「あんなやり方があるものかッ!!」
「いや、それは通じないだろ。命の取り合いの最中にナニ甘えた事言っちゃってんの? そもそも、負けた後にそうやって嚙み付いて来るってのは、負け犬の遠吠えに等しいって、びっきー前に自分で言ってたじゃん? ブーメラン飛んでるよ? 大丈夫?? 話聞こうかぁ???」
それは紛れもないド正論。べろさんとのレスバトルは、瞬時に決着が付いた。
居ても立っても居られないとは、まさしくこう言う事を言うのであろう。ゲノムにはペナルティでログインできず、その間にも松谷さんの寿命は刻一刻と失われていく。
時間を有効的に使う方法を見いだせず、SNSと匿名掲示板を往復していたら流れでべろさんとレスバトルになってしまったのだが、対戦ゲームの敗者に人権は無い上にブーメランを投げてしまい、文字通りクソ雑魚ナメクジと化してしまった。
「はぁ…どうかしてる。普段なら負けた相手の垢に凸なんて絶対にしないのに……くそッ」
この溢れ出る悔しさと、やるせない気持ちをどこにぶつけていいのかわからない。だが、ここで周辺機器を殴り付けたり、癇癪を起して勢いで壁パンなんて事をすれば電脳怨霊が新たに生み出されてしまうので、推しの抱き枕をぎゅーっと抱きしめてなんとか負の感情を押し込める。傍から見ればこの上なく気持ち悪い絵面が繰り広げられているのだが、誰かに見られているわけではないので遠慮なく枕を抱きしめる。
ピロピロピロ。
スマートフォンから、メッセージが届いたことを知らされる。一つは、山谷さんから。もう一つは…
「省吾?」
どうして今更省吾から連絡が来るのか疑問に思い、首を傾げたが陽キャのノリと陰キャのノリは根本的に違う為、考えるだけ無駄。素直にメッセージ欄を開くと、そこには驚きの内容が記載されていた。
「そんな…松谷さんが病院から抜け出して行方不明!?」
省吾曰く、今日も今日とて面会に病院を訪れたら、既に松谷さんは行方をくらませた後だったらしい。こうしちゃ居られないと、外出の準備を始める為にハンガーラックに手を伸ばした時だった。そういえば、もう一件山谷さんからメッセージが届いていたなと、再びスマフォに目を通す。
「えぇ!? 勅使河原さんが退学処分に!? しかも、家出して行方不明!?」
非常に深刻な事態だ。これは、考え無しにノリと勢いでどうにかなる問題じゃない。素直に警察に任せた方がいいのでは? と、感じたがどうせ停学中なうえにゲノムにもインできないとなれば、この肉体を駆使して彼女たちの行きそうな場所を駆け巡る方が有意義な時間の使い方というものであろう。
まぁ、そんなモンは建前で、心配で居ても立っても居られないというのが本音なのだが…
「まずは…どっちも居そうな可能性のある場所から探すか」
真っ先に足を運んだ先は、松谷さんが入院している病院の近辺にあるゲームセンター。まず考えたのは、彼女は言わずもがな生粋のゲーマーだ。そんなゲーマーが、入院生活を余儀なくされ、大好きなゲームが出来なくなってしまうとどうなるか? 答えは簡単。禁断症状が出てゲームがやりたくなってたまらなくなってしまう。まさしく、ゲーム中毒脳なので、当然快楽を貪る為にゲームセンターに向かうだろう。もしくは、ネットカフェなどに入店してオンラインゲームをプレイしている可能性もある。
ネットカフェならば、家出した勅使河原さんも出入りしている可能性もあるので、まずはゲームセンターとネットカフェをしらみつぶしに当たって行く。
一件目のゲームセンターに入店して、キョロキョロと周囲を見回す。メダルコーナーやUFOキャッチャーのコーナーにはまず居ないだろう。奴はゲーマーでも、対戦ゲームをメインとして生きる修羅そのものだ。
「格ゲーかガ〇ダムか……ふむ」
僕もゲームセンターは久しぶりなので、松谷さんの捜索をついつい忘れて画面に見入ってしまいながら、店内をぐるりと歩き回る。
パン、パパン、パン、パパンタッタッタッ…パン、パパン、パン、パパン、パン、タッ、パン、パン、タッ…
筐体のボタンがリズミカルに叩かれて、ゲーム音と混ざり合い、独特の音楽を奏でているような錯覚に陥るが、この雰囲気や音こそがゲームセンターといった感じで僕は大好きだ。
ビシュイーン!(覚醒の音)
押せば試合が動く覚醒の音が聞こえる。それに連なるように再びビシュイーン! と、音が飛び込んで来る。
画面を見てみると、どうやら相手の覚醒に合わせてこちらも覚醒を吐いて相殺させる為の覚醒のようで、低コストが上手く立ち回っているのが感じ取れる。
世の中の人間には二種類の人間がいる。
画面が見れなくて相方に怒られる雑魚と、画面しか見れなくて嫁さんに怒られる雑魚の二種類だ。
「相方ァッ!! 取れる取れる着地取ってッ!!」
いた。筐体の前で必死の形相でボタンを叩きながら叫んでいる。紺のゆったりとしたパジャマのまま筐体に向かい合う姿は違和感を感じるが、その姿は紛れもなく松谷さんである。流石にプレイ中に声をかけるのは、余程の事が無い限りマナー違反に等しい行為なので、彼女が席を立つのを待つとしよう。待っている間に、自動販売機からエナジードリンクを二本購入する。
「あっ、またエナジードリンクを買ってしまった。こういう時は普通に水でいいって勅使河原さんが言ってたけど、松谷さんはゲーマーだしいいよね」
モンスターな奴を両手に抱えて戻ると、先客がいた。松谷さんがいかにもチャラいですって雰囲気の男三人組にぐるりと囲まれている。
これはマズい。ゲームのプレイ中に邪魔されてキレないゲーマーは存在する訳が無い。交尾の邪魔されて怒らない生物が何処にいるんだ理論と同じで、松谷さんの顔面は殺気を隠す事無く激おこプンプン丸だった。
「キミ、ガ〇ダム上手いねぇ。俺、リアルで相方居ないからおねーさんが相方になってくれると嬉しいんだ…」
ばあんっ!!
