「やっべぇ意識トぶ」
「夜遅くまでゲームなんかやってるからでしょ!! ほら、しっかりしなさい」
お母さんが用意してくれた朝ごはんが食卓に並ぶも、あまりの眠さに意識が飛びかけ、身体が前後してしまう。それを見かねたかあさんが頭をパンっと、新聞紙で叩き付けるも、効果はいまひとつのようだ。
目の前のテーブルには狐色に焼けたトーストに、サウザンドアイランドドレッシングがたっぷりとかかったフレンチサラダ。そこに青少年の強い味方、エナジードリンクという魔剤をキメ込めばお目覚めスッキリってやつだ。
トーストとサラダをまとめて頬張り、仕上げにドリンクを投入すると熱いナニかが喉を伝って胸の辺りに到達する。
身体に絶対悪いような見た目のパッケージと色なのだが、普通に美味しいし元気が出るので、エネジードリンクは頭が冴えない時や寝起き、徹夜でゲームをやりこむ時に重宝するのだ。
もちろん、世間では副作用やカフェイン中毒など問題が明らかになっており、元気の前借りなんて言われてたりするのだが、若さは無敵なのだ。飲みすぎに注意して、用量用法を守って正しく飲めばよろしい。
「行って来ますぅ」
学校への通学は基本的にバイク。電車やバスを使えばラクだし、乗車している間はゲームのイメトレや考え、発想など物思いに耽る事ができるうえに、SNSで情報収集やプレイヤー間の対立、要注意プレイヤーの晒し等々…をチェックできるのが魅力なのだが、バイクは身体と頭をフル稼働させて文字通り自分の身体の調子を「体感」できる。ちなみにぼくが乗るバイクはスクーターではなく、新聞配達の人が使うようなカブがぼくの愛車だ。足でギアをカチョンカチョンって動かして走るタイプ。
例えば、信号が変わった・変わるなと、早い段階で気付けば、いつも通り頭が働いてる証拠だし、逆に前を走る車のブレーキランプに気付くのがいつもより遅いなぁと感じれば、頭が回ってない証拠で、こういう時はゲームをしてもだいたいが調子が出ない上に、反応が遅れる為軽く対戦してキリのいいところでさっとやめてしまう。
「んー、今日は普通の日だな。ブレーキ握る手の力もいつも通りだし、夜更かしした割にはけっこう動ける日かな」
普段の日常生活で行う事がそのままゲームに直結する。
このバイクの操作だってそうだし、睡眠も重要だ。正常な判断力と頭の回転に直結する……まぁ、徹夜の後に言っても全く信じてもらえないだろうし説得力皆無なのだが、ぼくはそういう身体作りをしているつもりだ。
アスリートは自分の身体を意識して、試合にベストな体調を持っていく。そうした行為は試合に勝つ為に必要不可欠なものだし、それはゲームにも言える事。
大きな大会でプロゲーマーが集い、賞金が出るような舞台に出場するならばコンディションを上手く調整しなければならないだろうが、だいたいは家でオンラインゲームや据え置きのゲーム、フルダイブシステムでのプレイとなる。
大会はある程度事前に参加者がわかる為、メタ読みや対策が容易に行えるので、限られた条件の中で勝つ事を目的とすればいい訳だ。
だが、不特定多数の闇鍋ごちゃ混ぜマッチングともなれば、話は違ってくる。
対戦環境を把握し、強い行動、流行の行動をどう対処するのか? 最終的に高い勝率を保ちつつ効率的にランクや目的を達成することが目的なので、大会を勝ちに行くプレイとはまたちょっと話が違ってくる。
強いキャラや対策が難しい行動はやはり人気があるし、勝率も安定するので基本的にはそういうものを使えば手っ取り早く勝ててしまう。しかし、その強キャラや強い行動にも弱点や欠陥がある訳で、そういった上位に食い込んでプレイ人口も多い……タイプAとしよう。そのAの弱点を付けたり、何かしらの対抗手段を持ち合わせたAに対して相性のいいタイプBを使えばAは狩れたり、いい勝負ができる…所謂Aに対するメタであるB。しかし、BはA以外のタイプ……Cとしよう。このCには相性が悪く逆にCはAに相性が悪かったりと、対戦環境が周り始めて試行錯誤するのが、対戦ゲーの醍醐味と楽しさなのだが、中にはイレギュラー的存在…Dとしよう。弱かったり、とてつもなく使い辛かったり、限定的な場面・状況化でのみ強さを発揮するタイプD。このタイプD、数が極少数過ぎて、環境から外れた者達なのだが、一部のプレイヤーからは弱キャラオ〇ニー職人等と呼ばれる事もしばしば。更にそのタイプDの中のイレギュラー中のイレギュラー…タイプD+としよう。自分の理想とセンスの良さ、とんでもない戦法を想い付き、それを実行できる上手さを持つD+。このD+、あまりの人口の少なさに強いのか弱いのか判断し辛く、初見で、しかも圧倒的インパクトがある為まず対応できない異質な強さを持つ。
