電脳闘争録

気に喰わないヤツらは全員潰す
ジブリ神
ジブリ神

三十話

公開日時: 2021年9月4日(土) 20:15
文字数:2,981

「殺された…」

「そう。だから、私は彼女の仇を討つ為にゲノムリンクをプレイしてるのよ。親友だった美紅を殺し、未だに逮捕されずにのうのうと生きている犯人を探し出す」

「その犯人を見つけたら、山谷さんはどうするつもりなの?」

 恐る恐る聞いてみる。

「決まってるでしょ? 地の果てまで追い詰めて殺す」

「け、けどそのプレイヤー…いや、犯罪者が未だにゲノムをプレイしてるとは…」

 ギリリとヘッドセット越しに山谷さんの歯軋りの音が聞こえて来る。見えてなくても、わかってしまう。その表情は、恐ろしく憎悪に満ちたものだと容易に想像できる。

「最初に裏世界に侵入した時に、チラッと見えたのよ。当時、美紅に付きまとっていた元チムメンの姿を一瞬だけど捉えたの。ソイツが犯人じゃなくても、手掛かりになるはず。だから、私は諦めない。強くなって、必ず美紅を殺した奴をこの手で……あっ、ごめんね? こんな話、面白くなかったよね」

「いや、聞いたのは僕だ。それに、そんなマナーやモラルが欠落しているプレイヤーはもはやゲーマーでもなんでもない。ただの犯罪者だ…僕に手伝える事があったら言ってね」

 この場はそう言うしかない。想像していたより、遥かに重い話だった。だが、後々僕は恨みと憎悪と怨念が渦巻く、血みどろの決戦の場に立つ事になるのだが、今はそれを語るべき時ではない。

「ところで、山谷さんに相談があるんだけど」

「うん?」

「杉花粉impactってプレイヤーわかる?」

「あぁ、有名実況配信者のあの人でしょ? その人がどうかしたの?」

 僕はおもむろにカロリーメイトのフルーツ味を取り出し、内袋のパッケージを器用に剥がして一本目を頬張った。うん、やっぱりカロリーメイトはフルーツ味が一番だ。口の水分が持っていかれたので、エナジードリンク(緑色のモンスター的なヤツ)で水分とカフェインを摂取して深夜の戦闘態勢はこれで万全だ。

「実は、こんなDMダイレクトメッセージが届いたんだけど、どう思う?」

 朝方のDMをそのまま山谷さんに見せてみた。

「この文面から察するに、私達より情報収集は進んでないみたいね。烏丸くん、参加して固定組むの?」

「その事なんだけど、今の戦力なら僕達三人でも電脳怨霊を討伐する事はできる。OP持ちも二人いるし、情報だって僕たちの方が持っている。無理矢理組む必要はないんだけど、僕は寿命がどうしても必要なんだ。だから…」

 そこまで言って、気が付いた。僕は、まだ山谷さんと勅使河原さんに松谷さんの事を伝えていない。山谷さんから見れば、どうしてこんなに危険を冒してまで寿命を欲しがるのか不思議に思うだろう。

「そっか、そういえば…まだ二人に話をしてなかったね」

 そして、僕は話した。松谷さんの延命を図る為に戦っている事。既に裏世界で何人もの人間を屠り、それで得た寿命の大半を松谷さんに送っている事も。

「今話した理由が、僕がゲノムをプレイする理由だよ。山谷さんだけに話してもらって、僕が話さないのは不公平だから…」

 少しの間が開いて、山谷さんは口を開いた。

「へー! あの現環境最強と名高い野生の脳筋ゴリラが、まさか同じ学年の松谷雪さんだったなんて! 知らなかったー…人は見かけによらないね。だって、松谷さんって、優雅にピアノ弾いてそうなイメージじゃない? それが、民度最悪のゲノムリンクの頂点に君臨する猛者だなんて想像すらできなかったよ」

 それは全くの同意見だ。僕も最初は、まさかあの校内の全男子の憧れの的である松谷雪さんがゲノムの現環境一位なんて想像すら出来なかった。あのリアル煽りモーション「お前を倒す」を見るまでは…

