病院から帰宅して、早速ゲノムを立ち上げる。
キャラクター選択画面でメインキャラにカーソルを合わせて、ポツリと呟いた。
「お前が俺の棺桶になるかもしれないのか…頼んだぞびっきー」
プレイ時間7000時間オーバーの一番愛着と思い出があるキャラだ。
準備は万端。テレポートを選択して、座標を裏世界にセットする。
「ふぅー、ふぅー、行けっ!!」
ボタンを押した瞬間、警告表示がでたので、通行許可証を提示した。すると、ぼくのキャラは裏世界へと瞬く間に転送された。
「現実世界の肉体には異常が無いな? マップは…ランダムで飛ばされるのか。あの遥か遠くに見える巨大な建造物がジャックポット塔なのかな?」
特別違和感や景色に問題は無い。遥か彼方に聳え立つ塔を除いては、普通のゲノムの世界と大して変わらないように思える。
どうやら峡谷のエリアに飛ばされたらしく、谷の断面はかなり急だ。寄生状態じゃなければ登れなさそうなのだが、左右に聳える両岸が崖になっているので、この谷底から這い上がるには相当苦労しそうな印象だった。川を挟んで両岸から襲われたらひとたまりも無いなぁと考えて、裏世界の第一歩を踏み出した瞬間だった。
ドドドドドバババババッ!!
銃器や重火砲の類の弾丸や砲撃が一斉に飛んで来た。
「ちくしょう出待ちか!?」
出待ち。それは、転送された先で複数人で待ち構え、訳がわからない内にブッ叩いて相手を倒そうという、ある意味最強の戦法である。出待ちは状況や地形、ラグの観点から転送されてロードが完了した瞬間袋叩きに合い、即死亡とどうにもならない場合がある。出待ちされたら詰む場面も多く、恐らくはランダム転送といえ、あらかじめパターンを把握して裏世界に疎いプレイヤーを狩ろうという魂胆だろう。現に、高所からの有利位置を確保しての銃器による攻撃。逃げ場が殆ど無い峡谷でこれをやられたら、普通のプレイヤーならなすすべもなくやられてしまう。
「気に喰わねぇ」
普通のゲームなら、まだしょうがないで済ませるが、これは死んだら現実世界の肉体も死ぬんだぞ。それを理解して、明確な殺意をもってして攻撃してるなら、僕だって容赦しない。
「気に喰わないヤツらは全員潰すッ!!」
もはやこれは、対人戦におけるコミュニケーション以前の問題だ。例えるなら、日常生活で道を歩いていたらいきなり後頭部を殴り付けられるような、そんな理不尽なやり方だ。
ほとんど遮蔽物が無いような場所なので、不規則な動きでダッシュしながらできるだけ銃撃を回避する。
逃げながらいつもの癖で、致命の劇薬(使用すると体力が0になる自殺用アイテム)を使用しようとカーソルを合わせた所で手が止まる。
「ちょっと待てよ? 右下に表示されてる常に減り続けてるゲージって、寿命か? だとしたら…体力と寿命は連動してないな。ヨシ」
再び致命の劇薬にカーソルを合わせる。
「いや待て、劇薬飲んで「生への渇望」発動させたら体力回復できないじゃん。地形も敵もわからない状態で、なおかつ安地すらも把握してないからリスクとリターンが噛み合ってないな……と、なれば安地を作り出して尚且つこの包囲網を回避できる場所を作ればいいのか」
持ち込んだギアの中から、ある一つのギアを腕に装備させる。
両腕が恐ろしく大きくて太い、丸太のような腕が地面スレスレまで伸びていて、なにやら配線やケーブルが剥き出しになっている巨腕のギア。そう、これは松谷さんが装備していたゴリラカスタムver.2。
ギアはある条件を満たすと自分好みに性能をある程度チューニングできるのだ。この腕ギアは単純な火力アップ、移動速度マイナス50%、パリィ不能に障害物や地形を破壊できる特殊効果が施されている。松谷さん対策に自分で使用して、弱点や対策を考える為に作成したが、意外と性能や使い勝手の良さからチューニングレシピを教えて貰い、同じものを装備欄に仕込んでおいたのだが、早速役に立ってくれそうだ。
「オラァアアアアアアアアッ!! 俺は全一、誰にも負けない」