ぼくや松谷さんはこの部類に入る。自分だけの強みを持ち、常識では考えられないブッ飛んだ思考回路と戦術で相手を叩きのめす。そういったDやD+のプレイヤーを相手にするには、環境からわざわざ外れた相手の対策をしなくてはならなくなり、いざ対策しても数が数な為にマッチングしない可能性もある。そんなんだったらそんな奴らをそもそも見る必要が無いと割り切り、当たれば事故のようなもの…その勝負は捨てるという思考回路の持ち主も少なくない。それが拍車を掛け、意外とDやD+のプレイヤーは勝率が良かったり、強かったりする場合があるのだ。
まぁ、結局は腕が同じなら強いキャラの方が勝つのは当たり前、自然の摂理のようなものなので、強いキャラを使うか自分に合ったキャラを使えばいいのだ。
話が逸脱し過ぎたが、つまりはゲームで勝てるような体調やコンディションを普段から整える事を意識しておけば、それは強さにも繋がるし、健康にも繋がる。いい事だらけだ。
頭の冴え・考える力。
体調管理。
そして閃き・センス。
突き詰めてまとめると、ゲームで強い奴は大体ここらへんが全体的に高い傾向にある。
「どぉーすっかなぁ~…」
昨夜から早朝にかけて行われた勝負で、松谷さんとキャラの行動が頭から離れない。
極端なステータスと余計なモノを一切排除した特化キャラ。
今のランキング全一と言われても納得する腕の良さとセンスだった。
いくらブランクがあり、装備が最新のモノで無くとも、キャラや装備の性能やステータスじゃ引けを取らない。にも関わらず、完全に読み負け、圧倒的敗北を決した。
「相性も悪くはないはずだ…むしろ6:4でこっちが有利取れてなかったか? それなのに負け越したって事は……」
ぶつくさと独り言を呟きながら、バイクを駐輪場に止めて校舎に入る。
まだ朝のHRには結構な時間の余裕があるのだが、それでも校舎の入り口にはそれなりの人間がおはよーや、おっす、なんて挨拶を交わしている。
その傍らで生活指導の先生がボタンを留めてる留めてないスカート長い短い化粧どーのこーのと、クドクドお説教をしている姿が映りこみ、朝からメンドクサイのに捕まって大変だねぇ…なんだ? リア充になるには制服を着崩さないとなれないのか? ってくらい、僕とは生きる世界の違う人間達が捕まって注意されているが知ったこっちゃない。わははー、陰キャ万歳!!
「おっはよぉー! なんだいなんだい? ずいぶんと眠そうジャン」
後ろから声をかけてきた松谷さん。睡眠時間は僕とほとんど同じかそれ以下のハズなのに、どうしてキミのおめめはパッチリなんだい??
「ははーん、さては私に負け越してションボリ響君なんでしょ?? やーいやーい」
松谷さんはかわいい。100点満点中100点満点くらいの美少女なのだが、この若干うるさいのと痛い性格なのが玉に瑕だなぁ…
「なーんでそんなに朝から元気なん? 昨日ってか、今朝か…どれくらい寝たの?」
「え? 結局寝なかったんだなぁこれが」
「は?? だってそっちから流石に寝なきゃマズイとか言い出したのに、結局寝てないのかよ!!」
「だーってだってぇ、最後の方なんか明らか響くんの動きおかしかったし、判断鈍ってる上に声のトーンも眠さMAXってカンジだったからさぁ」
ぐぅの音も出ないとはこのことか…負け越してるし松谷さんの言う通り、最後の方は眠気で頭も回らず10連敗くらいしていたのも事実だ。
「ちょっと大事な事聞いていい? 響君ってさ…」
「おーーーっす、かっらすま!! ……ってあれぇ?? ユキちゃんと烏丸って二人で並んで歩くくらい仲良かったっけ?」
何か言いかけた松谷さんを思いっきりぶった切って省吾が会話に割り込んできた。コイツのテンションはいつもこんなんだから気にしない……ってか、慣れた。
ふと、松谷さんと視線が合う。
なんだ? 今なんで悪魔の微笑みのような表情を浮かべたの松谷さん?? 嫌な予感がする……凄まじく!!
