人は、他に居ないよ。だから、今回の事も私信じてる。響君なら、なんとかしてくれるはずだから、私も頑張ろうって!」
胸の底から熱いモノがこみ上げて来る。急いでその場から全力で走って離れ、ありったけの声で叫んだ。
「ああああああああああッ!!うああああああああああああああ」
やる。必ずやり遂げてみせる。寿命で松谷さんを延命させて、ゲノムで起きている問題も原因を必ず突き止める。
「やってやる! わああああああ」
「コラっ!! 病院内では静かにしなさい!! 何考えてるの」
青春してたら看護婦さんにしこたま怒られた。
…ごめんなさい。
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