電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

四十一話

公開日時: 2022年1月1日(土) 13:11
文字数:2,897

「私クリームソーダ」

「ぼくは…烏龍茶下さい」

 木目調で暖かさを感じる店内の内装は、どこか落ち着けるような空間だ。照明もオレンジ色のほのかな光が照らしていて、壁際には観葉植物がプランターに入れられた状態で規則正しく壁に立てかけられている。遠い外国の田園風景を連想させる店内に思わず息を呑む。

 店員さんにオーダーを済ませて、松谷さんの方に視線を向ける。

 痩せたと言うよりかは、やつれたが正しいが、それでも彼女の美しさと可愛さは損なわれる事は無い。そんな彼女の口から、唐突に言葉が投げられた。

「何あれ?」

「何って……えっ?」

 正直、心当たりが多過ぎてどの「あれ」を松谷さんが指しているのか分からない。

「少し私がゲノムから離れてた間に、いつからあんな「ひよる」ような立ち回りに戦い方をするようになったの?」

 いきなり上から目線でこんな問われ方をすれば、カチンとくるのがゲーマーな訳だが、こんな所で水掛け論をしても意味がない。わからせるなら、ゲーム内でわからせなければ意味が無い事など、松谷さんは承知の上で口を開いている。

「今の環境や状況はSNSや配信で把握したつもりだし、先日の大規模攻略配信も見た。その上で、私は言ってる。あれは、何?」

「僕の不甲斐ない戦い方に、松谷さんは腹を立ててるの?」

 はぁーっ、と盛大なクソデカため息をついて、言葉を続ける。

「なんで響くんが勝てないのか? どうして負けたのか自分で考えた? 考えたのなら、その結論を今この場で私に教えてくれる?」

 久しぶりの出番なのに、随分と喰ってかかるなぁ…可愛い顔が台無しじゃん…とは、口が裂けても言えない。

「読み合いと言うか、相手の動きに対応出来ずにそのままズルズルとってカンジだった。けど、その相手に対応する為にキャラの構成も変えたし、パッドからhitboxに乗り換えて…」

「もう、いい。黙れ雑魚。今の響くんになら、例え一億回連戦しても一回も負ける気はしないわ」

 松谷さんの放つ空気は、チクチク言葉とか、嫌味とかそういう類のレベルではなく、確実に心臓を刃物で突き刺して息の根を止めるという殺気を隠す事無く発している。何がここまで彼女を変えてしまったのか疑問に感じる。まるで、以前の松谷さんとは別人のようだ。

 店員さんも修羅場の空気を察してか、そそくさと飲み物を席に置いて足早に去って行った。

「構成? hitbox? それが負けた理由なら、あの勝負は必然的に負けたのよ」

 運ばれて来たクリームソーダを勢いよく飲み干し「美味しい! 病院食じゃこういうの出ないから幸せぇ」と、上機嫌にメニュー表に手を伸ばしてめくり始める。

「じゃあ逆に、響くんの強い所や他のプレイヤーより勝っている所は、自分で理解してる?」

「そりゃあ、高機動戦からの近距離兵装の押し付け…」

 自分で言ってて、気付いてしまった。直近の試合は全て、それをしていない。

「それが響くんの強味だよね? 相手に考える時間を与えず、開幕のノリと勢いで相手の思考と正常な判断を破壊して立ち回りそのものを壊す。それに特化してたはずだけど?」

 松谷さんは言葉を続ける。

「それ、あの配信や直近の戦闘でしてた? 今のキャラの構成のコンセプトはどんな状況にもそれなりに対応できるように組んだのだろうけど、言い換えれば、響くんのプレイスタイルに噛み合わず、全てが中途半端。さらに、hitboxだかなんだか知らないけど、慣れ親しんだパッド操作からぎこちない操作方法に変えれば、そりゃあ負けるよね。しかも、相手がクレイジーマンべろさんなら、練度に差があり過ぎる。響くんの最大の敗因は、今ある自分の手札の中でカードを切らず勝負をした事。ストレートフラッシュが出せるのにわざわざブタやワンペアで勝負しちゃったのと同じね」

「け、けど…それをやってもあの倉沼ソラオに勝てなかったから…僕だって色々試したんだッ!!」

「そうやって、叫んで癇癪起こして強くなれるなら誰でも台パンするし、喜んで猿になるわよ。誰にでも負け込む時はあるわ…ゲームと言えど、勝負だもの。仕方ない時もある。対戦中考えるのは、どうやって相手を殺してやろう? 破滅させよう? 引退させてやろう? こういった汚い感情をより多くぶち撒いて戦場をクソ塗れにした方が勝つのよ? 勝負の最中、何を考えてた? 相手の事を考えなかったでしょ? だから、あんな中途半端な立ち回りになるし、勝てる試合も勝てない」

 心臓を鷲掴みにされたような錯覚に陥った。確かに、勝負の最中考えていた事は目の前に居る「松谷さん」の事だった。

「すいませーん、ふんわりオムレツのセットくださーい」

 店員に注文を済ませ、再び僕と向かい合う松谷さん。

 無理だ。僕の戦い続ける理由は、今目の前にいる彼女の延命の為だけに裏世界で戦っているのだ。その存在を忘れて、目の前の相手に集中しろと言っている。それはつまり…

「余計な事を考えるな…相手を殺すことに集中しろって?」

 恐らく、松谷さんは気付いている。僕の戦う理由について。

「そういう事。勝負の世界に、そんな余計な感情は要らない。確かに、人読みとか、そのプレイヤー限定的な読みや冴えはあるけど、これはそういう事を言ってるんじゃないの」

「できる訳ないだろ…君を見捨てるなんて事は絶対にできない」

 会話に間があく。深い沈黙が両者間を漂い、オムレツがテーブルに運ばれてもなお、二人とも口を開かない。

 どれくらい時間が経ったのだろうか? その均衡は、彼女の方から破られた。

「……烏丸君は、キモオタ陰キャゲーマーだから、こういう会話はストレートに言った方がいいか。私ね、省吾くんと付き合ってるの。だから、もう構わなくてもいいって言ってるの」

「………そっか」

 雄として負けた。その絶望と敗北感だけが、胸中にぐるぐると渦巻き、どうしていいのかわからない。こう言う時、どんな顔をすればいいのかわからない。

 そりゃあそうか。僕がゲノムで戦っている間、省吾は毎日毎日可能な限りマメにお見舞いに行っていたようだし、一度も顔を出さない僕とは大違いだ。

 そもそも、僕が二人はお似合いだと言って一度は諦めたじゃないか。(十二話参照)けど、寿命を送り、延命し続ければいつかは振り向いてもらえるかもしれないという淡い期待を捨てきれなかったのも事実だ。だから、こうして彼女の口からはっきりとした言葉を告げられてショックを受けるということは、つまり、そういうことなのだ。

「良かった…省吾なら、安心して松谷さんを任せられる。おめでとう」

 震える声で、泣きそうになるのを精一杯堪えながら、グチャグチャな心境と作り笑顔でこの場をやり過ごすのが精一杯だった。

 テーブルに五千円札を置いて、僕は泣きながら店を飛び出した。



「……これで、いいのよ。だって、本当に好きな男の子が、病気のせいで私が足を引っ張って重荷になるなんて、耐えられないから。うぅ…ぐすっ、大好きだよ響くん。うわぁあぁ…死にたくない……響くんと一緒にゲームして生きていたかった……強く…そして、頂点を目指して、全てのプレイヤーをわからせて。私の最期の、アドバイス……君なら、活かして…強くなれるよ。必ずッ!」

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