「やっべぇ意識トぶ」
「毎朝毎朝同じ事呟きながら起きて来ないの! ホラ、シャキッとしなさい」
母さんが用意してくれた朝ごはんが食卓に並ぶも、あまりの眠さに意識が飛びかけ、身体が前後してしまう。それを見かねた母さんが頭をパンっと、新聞紙で叩き付けるも、効果はいまひとつのようだ……あれ? この光景、どこかで?
目の前のテーブルには狐色に焼けたトーストに、サウザンドアイランドドレッシングがたっぷりとかかったフレンチサラダ。そこに青少年の強い味方、エナジードリンクという魔剤をキメ込めばお目覚めスッキリってやつだ。
トーストとサラダをまとめて頬張り、仕上げにドリンクを投入すると熱いナニかが喉を伝って胸の辺りに到達する。
「行ってきます」
最近ふさぎ込んだりもしていたが、流石に家族会議で進路のお話が出たので、真面目に学校は卒業しようという結論に至った。愛車のスーパーカブに跨り、今日も元気に登校しましょうね。
はい到着。駐輪場にカブを停めて、校門の生活指導VS陽キャの仁義なき戦いをスルーして教室に向かう。
「おはよう」
教室の扉を開けて、とりあえず人間の常識というか、マナーなので挨拶だけは済ませて自分の席に向かうが、あぁ…烏丸来たんだ。くらいのノリで誰からも休んでいた理由や身体は大丈夫か? などの会話は一切ない。陰キャオタゲーマーのクラスでのカーストなんかこんなモンだろう。これが、松谷さんや省吾だったら話は違って来るのだが…
「おーっす、烏丸」
席に着くと、いつものように省吾が気さくに挨拶をしてくれる。なんだか、久しぶりに省吾と話した気がした。多分、あの時(四話の松谷ブチ切れうるせえイキり勘違い野郎事件)以来だ。
「おはよう省吾」
「なぁ、ちょっと話があるんだけどよ…放課後、付き合ってくれねーか?」
え…男からのちょっと付き合えは僕の人生経験上とても嫌な類の付き合えなんですけど。女の子からの付き合ってと男からの付き合っては同じ言葉でも意味がまるで違う。日本語難しいね。
当然、面と向かって嫌じゃ! なんて事は言えず「いいよ」と、簡潔に返事をした。
そしてハイ、ドン! 放課後です。
「お前よぉ、なんで呼び出されたかわかってんのか?」
省吾に屋上に呼び出されて、開口一番に上の台詞が飛んで来た。あぁ…やっぱりこうなるよね。けど、呼び出された理由は松谷さん関連で間違い無いだろう。
「松谷さんの事か?」
いきなり腰の入った右ストレートが顔面に向かって飛んで来た。頬に拳がめり込み、口内に鉄分テイストが広がって無様に吹っ飛んでしまう。
イテテ…なんだこの野郎~ッ! 青春ブチ切れ野郎も大概にしとけよぉ~?
「わかってんなら、なんでユキちゃんの所に顔出さないんだよッ!!」
「いってぇな何で殴ったの!? 殴る必要ある?? これだから陽キャのノリって僕嫌いッ!!」
「てめぇ~ッ!!」
つかつかと大股で倒れている僕に歩み寄り、胸ぐらを掴まれて無理矢理たたき起こされてガン付けられる。
「お前ユキちゃんの気持ちわかってんのかよ!」
わかってるさ…わかってるからこそ、顔を出せないんだ。お見舞いに行けば、必ずゲノムリンクの話になる。そして、恐らくバレる。奪命システムを利用して、彼女の延命を図っている事を。それを、松谷さんはヨシとしないだろう。他人の命の犠牲の上で成り立つ命など、ドナーだけで十分なはずだ。その事も含めてナーバスになっているだろうし、松谷さんは僕に必ず言う「そんな事は止めてくれ」と。
もう、今更止まれないのだ。既に他のプレイヤーを屠り、僅かだが寿命を着実に増やしている。ここまで来て、止められる訳がないんだ。
「省吾になにがわかんだよッ!! 人の気持ちも知らないで、正義感振りかざして正論っぽい事垂れ流されてもいい迷惑なんだよ」
「陰キャのキモオタ野郎よりはわかってるつもりだ! ユキちゃんはお前の事が好きなんだよ! 彼女があんな状態だからこそ、傍に居て支えてやれ」
「やっぱり何もわかっていない……省吾、お前が僕の代わりに松谷さんの傍に居てくれよ。省吾こそ、松谷さんが好きなんだろ? 僕には、今どうしてもやらなきゃいけない事があるんだ。二人なら、お似合いだよ…」
「それ、本気で言ってんのか?」
人の命を奪う。それは言うまでもなく、法的にも道徳的観点から見ても重罪に値する。そんな人間が、幸せになっていい訳が無い。僕は、彼女の幸せを願う。松谷さんが笑って生きてさえしてくれれば、それでいい。
もう一発顔面に向かって拳が飛んで来る。何回殴んのコイツ? いい加減腹立ってきた。
「最低だよ、お前は…」
そう言って、省吾は踵を返してその場から去ってしまった。
「これだから、リアルってめんどくさいし嫌いなんだよなぁ」
そして、僕は、泣いた。
気が済むまで泣いて、帰宅しようと廊下を歩いていると、目の前からこれぞギャル! って雰囲気の女の子が歩いてきた。ピチピチな褐色の肌に、金髪で美しく盛ったヘアースタイル。白と水色の縞々ルーズソックスに、ワザとらしく短く改造した制服のスカート。極めつけは、強調された胸元をあえてシャツのボタンを外して男の視線をそこに集約するギャルスタイルの可愛さは、100点満点中100点の可愛さである。そんな彼女は、確か、同じ学年の…勅使河原凛さん。
いつも毎朝生活指導とワーギャー激しい言い争いを繰り広げているし、変わった名前なうえに、見た目が見た目なのでとにかく目立つ。しかも、顔が整っているので、ナチュラルメイクでさらっと仕上げた化粧は男から見たら本当にかわいい。陽キャ筆頭候補だと個人的には思う人物だ。
「おいオタクー」
はぁあああ!? なになになに!? いきなり喋りかけられたんだけど?? 僕、松谷さん以外の女性に対する免疫ゼロだからめっちゃ恐い。なんでしょう? カツアゲかな? ジャンプしても小銭無いです。
「お前からなんか変なモン感じる…最近おかしな事なかったか? もし、なにかそういうので困ったらオカルト研究部にツラ出しな。相談に乗ってやんよ」
そう言って、勅使河原さんは颯爽とスマフォを弄りながら去って行った。
え…なんだったの今の? おかしな事…ねぇ。ってか、勅使河原さんオカルト研究部だったんだ。へぇー、意外だなぁ。
「…ん? 変なモン? おかしな事?? ……あっ、昨夜のアレ」
渡りに船とはこのことか。都合が良すぎる気もするが、後日…僕は勅使河原さんを頼ってオカルト研究部のドアを叩いた。
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