「ばかー!! 放置してる奴は暖かく見守るか匿名掲示板に晒すのが常識でしょうがーッ!! その行為は変身中のヒーローや魔法少女に攻撃するくらい重罪だ。死刑」
咄嗟にパッドを握り締め、一瞬で状況を確認する。
どうやらサンドバックになっていた時間は僅か数秒だったようで、もう少しトイレに籠っている時間が長ければ、僕は死んでこの小説がいきなり終わりを迎える所だった。
体力は五分の一を切っていて、ゲノムを寄生させる事はできるが…
「あっ」
相手は動揺していた。何せ完全にサンドバック状態なのを確認して、複数人で囲んで攻撃して確実に一人分の寿命が奪えるつもりが、いきなりそのキャラが動き出したのだ。中には右手で頭を指差し、そのまま拳をグッと握るポーズ「お前を倒す」を連打して煽っている頭ハッピーセットも居たので、そのままそのキャラを殴り倒す。
「勝ち確煽りかと思った? ざんねーん、中身はいま戻りましたぁ」
相手は6人。恐らく、さっきの出待ち連中と同じチームの奴らだろう。こいつ等、本当に民度が低いなぁ…そうやって簡単に煽るから、みんなが楽しくゲームをできないんだゾ☆ 煽りをする奴らなんてサイテーだな! と、特大ブーメランを飛ばしつつ一瞬だけマップに視線を移すと、なにやら嫌な反応が出ている。
「ゲノム出現フラグ立ってないか? しかも、かなり大きい反応だ」
かなりなんて大きさじゃない。この峡谷がすっぽりと収まりそうな巨大なゲノム反応に、この場に居た人間全員が一時戦闘を中断する。
「こ、こいつはヤバイぞ」
この特大サイズの反応は限定予告イベントで出現するようなレイドボス並みの大きさだ。そんなのがこの場に現れたら、この雑魚6人と僕で対処しなければならない。ここは、じっくりゲノムのモーションと弱点を探るだけで危険は冒さない撤退を視野に入れた立ち回りをしなければならないだろう。マップを埋め尽くすような馬鹿げたサイズのゲノム相手では、連携が取れた固定メンバーを50人は集めて立ち向かい、ようやく討伐できるか否かの問題になってくる。その場に居合わせた野良7人程度の力じゃ討伐は無理というものだ。
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ…
そいつは、地響きを起こしながら優雅に大地を滑って現れた。例えるなら、超巨大な蛇。マップをぐるりと回り込んで他エリアとの行き来を断絶できるような馬鹿げたサイズのゲノム。どうやら蜷局を巻いただけでこれなのだから、戦闘になれば天災レベルの被害を巻き起こすのは目に見えている。いや、そもそもこれはゲノムなのかどうかも怪しい代物だ。ゲノムは基本的には寄生することが大前提のデザインなので、虫やウイルスなんかがモチーフになったデザインで登場するのだが、どう考えてもこれは今までのそれと比べて大きくかけ離れたデザインだ。身体はコードが何十に束ねられた配線の集合体みたいな形だし、頭がキーボードを叩き割ってヘシ曲がり大破したような部品がいくつも連なって構成されている。
「随分と独特と言うか、なんというか…」
キーボードクラッシャーを100人集めたらあんな感じの芸術が出来上がるんだろうなと思いを馳せて、プレイ動画の録画を開始する。あとでこの馬鹿げたゲノムを攻略する為のデータ集めだ。
【怨念・湾曲に破壊されたゲノムボード Lv880】
あん? ちょっと待て、ゲノムのレベル上限カンストは99の筈だが、なんだあの馬鹿げた880とか言うレベルは。これは無理だ、うん。腕でどうにかなるレベル差じゃない。死んでもいいからモーションだけ把握しようってノリは裏世界じゃ通用しないから、即ログアウトできるようにカーソルだけ合わせて……そう考えた瞬間に、その現象は起きてしまった。
「ウキャーーーーーーームキャーーーーーッ!! ッザッケンナチクショォオオオオオオオ!!!」
ガタガタガタガタガタゴトゴトゴトゴトゴト…
「えっ!? ええ?? なになになに??? 何事ですかコレ!?」
画面の中のゲノムが奇妙な鳴き声を上げた瞬間、部屋中の物や道具が地震でも来たかのように揺れ動いたり、地面に落下したりその場に浮いたり……え? なんで浮いてんの? これゲームどころじゃねぇわ。世の中には大地震がきても「FPSやめられないんだけど!」と、言って地震の最中ゲームをプレイし続ける猛者が居るが、生憎僕はそこまでのメンタルは持ち合わせていないので、素直にゲノムからログアウトしてPCの電源を落とす。
ピタッ。
すると、PCの電源を落とした瞬間怪現象はピタリと止まり、部屋は何事もなかったかのように静寂に包まれる。念のため、SNSやテレビを付けて地震の情報や怪現象について検索してみたが、地震や怪現象は起きていないようだ。
「……おっかしいなぁ。おーい、父さんもお母さんも今地震来なかった?」
「地震? 母さん気付いたか?」
「いーえ? 地震なんてあったの?」
あれだけ揺れたのに、二人は気付いてない……え? 何これ? ひょっとして、ポルターガイスト現象ってやつ? うお、すげぇ! 初めて生体験したぞ。と、テンションが上がったのもつかの間。ポルターガイスト現象って、確か心霊現象じゃなかったっけ? え? この部屋呪われてるの? と、不安と恐怖に駆られ、夜遅くまでひたすらにポルターガイスト現象や除霊について調べ回った。
おかげで一晩中眠れず、翌日寝不足でエナジードリンクの力を借りたのは言うまでもない。
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