電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

十八話

公開日時: 2021年8月6日(金) 20:05
文字数:4,238

「まず、試合が始まって開幕相手に突っ込んでいったのはどうして? 明確な有利や相性が良いとか、理由があれば早めに仕掛けるに越したことはないんだけど、まだ相手がどういう装備とか有利地形を取ってから攻めようって考えはなかったの?」

「え? えーっと…鋼鉄大剣とかナパームキャノンを当てる事しか考えてなかった」

 どちらも足を止めて攻撃する武器の為、汎用的な性能の勅使河原さんのキャラでそれをやる必要性が皆無な上に、せっかくの機動力を殺してしまっているのだ。

「うん。ここの……1分40秒の辺りで一回画面止めて。じゃあ、なんでその装備が駄目なのか今から説明するよ。ここで、相手を視認してナパームキャノンを撃つんだけど、当然相手も撃ち返して来てるよね? ナパームが必中するならいいけど、そんなポンポン当たる武器でもないし、そもそも相手に回避された時点で膨大なリスクを背負うんだ。相手は動いて反撃してくるけど、こっちは反動で一切動けない。ここで近づかれて動けない所をめくられる。やっと動き始めて応戦したと思ったら、また足が止まる大剣を振り回す。これじゃあ案山子となんら変わらない。耐久全振りしてる耐久型とかなら分かるけど、このキャラはそういう立ち回りをするキャラじゃないんだ。結果として、ダメージレースに確実に負けてしまう」

 画面から受け取れる情報を的確に勅使河原さんに伝えているつもりだった。だが、当の本人は頭にクエスチョンマークを浮かべているようで、歯切れの悪い返事しか返って来ない。

「つまり、こういう立ち回りをしたいなら、キャラを変えて根本的なモノから治していくのか、キャラに愛着が湧いて変えたくないって言うのなら、それに適した装備に変えるしかないかなぁ。勅使河原さんはどっちがいい?」

「うーん…大事なことだから、ちょっと時間が欲しいよ。今日はもう遅いし、明日でもいいカナ?」

 そう言われて、既に時計は深夜の1時を指していた。確かにもう遅いし、明日またプレイした時でもいいや。

「じゃあ、また明日にしようか。二人共お休みなさい」

「おっつー!」

 通話一覧の中から、勅使河原さんのアイコンが消えて、僕と山谷さんの二人だけになってしまった。僕もそのまま通話を切ろうかと切断のボタンにカーソルを合わせた時だった。

「烏丸くん、ちょっといい?」

 山谷さんから声がかけられ、切断ボタンからカーソルを離して「なに?」と簡単な返事を返した。

「りんちゃん、既にめんどくさくなってるよ」

「え!? いやいや、プレイはあんなだけど、やる気はあったじゃん?」

「あれくらいのアドバイスなら、私も過去何回か言ってみたんだけど、大体途中で投げ出しちゃうんだよ、あの子」

 マジか…やる気が無いのなら、いくら教えてもはっきり言って時間の無駄なのだが、事情が事情なだけにそういう訳にもいかない。電脳幽霊どうすんねん。

「りんちゃんは、単純に自分がイイと思ったものを広大なマップで散策とか、自由に動かせれば楽しくてそれでいいってプレイスタイルなのかなぁ…所謂エンジョイ勢ってヤツ」



 エンジョイ勢とガチ勢。その対立の歴史は、きのこたけのこ戦争やマリアナ海溝より深い。この問題は、対人ゲームだけではとどまらず、他のジャンルのゲームでも必ず起きる問題でもある。いや、ゲームだけでなく、現実世界でも起きてしまう悲しい運命。

 時間を持て余した老人達の娯楽「ゲートボール」ですら、それは起きる。公園で球を転がし、近況報告で和気あいあいと健康のために戯れるお年寄り。だが、その和気あいあいと健康の為に身体を動かすグループの中に、やはり相手のチームに勝ちたいと血気盛んなご老人が一人混じる。そうなれば、水と油の化学反応が巻き起こり、戦争は勃発する。

「お前さんがあそこで外したから負けたんだ!」

「やかましい、わしぁ健康の為にやっとるんじゃ!」

 この二人の主張はどちらも正しい。ゲートボールをプレイする際、勝ちを目指してやりましょう。とも、健康の為にみんなで勝ち負け関係なく楽しくやりましょう。なんて事は言われていない。あくまでも、ゲートボールをやろう! と、ご近所関係の親しい人間を集めただけの闇鍋募集をかければ、目的意識の違った人間が集まるのはむしろ必然である。

 対戦ゲームもこれと同じである。

 1VS1ならば、勝つも負けるも煽るも晒すも全て自分の責任。やりたいようにやり、相手を潰す。だが、これが2on2や複数人絡んでくるチーム戦となると話は別だ。

 フレンドと連携を取ったり、共通の目的意識を持ったプレイヤー同士が集まれば、多少の意見の食い違いはあるかもしれないが、最終目標や共通認識がある程度定まっているので、そこまで大きな争いやトラブルは起きにくい。まぁ、起きにくいだけで、起きる時は起きてしまうのだが…

 問題は、その目的や意識の差がかなりズレている者同士が味方としてマッチングしてしまった時だ。

 マジで相手を滅茶苦茶にして勝ちたい上級者Sさん。

 やっと操作を覚えてセオリーはよくわかんないけど、このゲーム楽しいと感じている中級者Gさん。

 闇鍋マッチングにより、偶然二人が出会ったとしよう。Sさんは開幕セオリー通りに動くが、そんなセオリーなど全く分からず、とりあえずマップを何も考えず闊歩するGさん。開幕5秒の時点で、この時の二人の思考回路はこうである。