「そうだよぉ~? あっれぇ~川原くん響くんから聞いてないのぉ?? 私達、一夜を共に過ごした仲なんですけどぉ??」
言い方!!!!! いや、間違ってないけど!! もうちょっとマシな言い方があるでしょ!?? 絶対誤解されるじゃんそんなの!!!
すかさず省吾の方を向き、弁解しようと口を開きかけた時だった…いつものテンションは影を潜め、何か苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたのを僕は見逃さなかった。
「省吾?」
「ふーん………お前みたいなゲームオタクがユキちゃんと、ねぇ?」
え、なんだ? なにマジになってんだ省吾??
声のトーンがマジだ。ちょっとだけの殺意と、憎悪の感情も言葉の端から見え隠れしているのが気になる。
「いや、省吾? 普通に松谷さんの冗談だぞ? なに怒ってるんだよ」
「え? 冗談?? あ、なーんだ冗談かよ! あははは、だよなぁ!! お前みたいなキモゲームオタクがユキちゃんと吊り合う訳無いから。全く、かんべんしてよユキちゃーん」
いつもの省吾に戻ったかに思えたが、一切僕の方には向く事は無く、笑顔だが目が笑っていない。
そもそも、省吾と松谷さんはユキちゃんと慣れ慣れしく呼ぶような仲なのだから、省吾は単純に僕と松谷さんとの距離が近くなるのが面白く無いのだろう。
つーか、それならそれで省吾も言ってくれればいいのに…そうすりゃ、気も使うし協力だって出来たんだけどな。やっぱり、オタクはオタクらしく、大人しくしてた方がリアルでは平和に過ごせるなぁ。
「おい、イキり勘違い野郎」
「え!?」
「は??」
その場の空気が松谷さんの一言で一気に凍りついた。
さっきまでふざけていた雰囲気は消し飛び、そこにあるのは獰猛な獣の様な殺気を纏い、今にも省吾に飛び掛りそうな気迫の松谷さんが居た。
「勘違いしてんなよ? まずお前に対して私は一切の興味も無いし好意も抱いてない。ちょっとイケメンで女の子から人気があるからって、ちょっとだけリアルで冴えない響君を見下していい理由にはならない」
「はぁ? なんだよ、なにムキになってるんだよ?」
「それに、好きな物に優越なんて無い。川原くんはサッカー部で一生懸命努力して練習して上手くなったんだろうけど、ゲームだってサッカーと同じだよ。一生懸命考えて練習して、努力して調べてやっと上手になれるんだ。スポーツだからいい。ゲームだからダメなんて事は一切無い。好きな事に一生懸命打ち込んで頑張ってる人をキモオタだのゲームオタクなんて言って馬鹿にする輩は、私絶対に許さないし大ッ嫌い!!」
す、すごい…なんかちょっと感動して涙出てきた。
今までそんな風に言ってくれる人なんか居なかったし、ずーっと馬鹿にされてきたから、そう言ってくれる人がいたってだけで充分だよ。
かっこいいよ松谷さん…もうこれおっぱい付いたイケメンだよ、抱いて!!
「チッ、意味わかんねーよ。かわいいからって調子ノリやがって」
お約束の捨て台詞を残して、省吾は教室に入って行った。
「………なんか、ごめんね? 変な空気にさせて」
「悪いのは松谷さんじゃないよ。省吾の気持ちも同じ男として、わかんない訳じゃないから……態度は最低だったけど」
「あーぁっ! もう、メンドクサイなー…だからリアルって嫌いなのよ。これから変な噂流れるだろうし、最悪いじめられちゃうかも☆ もしそうなったら、響君私の事守ってくれる?」
下から上目使いで、私を守って? と、懇願する松谷さん。
あんな派手にスクールカースト上位の省吾とヤり合えば、当然女子特有のドロドロなんかも付き纏うんだろうなと、キモオタゲーマーは想像します。
ごめん、正直そういうのほとんどわかんないけど拙者の力の限りは尽くさせて頂きます!!
「あっ、あひゅ、もひろん」
あ、ダメだ。可愛すぎて呼吸困難な上に噛んでめっちゃキモい返事になった。
「あはははは、オタクチョロイな~ウケる!」
チョロくても、キモくても、ゲームに対する姿勢を真正面から受けとめて、肯定してくれたのは僕の人生で松谷さんだけだった。だから、可能な限り、この子を守ると、心に強く誓った。
まぁ、これでめでたく女性プレイヤーに纏わり付く姫を守護する親衛隊の出来上がりだよね。
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