ゴリラカスタムを使用して、崖の断面を思いっきりブン殴る。殴る、殴る、ひたすらに殴り続ける。ようは、地形破壊ができる装備で断面をぶち抜き、敵の十字砲火を凌げる安地を作り、そこに籠れば敵は僕を倒す為には正面から向かって来なければならなくなる。そうすれば、真正面からの火力装備でこのゴリラカスタムに殴り勝てる装備はそうそう無いはずだ。唯一のデメリット、移動速度マイナス50%も正面からの殴り合いであれば大した支障はない。
これぞ名付けて、有利位置が無いなら有利位置を作ればいいじゃない戦法だ。壁をブチ抜く間に、何発かイイカンジの攻撃を貰ったが、死ななければ問題は無いのでスルーした。むしろ丁度ゲノム寄生ラインに体力を調整できたのは幸いと言うべきだろう。
ブチ破った穴の中に逃げ込み、執拗な銃撃と砲撃は嘘のようにピタリと止んだ。
「さぁ~どう出る? 来いよ雑魚」
出待ちして裏世界に疎いプレイヤーを狩るような連中に、まともに勝負に付き合う必要はない。ここで僕のやるべきことは一つ。このぶち抜いた穴の前に連中をおびき寄せる事だ。こっちだって命を賭けてプレイしてるんだ。多少強引な方法でやらせてもらうか。
目の前にあるキーボードを慣れた手つきでタイピングして、エリアチャットにこう打ち込んだ。
びっきー「来いよ雑魚」
これで顔真っ赤になって釣られてくれれば楽なんだけど、そう簡単にいかないか。なんのリアクションも無いまま5分が経過したので、もう一度煽りチャットを打ち込んでみる。
びっきー「一つ教えてやる」
びっきー「出待ちも煽りも」
びっきー「やられる覚悟がある奴だけがやっていいんだ」
すると、レーダーに動きがあった。どうやらこっちに敵が移動しているらしいので、その時点で僕は勝利を確信した。
数は……12対1だったのか。え? 12人で出待ちして僕一人倒せないって、お粗末にも程があるぞ? 仕方ないから、お礼に「理解させてやる」よ。誰を的にかけたか後悔させてやる。
レーダーを見るに、どうやら穴の前に奴らは陣取り、これでもかという量の弾幕を撃ち込んで来た。もう、思考回路がお粗末。どうしていつまでも同じ場所に相手が居ると思うんだろうか? 出待ちして思考停止しながら初狩りする連中の実力はそんなモノだろう。
ゴリラカスタムで穴をUの字に掘り進んで、奴らの陣取る場所の側面から壁をブチ抜いて強襲する。あとは、敵の陣形を横から食い破るだけの簡単なお仕事だった。幼稚園児の集団にプロボクサーが殴り込むような凄惨さを極めたが、僕は一切容赦しなかった。
「言っただろう? やられる覚悟がある奴だけが、やっていいんだ。それは、煽りや出待ちに限った事じゃない。この死亡遊戯においては、殺される覚悟のある奴だけが、相手を倒していいんだ。一方的に相手を狩って命を弄んでそれを糧にするような奴らは、この裏世界に立つ資格はない」
ゲノムを寄生させ、徹底的に相手を殲滅する。誰も近接武器を装備していない時点で、安全圏から一方的にプレイヤーを狩っていたのだろう。僕は、それが堪らなく許せなかった。
すべての敵を倒し、レーダーから反応が消えた事を確認すると、寿命のゲージに僅かな数値が加算されていく。
ほっと一息付くと同時に、12人の命を絶った実感がこみ上げて吐き気を催す。
「う~……くそったれ、上等だ。例え地獄に堕ちようが、無残に負けようが、僕は松谷さんを守ると決めたんだ」
ぎしっと、ゲーミングチェアーに深く身体を預けた瞬間だった。
「ご飯だって言ってるでしょ!! 早く食べに来なさい」
後ろから頭を叩かれ、何事かと振り返ると、お母さんが般若のような表情で仁王立ちしていた。
「何回呼べばアンタはご飯食べに来るのよ? そのでっかいイヤホン外せって言ってるでしょ!!」
「こ、これはヘッドセ…」
「くだらない屁理屈こねてないで、アンタがご飯食べ終わらないと洗い物が片付かないんだわ」
「い、今イキマス」
「まったく、ゲームしてる最中もぶつくさ独り言喋りながら中二病みたいな単語連呼してるし、アンタ本当にいい加減にしなさいよ?」
つい、いつもの離籍するノリでゲノムにログインしたまま放置してしまった。ここは、命をやり取りする裏世界であるにも関わらず、だ。
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