朝だ。
朝日がカーテンから射しこみ、小鳥のさえずりが窓の外から愉快に聞こえて来た。
「……はぁ」
昨夜の出来事を思い出し、小鳥のさえずりが一瞬にして不愉快なノイズに聞こえる。ゲーマーとは、熱帯(ネット対戦の事)の結果次第では、翌日のテンションとメンタルに甚大なる影響を及ぼしてしまう生き物なので、アイツ今日元気が無いなぁと感じたら、大体負け込んでいるかガチャで爆死したかのどちらかなので放っておこう。
「あら? 久しぶりにまともな時間に起きてる。ご飯いるの?」
トイレ、歯磨き、爆死のモーニングルーチンをこなしていると、母さんが丁度朝ご飯の支度をしていたので、素直に食べたいと答えて食卓に着く。
まるで重りを背負っているかのように、身体が重い。昨夜の大敗北は、それほどまでに心と身体に傷を負わせたのだ。
あぁ…今なら、あの心折れた電脳怨霊の気持ちが分かる。これが一年間も続けば、そりゃあ折れるよ。うん。松谷さんとは別ベクトルの強さだ。
松谷さんは、どちらかと言えば勢いで潰しに行くタイプで、戦闘中の思考回路はとにかく相手を潰す事だけにリソースを割いている。だが、倉沼ソラオは違う。相手を見て、試合展開や状況に合わせて常に最善策を取り、自分の不利になるような事はやらない理詰めで動くタイプ。あの近接横振り合戦は、充分な体力値の差があった為、多少無茶をしても試合展開は覆らないと判断して、PSを理解させたいだけの理由で付き合ったに過ぎない。
「はいよ、よく噛んで食べな」
食卓に出て来たご機嫌な朝食は、狐色に焼けたトーストに、サウザンドアイランドドレッシングがたっぷりとかかったフレンチサラダ。そこに青少年の強い味方、エナジードリンクという魔剤をキメ込めばお目覚めスッキリってやつだ。もはや、烏丸家の定番の朝食である。
トーストとサラダをまとめて頬張り、仕上げにドリンクを投入すると熱いナニかが喉を伝って胸の辺りに到達する。やっぱり、いつでもどこでもコレ一本! さて、今日も元気に煽りますか!!
「ひーくんさぁ、そのカフェインが大量に入ってる魔剤? ちょっと控えた方がいいんじゃない? 身体に悪いって聞くけど…」
「容量用法を正しく守って飲んでるから大丈夫!」
朝ごはんを食べて脳がお目覚めのようなので、早速ゲノムにインする。
とりあえず、負けて腐っていても何も始まらない。試合履歴を開いて、昨夜のランクマにカーソルを合わせてリプレイを閲覧する。
視点を倉沼ソラオに映して、じっくりと動きを観察するのだが…
「……これ、どうやって操作してんだ? コントローラーのボタンと指足りなくねぇか?」
まず、ダッシュからの自立兵器を射出して壁に突き刺すと同時に近接を振ってOPコマンドでキャンセル。この間も自立兵器の射出方向を合わせながら、近接を振ってさらにダッシュしながらOPのキャンセル……あぁーッ!! 訳わかんねぇコイツ本当に人間か!? この動作を習得して、さらに実戦に投入して相手や装備を考えながら立ち回ろうとすると、とてもじゃないが一長一短でできる技術ではない。
「ふむ……ボタンと指が足りないなら、増やせばいいじゃない!!」
と、意気込んだはいいが、あいにく僕が必要としているモノを取り扱っているお店がまだ開いていない。それまで、新しい戦闘スタイルと装備を考える事にした。
「攻めの手段と、守りの手段を増やそう。あの悪魔と互角に渡り合うには、寸命劇薬渇望じゃ勝てない」
長く愛用していた装備と戦闘スタイルを捨てて、新しくメインで使用する装備と立ち回りを身に付けて結果を出そうとする難しさは、利き手を右手から左手に変えるくらい難しい。しかし、松谷さんから始まり、山谷さんに杉花粉impact、倉沼ソラオとこのままでは辛く、なんとか勝てるレベルではダメなのだ。それでは、理解させた事にはならない。完膚なまでに叩きのめして、ごめんなさい貴方には勝てません。これ以上は勘弁してください。と、言わせて煽り散らかしてやっと理解させた事になる。それをやる為にも、僕は装備と立ち回りを変える必要がある。
まずは、仮想敵に戦闘距離を決めてキャラを構築していく必要がある。仮想敵はやはり松谷さんに、倉沼ソラオ。あとは、山谷さんに杉花粉impactの四人だろう。この四人は間違いなく、一般的なプレイヤーよりPSが群を抜いて上手い。
戦闘距離とスタイルだが、遠距離射し合いのキャラは寄られた時の自衛力がとてもシビアで、僕自身使いこなせる自信が無いのと、杉花粉impactや山谷さんとやり合うと確実に火力と射程で負ける。その上、松谷さんや倉沼ソラオレベルの相手に接近されたら、あの猛攻を捌き切れる訳が無いので却下。やはり、近距離戦闘が自分の性格に合っているし、立ち回りも大幅に変える必要が無いので、至近距離~近接距離戦闘を想定したキャラを作る事にした。
