電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

五十一話

公開日時: 2023年1月14日(土) 22:30
文字数:3,202

「賭けになんて出なくていいわ。全部私が潰す」

 降り注ぐレーザーとミサイルの雨嵐。火力、範囲、回転率のどれもが平均値の遥か上をいく。レーダーから半分以上の電脳怨霊が消え去り、その場に居た誰もが浮遊する要塞のようなキャラに視線を注ぐ。

「山谷さん! ありがとう、本当に助かった」

 現環境Tier1の強キャラと構成にOP・Σ-ラーカスを搭載したランキング4位のemperorがそこに居る。これには、僕の見せ場も悪い流れも根こそぎ流され、確かな希望や光がプレイヤー間で感じられた。

「おい、あれはランカーのemperorじゃないか?」

「本当だ…旧全一のびっきーも居るしコレはイケるんじゃないのか!?」

 僕もそれには完全に同意だし、大幅に数を減らした雑魚の処理をその分レイド級電脳怨霊に回せる。山谷さんの一撃は、まさに流れを変える大きな一撃となった。

「今、杉花粉さんが除霊の総本山勅使河原一派と協力してヒレミ・ワールドソフトに向かってる」

「ちょっと待って!? それ本当なの?」

 後ろで霊能力バトルを繰り広げていた勅使河原さんが画面に向かって叫んでいる。

「マズイぞオタク、時間が無い。私みたいなチンケな除霊師とは訳が違う、パパ達は除霊のエキスパートで道を塞ぐ所の話じゃ無くなる。あそこに居る楢崎美紅の地縛霊なんか簡単に吹き飛ばして昇天させちゃう」

 勅使河原一派はどうやら勅使河原さんのお家の方々だろう。だが、問題はそこじゃない。

「そんな事になれば、奪命システムが…ッ!!」

 まずい…楢崎美紅を除霊されてしまうと、松谷さんの延命が不可能になる上に、裏そのものに対してどんな影響が出るかわからない。根本的な問題の解決と対応を早期に迫られ、必然的にメンタルが悲鳴を上げる。

「ゲーム内に逃げ込んでくれるのを祈るしかないわね。パパ達なら、確実に逃げ道は塞ぐだろうし、ゲーム内に逃げ込んでくれればいくら除霊のエキスパートでも手出しはできない」

 そうと分かれば、やれることは一つ。今すぐこのレイド級電脳怨霊を討伐して、ジャックポット塔へ向かう。

「山谷さん! 杉花粉さんに連絡を入れて欲しい。逃げ道だけ潰して除霊は少し待って欲しいって……?」

 ここまで言って、気が付いた。何故、杉花粉さんが楢崎美紅の事を知っている? どうして、ヒレミ・ワールドソフトに彼女の地縛霊が居る事を知っている? どこで、どうやってそれに辿り着いた?

「………え?」

 なんだ? 山谷さんの様子がおかしい。

「わ、わかった! 杉花粉さんに連絡しておく…」

 やっぱり、どこかおかしい。なんだ…この違和感は?

 そんな事を考えていても仕方ない。今は目の前の敵に集中しなければ…

「山谷さん、もう一度上から…」

 口を開いた瞬間、もうそれは始まっていた。

 いきなり空中から電脳怨霊の大群に向かって真っ逆さまに落下していくemperor。そのまま突っ込み、がむしゃらに戦いみるみる内に耐久値が減っていき、ゲノム寄生ラインに突入した瞬間ゲノムを寄生させる。全身ハリネズミのような棘に覆われた装甲を纏い、そのまま一直線にレイド級電脳怨霊に向かって行く。

 これは山谷さんの戦い方ではない。堅実かつ手堅く守り、相手を寄せ付けず高火力長射程のレーザーとミサイルで相手を叩き潰すのが山谷さんの戦闘スタイルなのだが、まるで何かに憑りつかれたように滅茶苦茶な戦い方で電脳怨霊を屠っていく。

「退けッ!! 邪魔する奴は潰すぞッ!!」

 それは、紛れもない殺意。

 対戦ゲームにおいて、相手を倒そう。絶対に倒す。何が何でもブチのめす。といった殺意やヤる気は必ずしもマイナスになる訳ではない。読み合いや立ち回りにそれが露骨に現れ、分かりやすく単調な攻め方になってしまう事は紛れもなくマイナスに働いてしまう。だが、それを原動力に目標に向かったり練習するのはむしろプラスに働く事もある。しかし、これはそんな次元の話ではなかった。