「わーい! なんか初めてのマップだぁ!」

「相方ぁッ!! 前出すぎだろってか何処で何やってんだコラァアアアアアアッ!!」

 そんな調子で連携もクソも無く、圧倒的に不利な盤面を作ることになる。中盤Sさんがなんとか活路を切り開き、なんだかんだ勝負は互角の状況までもつれ込む。そこで相手の1番機に攻撃を仕掛け、倒せば勝ちと言う状況で、セオリー通り1番機を倒しに行くSさん。対して、操作と目の前の敵に集中して、画面と状況を全く見ておらず、相手の2番機を攻撃するGさん。結局、勝負に負けてしまい、最終的な両者の思考回路はこれである。

「負けちゃったぁ。あー、楽しかった」

「相方ボケカスゴラァアアアアアッ!! 脳みそ詰まってんのかテメェッ!! 脳みそ胎盤にリコールして来いあんぽんたん!!」

 ここまで差が出る事がある。そこで、頭を切り替えて次に行ければいいのだが、人間は顔真っ赤チンパンジーになってしまうと、暴言を吐かずにはいられない生物なので、やらかした相方のプレイヤーネームでSNSで検索をかけてアカウントを割り出し、SNS場外乱闘に発展してしまう。

「セオリーも分からないド素人がランクマ来るんじゃねぇ雑魚」

 と、Sさん。対してエンジョイ勢のGさんは

「えっ…知らない人から暴言吐かれた。ガチ勢こわっ…気に要らないからスクショ撮って晒そう。ゲーム楽しんでるだけのエンジョイ勢なのにどうして…」

 こうなってしまう。

 負けた言い訳をエンジョイ勢だからと済ませる輩は僕も大っ嫌いなのだが、両者共悪い点はある。セオリー通りに相方が動くと決めつけて、一切チャットを使用せず意思疎通を取らなかったSさん。対戦のセオリーやマップの把握を事前に調べて、ランクマに行くにも関わらずそれを怠ったGさん。正直操作精度や強い弱いはどうにもならないので、まだその差で負けたならSさんもそれほど怒らなかったであろう。また、場外乱闘に発展した時にセオリーがわからずごめんなさいや、いきなり暴言の喧嘩腰で突っかかったりしなければここまで大きなトラブルにはならなかったかもしれない。ここまで話がこじれた原因は、エンジョイ勢だから何しても良いだろうとプレマとランクマで住み分けをしているにも関わらず、平気な顔でランクマで好き勝手したGさんが悪い。

 だが、SNSで悪意ある切り抜きでいきなり暴言を吐かれたとスクショを貼り付け、第三者や傍から見れば完全にSさんが悪者扱いであり、あの界隈は民度が低いと言われ、その対戦ゲームのタイトルまで陥れる事態になってしまう。

 これは、エンジョイ勢とガチ勢の対立のほんの一握りの事例であり、こんなトラブルは対戦ゲーム界隈では星の数ほど存在して、今日もSNSが炎上する。



 話が逸れたが、つまり勅使河原さんはエンジョイ勢で、そこまで本気で上手くなりたいと思っていないと言う事だろうか? いや、稼業も絡んでるし熱意が無ければそもそも教えて欲しいなんて言い出さないはずだ。

「エンジョイ勢って言っても、それを笠に着てやりたい放題するタイプに僕は見えないよ」

「烏丸くん、私…ずっと勅使河原さんとプレイしてて思ったんだけど、ゲーマーには大きく分けて二種類の人間が居るのよ。持ってる者と、持たざる者」

 夜食のポテトチップとエナジードリンク片手に、山谷さんの話に相槌を打つ。

「努力して、自分の何が駄目なのか明確に理解して次に繋げられる持ってる者。努力しても、自分の何が駄目なのか全く分からず永遠と同じ過ちを繰り返す持たざる者。私たちは前者だけど、それは本当にごく一部で、圧倒的にプレイ人口が多いのは持たざる者なの。こんなゲームにムキになってやり込む人種は、世間一般からすれば、異常なのは私達なんじゃないかって、時々思うの…そんな事考え始めたら、なんか疲れちゃって…」

「まぁ、相手煽りながら暴言吐いてゲームにかじり付く人種が、普通な訳ないよね。けど、僕はこれだけは言える。生活の為に無理矢理しているバイトや仕事と違って、ゲームは自分で選んで金と時間を掛けて…あっ、このゲームは命もか。金と時間と命を掛けて選んでやってるんだから、仕事やバイトよりムキになってやらなきゃ面白くないよ。ムキになってやるから、遊びは楽しいんだろ? それに、趣味すらも真剣にできないようは人間は何をやっても駄目な人間だよ。現実リアルでもセンス無い奴はゲームでもセンスはない。これは考え方の問題であって、気に喰わなければゲーム内でわからせればいい。潰せばいい。だから、遊戯ゲームなんでしょ? 後悔なんか、サービス終了や歳を取ってからすればいい。今、思いっきり楽しまなきゃ損ってヤツだね」

「アハハ、なーんか真剣に悩んでた私が馬鹿みたい。そうよね…ムキになって、楽しまなきゃ損よね! じゃあおやすみ烏丸くん! 明日こそ潰す」

「望む所だよ山谷さん! じゃあ、お疲れ。おやすみ」

 こうして、僕と山谷さんの通話は終了した。さて、やるべき事は残っている。夜食のポテチとエナジードリンクを投入し、眠気を吹き飛ばす。

「さーて、裏世界に潜りますか!」

 時刻は深夜2時を回った。

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