「僕も最初はそう思ったけど、ゲーム内じゃピアノを優雅に弾くどころかデスメタル歌いながら口から火を噴く魔王ってイメージに変わった」

 そうなのだ。現実世界リアルの方では「黙ってれば」百点満点中二百点を取るような可愛さを限界突破してソシャゲのSSRキャラを完凸させたような顔面偏差値なのだが、如何せん性格がゲーマーなおかげで男が勝手に逃げて行き、そういうのが好きな男は己のPSプレイヤースキルで恋心とゲームの自信とメンタルを完膚なまでに破壊するおかげで、松谷さんは高嶺の花になってしまったらしい。(本人談)

「そっかぁー…じゃあ、そんなに必死になるって事は二人は付き合ってるの?」

 本当に、年相応の山谷さんの好奇心旺盛な問いかけに、省吾の「ユキちゃんはお前の事が好きなんだよ! 彼女があんな状態だからこそ、傍に居て支えてやれ」が僕の心を抉る。

「付き合ってないよ。そもそも、既に人を殺めてる人間なんか彼女にとって相応しくない。そんな人間が、幸せになっていいはずがない」

 えっ、と一瞬の間があいて、山谷さんが言葉を続ける。

「けど、文字通り命賭けて松谷さんの為に必死に尽くしてるのは、恋の為でしょ? 好きじゃなかったら、普通そんな事できないと思うんだけど。その好きって気持ちを自分で理由を付けて否定して、誤魔化して自分の気持ちに素直になれてないだけでしょ。そういうの、男らしくないよ」

 グサーーーッ!!

 今まで恋愛の「れ」の字も学んで来なかったキモオタゲーマーにこの言葉は、心臓をパイルバンカーで抉り取られ、ビームサーベルで滅多刺しにされた挙句に、ちょっとお手伝いをね~と言われ、ヒュージキャノンで撃ち抜かれた気持ちになった。

「そんなの、一方通行で自分の好意だけ押し付けて、彼女の気持ちは一切聞いてないのと同じだよ。普段対戦ゲームはコミュニケーションって例えて相手の心理読んで攻めて来る男と同一人物とは思えないね」

 ザクーーーッ!!

 これはもう死体撃ち。僕のメンタルを破壊するには充分過ぎる致命の一撃。

「まっ、それは二人の問題なんだから、言いたいことがあればお互い生きてる内に言おうねって、経験者からの忠告。私は、もう美紅に伝える事ができないから…」

 そうか…山谷さんは、友達が殺されたからそれで……

 うん、ありがとう。ちょっと頑張ってみる。と、口を開きかけた所で

「おいっす~! ナニナニ?? なんか空気おかしくね?」

 フラれた友達のメンタルを回復させたのかどうかはわからないが、勅使河原さんが通話にポン! と、言う入室音と共に現れた。

「ちょっとね…実は、二人に相談があって…」

 僕は、勅使河原さんにも杉花粉impactから送られて来たDMの内容を話した。

「と、言う訳なんだ。なんだかんだで、僕は一番連携が取れてアクティブなフレンドが山谷さんと勅使河原さんだから、二人も参加していいと言う許可が出たら杉花粉impactの固定PTに参加しようと思う。二人のどちらかが危険だとか、気乗りがしないなら僕はこの件をキッパリと断る。別に、三人でも攻略できそうな戦力になってきたし、情報も勅使河原さんが居れば電脳怨霊の事は何とかなると思ってる。僕は、二人の意見を聞きたい」

「ウチはあいつら祓えるならなんでもいいよー? 大人数の方がラクっしょ? それに、ウチは元々杉花粉impactの配信とか動画見てゲノム始めたから、ちょっと楽しみだったりするしぃ?」

 と、勅使河原さん。

「私は………別に構わないかな。ただ、その固定の方針や決まりやノルマによっては辞退するかも」

 と、山谷さん。

「うん。じゃあ、一応参加するって方向で杉花粉impactに連絡入れてみるよ」

 こうして、僕たちは一歩を踏み出した。

 電脳怨霊完全討伐へ向けての第一歩を。

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