“世界でいちばん、速いストレートを投げたい”
彼女が口にしていた、子供の頃の夢。
誰よりも速い球を投げたいと夢見るその言葉を、彼女はいつも抱きしめていた。
ばかばかしいと思ったんだ。
最初は。
女の子が野球をしてるっていうだけで違和感なのに、——誰よりも?
帽子を後ろ向きに被り、ほっぺにはバンソウコウ。
真夏の日差しを浴びたグローブは、すっかり色褪せていた。
蝉時雨が空から一斉に降ってきていた。
ポカリスエットのペットボトルが、砂浜の上で汗をかいて。
耳をすませば、いつも聴こえていた。
囁くように優しい海風と、昼下がりの穏やかな陽射し。
さやさやと響く波の音が、山陽本線に流れる電車のそばで揺らめいていた。
野球になんて興味はなかった。
するつもりもなかった。
だけど、そんな僕に構う素振りもなく、彼女は近づいてきた。
ニカッと笑って、キャッチボールの相手に指名してきた。
『一緒に野球しよう』
それが、僕と彼女を結ぶ最初の“言葉”だった。
幼い記憶の底に残る、彼女との“出会い”だった。
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