男の一人が喋っている最中に、あろうことか松谷さんはこの令和の時代にどこからともなく灰皿ソニックを男の顔面目掛けて投げ付けた。その場に居た全員が何処から灰皿を? と、疑問に思ったが松谷さんの尋常じゃない殺気に空気が凍り付き、それどころではなかった。
「ゲーセンに一人で来てる女の子は暇だから釣られやすいって雑誌やネットにでも書いてあった? 残念だけど、こっちは限られた残り少ない時間の中命賭けてゲームやってるんだわ。リアルでもゲームでも私の信条は変わらない。邪魔する奴は……気に喰わない奴らは全員潰すッ!!」
「ンだこの女ァッ!! こうなったら無理矢理…」
これはマズイ。松谷さんは心臓の病気なんだ。本来であれば、病院で大人しくしていなければいけない状態なのに、激しい運動や喧嘩なんてものは論外である。
「あのぉ~…すいません」
勇気を出して、松谷さんとチャラ男達の間に割って入る。ちょうど高コが低コを守るような、そんな位置取りだ。
「あぁ?」
「喰らえッ!! これがモンスターの力だぁあああ!! エナジィイイイイイイイイイ!!」
反応して振り向いた男の一人に、思いっきり振って口を開けた炭酸飲料は噴水の如く缶から飛び出して男の顔面に襲い掛かる。
「ぶわぁ!? なんじゃこりゃあああ」
男達が怯んだ隙に、松谷さんを素早く抱き上げてその場から逃走する。いわゆるお姫様抱っこであるが、キモオタゲーマーの腕力ですら軽々と持ち上がってしまう松谷さんの身体は、見るからにやせ細っていた。入院生活で筋肉が衰え、まさしくそれは病的と呼んでも差し支えない程度には酷い軽さだった。
「え、響くん…なんで、どうしてここに?」
「なんでもどうしても…病院抜け出したって連絡が来たから心配になって探しに来たらこれだよもぉおおおお!!」
後ろから怒声に悲鳴が聞こえてくるが、もうそんなもの知ったことではない。がむしゃらに…逃げるように…というか、本当に捕まらないように全力で逃走しながらゲームセンターを後にした。
「はぁーっ、ぜぇーっ、ひゅーっ」
死ぬ。陰キャオタゲーマーの体力の限界がリミットブレイクして心肺機能に深刻な影響を及ぼし、まともに呼吸できない。ボタボタと滝のように汗が噴き出しているがいるが、今は呼吸するだけで精一杯。
「えっと…もう大丈夫だから、降ろしていいよ? 店員さんもびっくりしてる」
気が付けば、見知らぬ喫茶店に逃げ込んでいた。いきなりパジャマ姿の女の子をお姫様抱っこしながら、汗だくで駆け込んで来たキモオタを見れば動揺するだろう。警察を呼ばれてもおかしくない状況だが、困惑する店員さんを尻目に松谷さんは「二名でお願いしまーす」と、言って店内の奥の席へと進んで行く。
「ぢょっ、ちょっ…と、松谷さん?」
「私は話したいこといっぱいあるよ? 久しぶりに会えたんだし。響くんだって、私に隠してる事あるでしょ?」
もしかしたら、連敗で弱り切ったメンタルを癒してくれるのかもしれないと、淡い期待を抱いたのだったが、そんなキモオタゲーマーの甘い幻想を粉砕するべく、待ち受けていたものは折れた心をロードローラーで粉々に粉砕して爆破するような、焼畑農業のようなメンタル修理を施されるのであった。
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