 剥き出しの殺意、悪意、ガン攻め、チンパンジー、顔真っ赤ブースト、頭のネジが外れる。様々な表現で攻めッ気の表現をしてきたが、今回の山谷さんのそれはどれにも当てはまらない。狂気と言えばいいのだろうか? 敵味方関係無く、全てを滅ぼす暴力の化身が戦場に顕現した。

 壮絶かつ峻烈、全てを焼き尽くす暴力を誰にも止められない。あまりにも想像を絶する戦い方に、敵味方関係無く、恐怖のあまりモーセの海割のように、一直線にゲノムボードまでの道が出来た。それは、僕の時とは正反対の道標。信頼と期待への道に対し、全てを滅ぼす畏怖の道。

 OP・Σ-ラーカスを射出してその速度と同等の速さでレイド級電脳怨霊に突っ込む山谷さん。ダメージを耐えるスキルの無効化・貫通・パリィ不可で着弾時大規模な爆風を巻き起こすミサイルを同時に3発射出する山谷さんの切り札だ。

 そんな化け物みたいな性能のミサイルが着弾し、レイド級電脳怨霊の耐久値がゴッソリ減るが、そこで山谷さんの暴力は終わらない。全身にびっしりと纏っている棘を撃ち出し、顔面を集中的に、執拗に狙い撃って攻撃を続ける。すると、レイド級電脳怨霊の耐久値がどんどん減っていく上に、ビクビクと身体が痙攣している。敵のステータスを確認すると状態異常、毒と麻痺と表示されている。どうやら、山谷さんが撃ち込んだ棘には毒と麻痺の状態異常が付与されるらしい。

「今だ! 響くん殴って!!」

「待ってました!」

 ここぞとばかりに大口径ロケットプラズマランチャーを撃ち続け、状態異常プラズマ汚染域に突入してゲノムを寄生させる。

 敵は麻痺で動けない上に毒で耐久値が勝手に減っていく。これはもうやりたい放題のフィーバー確変タイム突入である。この時間だけは、キャラもプレイスタイルもランクもレベルも関係ない。全てのプレイヤーが等しく平等に火力を吐きだせる時間だ。今、この瞬間だけは、誰にも邪魔されず自由な発想で敵を殴り殺さなくちゃいけないのだ。

 そして、ついにその時が来た。耐久値を削りきり、断末魔の叫びと共に妖しげな紫色のモヤのようなオーラが空中に漂いはじめる。それは、次第に集まり人型に形を形成していく。紛れもない、人間だ。

「……ちくしょう」

 ぼそりと呟き、空を見上げる。そのちくしょうは、果たしてどんな意味で呟いたのかわからない。だが、これだけは言える。

「癇癪起こして物に当たる奴は見てて気分良くないし、冷静に考えないとゲームは勝てない。もし、生まれ変わってまた対面に来るときは、またキッチリ倒してやる。対戦ありがとうございました」

 ワッと歓声や歓喜の叫びが聞こえる。やった…ついに倒した!!

 本体がふと、口元が緩み、笑った気がした。そのまま、キッチリトドメを刺して除霊完了である。報酬は寿命3年分。その全てを松谷さんの延命に割り振り、裏へと侵入するべくカーソルを合わせた時にだった。

「蛮族、ジャックポット塔の攻略開始」

 Reinから短いショートメールが送られて来た。タイトルの通りである。倉沼ソラオ率いるチーム蛮族が、ついにジャックポット塔の攻略を開始した。杉花粉と勅使河原さんはリアルで除霊や逃げ道を遮断するべく奔走しているし、今の戦力は僕と山谷さんだけである。

「山谷さん、これからジャックポット塔の攻略をしようと思う。蛮族との衝突も必須だし、2対5の不利な戦いになる。もし、それでよければ…」

「ごめんね。この件に関しては、響くんも敵だから実質1対6になっちゃう」

 どういう意味かと問いかけようと口を開いた瞬間に、毒麻痺棘が身体に突き刺さり、その場で動けなくなる。まさか、山谷さん……

「美紅を誰にも除霊させたりなんかしない。響くん、まるで周りが見えてないよ…親玉を何とかして病気の少女を救おうって考えの自分に酔ってる。そんな奴に美紅は渡せないし協力するつもりも無い。美紅を救って、犯人も殺せるのは私だけ。邪魔はさせない…私の歩む道を邪魔するなら、誰であろうと潰す」

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