そこまで決めたら、次に装備だ。
「とりあえず、一旦装備を全部外して…」
次々とカーソルを合わせて装備を外していく。
「寸命の首輪にも随分お世話になったよなぁ。スキルの生への渇望も要らないから、必然的にアイテムショートカットから致命の劇薬も外れるし…」
思えば、この装備構成で5000時間以上は戦っていたと思う。装備構成欄の不動の装備と言っても差し支えない、とても愛着と思い出のある装備達だったが、愛着と思い出で勝てるなら苦労はしない。僕は、たった今からマイナーオナニー職人のカテゴリから足を洗う事になる。
「あのハイスピードデタラメ機動を確実にとらえる為に、サブコンは必須。それを埋め込めるスロットが二つは欲しいから、ゴリラカスタムともお別れかぁ」
・サブコン
サブコンピュータの略。装備すると相手を捉える射角が広くなり、ロック速度が速くなる。
OP・ε-リンソディがあるので、キャラクターは耐久力のある重量級を選び、耐久と速度の両立が可能なバランス型の重量キャラだ。追加スラスターを装備して、生半可な攻撃ではビクともしない耐久と近距離の攻撃を押し付けながら圧倒的な威圧感を放ちながら接近する、所謂【空飛ぶデブ】スタイル。
・空飛ぶデブ
通常重量級のキャラはどっしり有利位置で待ち構える戦術がセオリーだが、有り余る装甲と火力で無理矢理接近して、衝撃でも止まりにくく、そのまま殴り殺そうというスタイルの事を指す。重量級はどうしても見た目がゴツくなる為、力士が空を飛んで襲い掛かって来るような錯覚を相手に植え付ける事から、そう呼ばれるようになった。
「あとは、武器だけど……まずショットガンは外せない。至近距離~近距離の攻めの要だからな。あとは、安定の三バト。物理受けの盾と……魂のプラズマガン!!」
・ショットガン
射程がとても短い、撃つと前方に沢山弾を拡散して発射してくれる近距離の頼れるお供。ヒットすると相手との距離が近ければ近い程威力と衝撃力が上昇する。
・三バト
三連バーストライフルの略。一度に立て続けに高威力の弾丸を三連射する至近距離~中距離の牽制から瞬間火力もコレがあれば大体なんとかなる。ショットガンと組み合わせて衝撃で相手が怯んだ瞬間に三バトを撃ち込むと安定したDPSを叩き出せる。
・物理受けの盾
文字通り物理攻撃に対してとても受け能力が高い。パリィ可能。
・魂のプラズマガン
主人公、烏丸響が寸命劇薬渇望スタイルの前に愛用していた武器。弾速ゴミ、誘導微妙、射程も短く、全武器中射撃間隔がかなり短い方なので「当てられれば」全武器中最強のDPSを叩き出すレーザー系統の銃器。初心者お断り、扱いが極めて難しい玄人向けの理論上最強武器。弾を発射して相手に命中すると、弾丸本体の判定、それに伴う小規模プラズマ爆発の判定、そして、爆発の外周部分に出る爆風判定の一発につき三段階の判定が存在する。その全ての判定が命中して、命中率100%と判断されるので、弾速が致命的に遅いの関係上、そもそも弾丸が当たらない。誘導もあんまりしない上に、射程が短いので、相手が射程外に逃げやすいと言う理由で当たる事自体が稀。一試合の命中率が15%も出ればいい方で、30%も当てられれば充分仕事をしたという認識が広がっているが、世の中のプラズマ押し付け職人は命中率驚異の45~90%を叩き出すプレイヤーも存在した。
プラズマガンについては、まだまだ深淵のような奥深さがあるのだが、説明が長すぎて本文の10倍ボリュームが出てしまったので泣く泣く割愛させて頂きます。
「スキル、猪突猛進をセットして…殴り愛魂のベルトで仮組完了! 試運転も兼ねて、さっそくプレマに潜りますか!」
・スキル【猪突猛進】
移動している間攻撃力が上がり続ける。怯み無効。足を止めたりダウンした時、攻撃力は元の数値に戻る。
・殴り愛魂のベルト
相手との距離が近ければ近くなるほど攻撃力上昇。継続して攻撃を当て続けると、攻撃モーションが速くなり、受けるダメージが増加する。
いつだってそうだ。
新キャラが追加されてわくわくするゲーマー。新型の機体を渡され、ウキウキで戦場を駆るパイロット。新車を購入して、ドキドキワクワクな気持ちでドライブする人間。新シリーズのアニメが発表されてテンション上がるオタク。何十年と待ち焦がれ、魂を縛られ未だに彼の地で戦う最中、AC6が発売発表されて泣き崩れる傭兵。人は、新しいモノを操る時はいつだって、心地よい高揚感を胸に抱きながらその扉を開ける。だから…
「この高揚感、邪魔すんじゃねーぞ? 行くぞ、新型びっきー!!」
プレマのボタンを押して、対戦相手とマッチングする。
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