ゲーム内で負け、リアルでも負け、これぞまさしく負け犬と呼ぶにふさわしい。
泣きながら近くの公園のベンチに腰掛け、そのまましばらくぼーっと座っていた。正直、なにもする気が起きない。そのまま夕日が沈み、帰宅する人々がなんだアイツ? と、視線を投げかけてくるが、ぶっちゃけどうでもいい。このまま消えてなくなりたい。
「お~!? おーい、こっちこっち!! 昼間のニィちゃんよーやく見つけたぜぇ」
昼間のモンスターをぶっかけたチャラ男達が倍の数になって僕の元へ仕返しにやって来た。
逃げられないようにご丁寧に周囲を取り囲み、ボコボコににする気が満々だ。
「おい、とりあえず財布とスマフォ出せ。それと前歯五本だけで勘弁してやる」
髪の毛を鷲掴みされて、無理矢理引っ張り上げるように無気力な僕を立ち上がらせ、みぞおちにチャラ男の拳がめり込み、オボェっと情けない声と胃液を口から吐き出す。
「オイオイ、ゲロ出せは言ってねぇんだけど? おい、ペンチ寄越せ」
複数人で押さえつけられて抵抗できない。そんな僕を前に、どこからか取り出したペンチを僕の上前歯にセットする。それは、プラモデルのパーツを取り外すかのように、簡単に僕の口から離れて行った。
ベキッ。
「おごぁあああああああああああ」
口の中がしょっぱい。痛い。この野郎、やりやがったな絶対に許さねぇ。
歯並びの中で唯一穴が空いてしまった事により、スースーと空気が流れ込み、嫌でもそこが染みて痛みで涙が出て来る。
「ちょっとぉ!? アンタ達ナニしてるん?? 大丈夫ぅかぁオタクぅ~?」
「ンだぁ凛じゃねーの…このニィちゃん、お前の知り合いか?」
押さえつけられてまともに状況が把握できないが、この声は勅使河原さん?
「止めてやってよぉ~…コイツ、ウチのツレなんだから乱暴は止めて」
「止めろも何も、コイツから喧嘩売って来たんだよ。凛のツレならしょーがないから、三万で勘弁してやる。財布だせやホラ」
ようやく解放されて、フラフラと勅使河原さんに肩を貸してもらい、もたれかかりながら立ち上がる。男達はニヤニヤと薄ら笑いを浮かべながら、早く金を寄越せと催促してくる。その姿が、どうしようもなく腹が立った。
「出さない」
「なっ!?」
動揺する勅使河原さんを尻目に、僕は言葉を続ける。
「ゲームで負けて、リアルでフラれ、前歯を折られて心が折れても、信念だけは…折れちゃいけねぇ…気に喰わない奴は全員潰すッ!! わからせる!! それすらも曲げちまったら、松谷さんと二度と向き合えない気がする。そんなの、死んでるのと同じだッ!!」
「じゃ、死ねや」
めじゅ。
顔面に拳がめり込み、倒れた拍子に頭を打って、そのまま意識は何処か遠くへ旅立った。
「おっ? うーっす、気付いた? 具合どうよ?」
気が付いたら、公園のベンチに横になっていた。どうやら横でずっと勅使河原さんが付いて手当と介抱をしてくれていたらしい。身体中ズキズキと痛み、顔面も腫れあがって前歯も無いが、よく見れば勅使河原さんが膝枕をしてくれているようで気分だけは良い。そっと額に触れたその手が、ひんやりとした感触で妙に心地良かった。
「ごめん…このまま……もう少しだけ、このままがいい」
ふと、頬に涙が流れて勅使河原さんの膝に吸い込まれていく。
「なんかあったん? そもそも、オタクが喧嘩って珍しいよなぁ…意外とワイルドな所もあるんだね。ヘコヘコしながら言われた通りに金出すような男だと思ってたけど」
フラれて喧嘩に負けて惨めに涙を流す姿なんか女の子に見せたくないが、そんな醜態を晒してしまって取り消せる訳でも事実がひっくり返る訳でもないので、今さら格好付けたり強がっても意味が無い。
「僕だって、ムシャクシャして暴れて滅茶苦茶になりたい時だってある」
「何があったか知らないけどさぁー、オタクが傷付く事で悲しむ奴だっているんだから、そういう自暴自棄な態度はあんまりよろしくないよ。見てて単純に痛いヤツに見える」
「そうだなぁー…まぁ、実際痛いよ。心とか色々…失恋って、こんなにもメンタル抉るモンだと思わなかったから」
「泣いていいよ」
勅使河原さんの両の手が、僕の顔を優しく包み込むように添えられて、お互いのおでことおでこがコツンっと、くっつきあうくらいには皮膚が触れ合う。
「ウチも経験あるけど、大好きな人に拒絶されるのって、辛いよね。悲しくて、苦しくて、でもすぐには心の傷を癒す事なんてできないから、人は涙を流すんだよ。涙を流した分だけ、その辛さが分かるし、その分強くなれる。だから、思う存分泣いていいよ。痛みも知らず、涙を流さず育った男なんて、ロクな人間にならないからね」
「うぐぐ…ひぃん」
もぞもぞと瀕死の芋虫のように身体をねじり、勅使河原さんの膝の上で嗚咽を漏らす。僕が泣いている間、彼女は何も言わずひたすらに顔を撫でてくれていた。その優しさが、どうしようもなく身に染みて、暖かく、また泣いてしまうのであった。
気のすむまで泣き続け、ありがとうと一言添えて立ち上がろうとすると、それを勅使河原さんは制止する。
「いっぱい泣いて喉乾いただろ? 飲み物奢ってやるから待ってなよ」
と、言って自販機の方へ駆け出していった。しばらくすると、その手にはエナジードリンクが握りしめられていて、ホラっとぶっきらぼうに渡してくれた。
