この四十六話のみ、一人称が主人公・烏丸響からヒロイン・松谷雪になっています。
時は遡って去年の四月。
桜の花びらが風に舞ってくるくると飛んで行く春の午後。高校に入学して、緊張が少しづつ柔いで学校生活にも慣れが出て来た頃だった。教室の隅で男の子達が何やら騒いでいる。
「おい、見ろよ。アイツまだゲームなんかで遊んでるぜ?」
「教室の隅っこでキモイよね~。陰キャゲームオタクってカンジじゃん」
複数人から寄って集って言葉の暴力で言いたい放題陰口を叩かれている男の子が居る。確か、烏丸響くん。いつも教室の隅っこでブツブツ言いながらゲームしてるって印象の男の子。
別に、気持ち悪いとは思わない。好きな事に熱中できる男の子は素敵だと思うけど、ブツブツ言いながらゲームをプレイしてる姿はちょっとナイかなって感じる。けど、その日はちょっとした好奇心が働いた。
「烏丸くんって、なんて言ってゲームしてるんだろ?」
「ちょっとぉ…関わらない方がいいってぇ~」
「大丈夫だよ。脇をちょっと通って聞いてみるだけ」
私は、烏丸くんの机に向かって、歩みを進めた。
この一歩の歩みが、私の今後の人生を変える大きな影響を及ぼすものとは、考えもしなかった。
机と机の間を縫って、彼の脇をちょっと失礼してみる。と、同時に耳を澄ます。
「野球やサッカーとかバスケがそんなに偉いのかよ。大会で成績を残したり、結果を出せば偉いのかよ? じゃあ、僕も大会に出て結果を出せば文句は無いんだな? スポーツもゲームも違いなんかない。それを証明してやる…わからせてやる。気に喰わねぇ…ぶつぶつ」
……え? なんかすっごい事言ってる。そもそも、ゲームに大会なんてあるのかな?
気になって、帰宅してから色々と調べてみる事にした。
「えぇ!? ゲームの大会って規模が大きいものだと賞金が出るの!? 一億!? 三億!!???」
そこには、大きなトロフィーを掲げてガッツポーズする選手や、スポーツ顔負けの規模で展開される世界大会などの詳細や画像が表示されている。
「すごーい…」
純粋な気持ちが口から零れる。高校に上がるまで、家学校塾の三角関係をなぞるだけの生活をしてきた私にとって、その光景は別世界のように思えた。
それから数日後。休日でこれといった用事や予定もなく、家で暇つぶしにネットサーフィンを楽しんでいる時だった。偶然、それを見つけた。
「ゲノムリンク全国大会…どこかで聞いた事あるような?」
表示されたURLをクリックすると、画面にliveと表示されたゲーム画面が映し出される。左上に、現在対戦を行っているプレイヤーネームが表示されていて、思わずはっと息を飲んだ。
実況者が叫ぶ。
「何が起きているのか説明はできるが理解が追い付かないまさに神業ッ!! 寸命劇薬渇望でゲノム寄生させて、体力値1で突っ込んでいく姿はまさに狂気の沙汰でしょう!! 十六歳の高校生・びっきーを大の大人達が誰もとめられなーーーい!!」
気が付けば夢中になって、画面を食い入るように見つめる。私と同い年の高校生が、大人達を情け容赦なく薙ぎ倒していくその姿は、プレイスタイルも相まって爽快だ。
その高校生はあれよあれよと勝ち進み、遂に全国の頂きに立った。だから、優勝者インタビューで烏丸君が映し出された時は本当に驚いた。彼はマイクを向けられ、どういうコメントをするのかドキドキしながら私は画面を見ていたが、発せられた言葉は私の予想の遥か斜め上を飛んで行った。
「お前ら本気でやってんのかよ? そんなんだから、ゲームなんかって言われて、見下されて、馬鹿にされる。高校一年生なんか、お前らに比べたらガキだろ? 悔しくないのかよ!? 悔しかったら、実力で僕の事をわからせてみろよッ!! 気に喰わねぇ…どいつもこいつも気に喰わねぇ!!」
強烈。その一言に尽きる。
優良健康花丸少女の私からすれば、絶対にありえない発言だ。普通、こういう時って「みなさんのおかげです」とか「応援してくれた人達や友達に感謝です」みたいな、いかにもって言葉を並べてインタビューに応えるのが常識だろう。だが、烏丸君は常識の「じょ」の字も感じさせない。
イキッたクソガキ。何もしらない世間一般の評価はこうなるだろう。だが、この電脳空間で火花を散らし、己の力をぶつけ合う対戦ゲームという戦場では誰も彼を批判も否定もできない。できる人間など、居るはずが無いのだ。何故なら、彼は並みいる強豪や大人達を蹴散らし、実力で頂点に立った男。
この瞬間、烏丸君は証明した。この世界なら、大人も子供も性別も関係ない等しく公平に勝負できる場所なのだと。
それは、平凡でこれといった趣味も遊びもやらず、黙々と学校塾家をなぞるだけの私の瞳にはとても輝いて、魅力的な世界に見えた。
それから一年間…死ぬ程負けて煽られ友達を無くし、人間性をドブに捨てて対戦相手のメンタルを滅茶苦茶に破壊する実力を身に付けて仕上がった究極の対人ゲームジャンキーが完成した。私もあの景色を見てみたい。あの頂点に立ち、私をこんな身体にした烏丸君と並んでどっちが強いか試してみたい。
だからあの日…初めて烏丸君に声をかけた時、私とっても緊張したんだよ? わざわざあんな恥ずかしいジャスチャーまでして気を引いて、好きな男の子に声をかけるのは心臓が口から出ちゃうかと思った。
あぁ…楽しかったなぁ…毎日朝まで馬鹿みたいに連戦して……けど、もう無理かなぁ…勅使河原さん、だっけ? 新しい彼女と…仲良く生きてね…
そんな事を想いながら、口から大量に吐血して真っ赤に染まったベットシーツを漠然と見つめる。薄れゆく意識の中で、最後にもう一度ゲノムリンクをプレイしたいと願いながら烏丸君の名前を小さく呟いた。
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