この四十五話のみ、一人称が主人公・烏丸響から勅使河原凛になっています。
オタクの家を後にして、向かった先は松谷さんとやらが入院している病院だ。
ウチの想いは、おそらく届かない。昨夜、肌を重ねている最中だって、考えていたのは松谷とやらの子の事だろう。重ねられて、代替えのように扱われた。本人は自覚が無いだろうが、瞳の奥に映っていたのは、紛れもない別の女。大抵の男は、ギラギラした獣のような目で隠す事の無い男の本能をウチにぶつけて来る。けど、オタクは違った。どこか一歩引いたような、行為の最中にふと見せた悲しげな表情。
あれは、私に対してへの罪悪感と未練を引きずっている己の情けなさからクるものだろう。
自分でも言ったが、オタクの心は遥か彼方へ飛んでる。それは、松谷さんの事を常に考えているから。
確証なんてものはない。女の勘。男はち〇こに脳みそが詰まっているが、女は頭に脳みそが詰まってんのよ。だから、それをはっきりさせる為にここへ来た。
受付の看護婦さんに部屋の番号を聞いて、面会時間が訪れると迷うことなく一直線に松谷さんとやらの病室へと向かう。
「あれ?」
「えーっ!? ショウぢゃね?? どしたんこんな場所でー?」
川原省吾。顔はイイけど性格悪いしセックスは乱暴で(友人談)どこか人を見下ろすような態度が嫌いだ。すぐムキになって感情的になるし、身体だけ大きくなった五歳児ってのがウチの面識。コイツ、ぜってぇ~DVとか振るうタイプの男だわ。
「りんちゃんこそどうしてこんな場所に?」
質問を質問で返すんじゃねーよめんどくせぇ男だなぁ…馴れ馴れしく人の事ちゃん付けで呼びやがって。ちゃん付けが距離感縮められる魔法の言葉か何かと勘違いしてるんじゃないかしら??
「松谷サンって子に用があって」
「雪ちゃんに? 意外だなぁ…二人って面識あったんだ」
チッと心の中で舌打ちする。お気に入りの女の子には誰でもちゃん付けか? チャラいダサいキモいのトリプル役満じゃん。頼むから…って、なんでウチが頼むん?? 頼まないで早く消えて。
「随分親しそうじゃん?」
「だって彼女だし、できるだけ顔見せておかないと」
あん? コイツ、今なんて言った?? 川原が松谷の男だって? じゃあ、オタクをフッて川原の女になったのね。見る目ねぇ~なぁ松谷。しかも、毎日会いたいとかじゃなくて、上から目線の顔見せておかないと?? 仕事か何かの義務感に駆られちゃってる?
「わりぃショウ、ちと外してくれね? ウチ松谷さんと二人で話したいんだわ」
「まぁ、いいけど…時間も限られてるから、早くしてくれよ」
うっわ、ヤなカンジ。
「サンキュー」
ひらひらと手首を振って、いよいよ松谷さんとご対面だ。お互い学校で何回か喋った事がある位の認識だから、突然来て驚くカナ?
「こんにっちわっ」
病室の扉を開けて飛び込んで来たのは、ベットに腰掛けながらたたずむ少女の姿。随分やつれて肌がカサカサだし、顔色が悪いというよりも外にあまり出歩かない為極端に肌が白い。それなのに、凛とした目つきに整った顔立ちのおかげで病的と表現するより雪女のような美しい白さが際立つ。
「ちょい邪魔するよっと!」
ガガガガ。
部屋の隅に置いてあった見舞客用? のパイプ椅子を引きずりながら彼女のベットの横に設置して、ペタリと腰を下ろす。
松谷さんは、唖然としながら見つめるだけで困惑しているように見える。コレ、埒が明かないヤツだと思って、口を開いた。
「久しぶり~…ウチの事覚えてる? ホラ、勅使河原凛って言うんだけど」
「あっ、凛ちゃん!? すっごい久しぶりだね! あんまり喋った事無いけど、覚えてるよ。確か、緑化委員の仕事を一緒にやるはずだったけど、すっぽかされて私一人でやった覚えあるもん」
「アハハ! ワリィ~…生活指導の先コーから逃げ回ってた記憶あるわ。根に持ってたら許してくれ~!!」
お互いケタケタと笑い合い、それから一通り世間話や退学エピソードを披露した。松谷さんは殆ど病院から出歩けないから、一方的にネタを提供するのはウチ。けれど、久しぶりに女の子が見舞いに来てくれて楽しいとも言ってたし、来るのは川原や親くらいのモンだと言っていた。
彼女の発する言葉に、一切オタクの話題も単語も出て来ない。そろそろお互いネタ切れが見えて来た頃合いなので、単刀直入に切り込んでみることにした。
「で、アンタは響の事をどう思ってんの?」
ピクリッと反応したのを見逃さない。
「フッたらしいじゃん? あれだけ松谷さーん! 好きだーッ!! オーラ出してメッチャ想ってくれてるのに、突き放して川原とくっ付いたみたいね。ワリィけど、見る目ねーから、アンタ」
「何? 貴女に何がわかるの? そもそも、関係無くない?」
殺気。
おっわ! すげぇメンチ切るじゃんコイツ。か弱い病気な少女のイメージは完全に吹っ飛んだわ。表情が人殺しのソレ。
「アイツがどんな思いで裏世界で戦ってるか分かるか? 全部…いや、全部じゃねーな。八割はアンタの為に命賭けて戦ってンだわ。それを…アイツの想いを踏みにじってまで他の男と生きたいのかよ」
「裏世界? 貴女もゲノムのプレイヤー…」
「アンタ、聞いた話によるとゲノムで一番強い人らしいじゃん? それなのに、響に寿命を貢がせて、自分は戦いもせずに悲劇のヒロイン気取りかよ」
「……ッ! 貴女にッ、貴女に何がわかるのよッ!!」
今にも喰って来そうな恐ろしい表情に迫力。だけど、こんなもんで怯んでたらギャル失格だから。
「なーんもわかんないね。アンタの辛さはアンタにしかわかんないし、理解しようとも共感するつもりも無い。ただ、いつまでもそうやって引きこもって、悲劇のヒロイン気取るなら、ウチが響の事貰うけど、いいんだな? 響が自分の事を諦めて、他の女のモノになっても、いいんだなッ!!」
それを聞いた松谷は、物凄い力でシーツを握り締めてる。血の涙でも流すんじゃねーのかってレベルで、身体がぶるぶる震えてる。
「その様子だと、未練タラタラみてぇだな……おい、アンタが今できる事は、何だ? 少なくとも、このまま余生を川原の自己満足の為に過ごす為じゃねーだろ? 響が言ってたぜ。ゲーマーなら、画面の中でわからせる。画面の中で語るってな……まっ、今日はそれを告げに来ただけ。このまま何もしないなら、響はウチが頂く。じゃあな」
そう言い残し、病室を後にする。
「なんだよ…両想いじゃん。ばっかみたい…これじゃウチは道化だよ……」
メイクが崩れちゃうから、涙出るのはカンベンしてほしーかな。
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