「ありがとう、いただきます」
ごくごく…
「ゲェーーーップ!! こういう時は、水かお茶にしろって言ったの誰だっけ?」
「ぎゃははははは! この間のお返しだーい」
口元に手を当てて、ケタケタと笑うその顔はなんだか妙に可愛らしくみえる。
「いててっ……すっかり日が沈んだね。僕は、帰るよ…いでっ」
「あっ! おい、無理すんなって。オタクん家まで送ってやるから、肩貸せよホラ」
この立場は普通逆じゃないのか? と、思ったが今は勅使河原さんの優しさが心に染みるので、お言葉に甘えることにした。それに、一人で帰路についても悲しくてまた泣いてしまいそうなので、誰かが横に居るだけでも悲しさが紛れて楽になる。
「ありがとう」
勅使河原さんに肩を貸してもらい、なんとか歩いている状態だが、女の子とこんなに身体を密着させたのは初めてなので、童貞には刺激が強すぎて鼻血が垂れてきた挙句に下半身のパイルバンカーが唸りを上げて「獲物はどこですか旦那ッ!!」と、反応した。
勅使河原さんの温もりを感じる。喋る度に呼吸や吐息を感じられ、視線を横に移すとくっきりとした長いまつ毛に綺麗に染め上げられた金髪、すらりとした鼻筋にぷるぷるした唇。同じ人間の顔の作りとは思えない美形な顔立ちに、心臓がときめく。ちょろいオタクにとって、惚れるには充分過ぎる理由と破壊力だ。
「けど参ったなぁ…両親になんて説明しよう…」
これは、心の底から出た本音だ。ボッコボコの流血騒ぎに女の子に肩を貸してもらいながら帰宅する我が子を見れば、大抵の親は何があったか聞いてくるだろう。
「面倒なら、ウチが絡まれてる所を助けたって設定でいいじゃん? そうすれば、手っ取り早いだろ」
確かに、病院から脱走した松谷さんを探しに行ってフラれた挙句にチャラ男にボコられました。と、説明するよりかはマシだ。
「いいの? なら、そう説明するけど…」
これで、余計な心配事は無くなった…が、それとは別の心配と疑問が浮かび上がってくる。それは、勅使河原さんって、退学処分になって家出したって山谷さんから聞いていたが、僕を送り届けた後に行く場所はあるのだろうか?
まぁ、流石に友達や山谷さんの所にでも行くかもしれないし、世の中にはネットカフェやカプセルホテルという便利な施設があるので、一日や二日くらいはなんとかなるかもしれないが…金銭的な問題もあるので、そこが不安だ。かと言って、事情が事情なのですぐに帰った方がいいとは言えないので、なんだかモヤモヤしながら歩いていたら、あっという間に我が家の前まで来てしまった。
呼び鈴を勅使河原さんが押すと、こんな時間に誰だ? と、怪訝そうな顔つきの母さんが出て来た。
「あのぉ…」
「はっ? え? ひーちゃん…どうしたのその怪我と…確か、お隣の子は前に…」
とても動揺してるのがわかる。そりゃあそうだろう…いきなり血まみれの息子が見知らぬ女の子を連れて深夜に帰宅したのだ。
「あっ、夜分遅くにごめんなさい。私、響さんのお友達の勅使河原と言う者なんですけど…私がナンパに絡まれてる所を偶然響さんに助けて頂いて…」
「あら、あらあら! そうなのぉ?? けど、ひーちゃんにそんな度胸があったなんてちょっと意外かも…とにかく、上がりなさい。二人共、訳アリって顔してるわよ?」
伊達に僕の親を十七年やっているだけの事はある。僕の表情から、何かを感じ取ったのだろう。これは、血が繋がっているからこそできる仕業だ。
「じゃあ…お邪魔します」
遠慮気味に僕の家に上がり込む勅使河原さん。やっぱり、行くところがないのだろうか?
「ひーくんは手当と、勅使河原ちゃんはお夕ご飯食べたの?」
ふるふると首を横に振る勅使河原さん。それを聞いた母さんは、リビングに勅使河原さんを案内して、ご飯を用意してから僕の元へ包帯や傷薬を持って来た。
「あの子、家出かなにかでしょ? 母さんも、若い頃しょっちゅう飛び出してたから雰囲気でわかっちゃった。あの子の親御さんには、まだ連絡しないでおくわ。もう、こんな時間だし事情を聞いてからでも遅くはないでしょ。それにしても…」
ぎろりと我が子を叱る目つきに変化した。こうなると、僕は何も言えなくなってしまう。
「遅くなるなら、連絡くらいは入れなさい。母さん、心配したんだからね! あと、アンタこの間松谷さんがどーのこーの言ってたけど、もしかしてあの子にちょっかいかけてフラフラしてるようなら母さん許さないよ」
「僕がそんな器用じゃないのなんて、母さんが一番知ってるでしょ!?」
「しっかし、急に色気ついてきたというか…誰に似たのかしら?」
あっ、駄目だ。聞いてねぇな…仕方ないので、自分の部屋に戻り、ベットに横になる。今日一日は本当に色んな事があり過ぎて、本当に疲れた。24時間でロボットを駆りながら様々なミッションを遂行するラストなナンバリングの気分を味わったようだ。
どれくらい時間が経っただろうか?
意識がうとうとしている所に、コンコンとドアをノックする音で目が覚めた。
「ちょっと、ウチだけど。話したい事があるんだ…今、いいかな?」
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