電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

五十話

公開日時: 2023年1月8日(日) 14:45
文字数:2,720

 尾を軽く動かしただけで、マップの表示が全て真っ平になる。

 遮蔽物とか、障害物や建物、オブジェクトの類は軒並み破壊され、それらと同時に数多のプレイヤーを一瞬にして葬り去る馬鹿げた体躯と威力である。

 他のプレイヤー達は雑魚の処理にリソースを割いて、ゲノムボードの対処まではできないのが現状だ。そもそも、ゲノムボードとはレベル差があり過ぎて、対処しようにも手が出せない。の方が正しいだろう。

 どのジャンルのゲームにおいても、どうにもならない場面は必ず存在する。

 そんな局面に相対した時、ゲーマーの反応は二種類に分かれる。

 こりゃあ無理だと嫌気が指し、コントローラーを投げ出し全てを放棄する者。(捨てゲーは協力プレイにおいて重大なマナー違反です)そして、限りなくゼロに近い確率の勝ち筋を必死で手繰り寄せ博打に出る者。この二種類だ。

「道が……」

 思わず呟いてしまった。

 普段はクソに塗れながら肥溜めの中でクソを投げ合うように競い、騙し、晒し、煽り、裏をかいて姑息に相手を出し抜こうとする勝利に貪欲なプレイヤー達。そんな奴らが、顔も名前も知らないゲーマー達が連携して協力し合い、雑魚を塞き止める防波堤を構築している。

 ゲノムボード相手に手が出せないのではない。協力して雑魚の処理に専念して、ゲノムボードまでの道を切り拓いてくれているのだ。どうして、なんの為にそんな事をするのか? 答えは、勝つ為だ。レベル差があろうと、絶望的な状況であろうと、諦めない強い心。自分達では太刀打ちできなくとも、コイツならば…元全一のビッキーならこの状況を打開できるだろうと信じて切り拓かれた信頼と期待のロード。

 いつだったか…対戦ゲームは濃密なコミュニケーションと例えた事があったが、この状況はまさしくその通りだ。言葉を交わさなくとも、お互いの考えが理解できる。

「ここまでしてもらって、これで勝てなきゃ嘘だ」

 皆が切り拓いてくれた道を最速で一直線に駆け抜ける。

「ウキャーーーーーーームキャーーーーーッ!! ッザッケンナチクショォオオオオオオオ!!!」

 癇癪に塗れた恒例の絶叫が全身を貫く。部屋中の物や道具が地震でも来たかのように揺れ動いたり、地面に落下する。今さらポルターガイスト現象なんかに怯む訳もなく、ゴリラカスタムで壁のような胴体をブン殴る。止まらない、止めない。僕はひたすらに攻撃の手を緩めず、キーボードを何層にも重ねたような壁を殴り続ける。

 ゲノムボードはたまらず巨大な尾を薙ぎ払うように動かし、敵味方関係無くすり潰し、叩きつけ、尾が通過した後にはマップの表示が全て消え失せる。

 この攻撃への対策はできているつもりだ。ゴリラカスタムの地形破壊を地面に適用。余裕を持って身体を隠せる穴を作って潜り込み、その頭上をゲノムボードの薙ぎ払いが通過していく。

 それをみてから間髪入れずにボタンを押し込み、スティックを倒し込む。冷静に攻撃パターンや行動を観察して、気付いた事がある。それは、このゲノムボードは火力は凄まじく目を見張るものがあるが、行動自体は滅茶苦茶に暴れているだけなのだ。

 例えるなら、単純に連敗して顔が真っ赤になる程に悔しがり、行動にソレが現れているような雑さと単調さ。そんなプレイヤーを数多と叩き潰して来た僕が断言する。コイツは、癇癪を起してキレて動きが雑になった奴らと同じように処理できる。

「薙ぎ払いの後は…どうする? そうだよな、その行動で相手を動かしてから本命で取りに行く。でも、それは破綻した。次はシンプルかつ直接的な感情に任せた行動に出るはずだ」

 予想は的中した。

「顔真っ赤だな単細胞めッ!!」

 シンプルな嚙み付き。その巨体から繰り出される嚙み付きは、地面を抉って大地を呑み込み、明確な殺してやるという意思が画面から伝わって来る。

「すごい!お口の中のディティールが凝ってる。細部まで作り込まれてるのに、脳みそだけは作りが単純!」

 などと煽りながら立ち回っていると、周囲のプレイヤーからは「お前も大概だけどな」とか「華麗なるブーメランが飛んでいる」というありがたいお言葉を頂いた。心外だ。こんなにマナーと実力を兼ね備えた真人間まにんげんなプレイヤーは全国どこ探しても僕だけだというのに…

 しかし、これだけの巨体から繰り出される攻撃は、体の大きさに比例してとてつもない範囲だ。捌けてはいるものの、見た目より余裕は無い。安全マージンをたっぷりと取った立ち回りだが、いわゆる待ちや受けの姿勢。これを続けて、攻撃の後隙にちょくちょく攻撃を刺しこんで地道な立ち回りをしているが、相手は物量でプレイヤーを押し潰そうとしているので、コイツの討伐が長引けば長引く程不利な状況になっていく。だから、煽りをかまして攻撃を誘い、少しでも攻撃をねじ込んでやってはいるのだが、このペースでは間違い無く雑魚を塞き止めているプレイヤー達がもたない。

「くそ、火力も人手も足りない」

 これは、心の底からの本心。勅使河原さんに協力を頼もうと後ろを振り返ると、ダンボールで応急処置した窓が吹っ飛んで、数多の電脳怨霊が我が家に押し寄せていた。その怨霊を勅使河原さんは何らかの方法で食い止めており、除霊バトルで協力どころではない。

「これは……良くない流れだ」

 対戦ゲームをプレイしていると、流れを感じる時がある。明らかに押している、有利な状況の時は良い流れを感じ取れるし、そのままの勢いで押し切って勝利。なんて事はザラにある。そんな時は、大体作戦や戦略の運びが順調だったり、チーム内のコミュニケーションが良く取れていたりする。反対に、劣勢時の良くない流れ。何をしても裏目に出たり、博打を打たなければいけない場面でひよってしまったり、そもそも最初に練っていた作戦や戦略が破綻していたりする時。そんな時は、抜け出せない泥沼や何かに憑りつかれたような、負の連鎖が始まる。そうなってくると、メンタルが弱ったり、チーム戦であればコミュニケーションを取るべきなのだが、不調を引きずり何をしても上手くいかず、自然と口数も少なくなってくる。負が負を呼び、さらに負け越す。これが、負のスパイラル現象。

 ゲーマーなら、それを感じ取れる嗅覚は誰にでも備わっている。僕が今一番危惧しているのは、悪い流れが確実に、じわじわとだがプレイヤー側に忍び寄っている事。

 減らない雑魚に心は疲弊し、キャラクターの耐久値が徐々にだが、全体的に減ってしまっているプレイヤー達。そして、いつまでも弱る気配の無いレイド級の電脳怨霊。

 間違いなく、劣勢側に追い詰められているのは、僕達だ。ここで流れを断ち切らないと、間違いなく終わる。

「博打を打つタイミングは、ここだよな」

 ここで、一つの賭けに出る!

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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