「えと、山岸…さん?」
怖いぐらい喜んでいる山岸に、恐る恐る声を掛ける。
いや、こんなおっかないイカれ女、ほっといてとんずらしてしまう手もあったのに、わざわざ声を掛けた私の胆力たるや、コミュ力に若干の成長が見受けられよう。
「尾藤さん、やっぱり最高だよッ!アタシの理想の女の子だよ!
やっぱり付き合って!いやもう結婚しようよッ!ねえッ!?」
「ちょ、ちょっと落ち着いて……オエッ!」
山岸に激しく両肩を揺さぶられ、視界がグルグル吐き気を催す。
「不老不死って事は、尾藤さんはずっとこのままの見た目って事だよね!?
つまり、尾藤さんは永遠にこのちっちゃ可愛い、奇跡のロリ体型のまんまだって事だよねェ!?
アッ、アッハハハハ!じゅるり、たまんないなぁ〜ウヒヒぃ!」
うっわ、うわうわうわうわコイツもう…!
ホンットにもう…ッ!
終わってんなオイィッ!
「ヤバいコイツ、早く逃げなきゃ…!」
私が甘かった!
この女は、想像以上に業が深い特級危険人物だった。
「あぁ!待ってェ!」
折角逃げようとしたのに、山岸に抱きつかれて止められる。
さっきみたいな温かみのあるハグじゃなくて、ねちっこくて生温かい、変態的なやつだ。
これは本格的にマズい!
なんか頬擦りまでしてくるし、このままだと私の初めてが奪われるッ!?
「あはぁ〜、最高最高最高!スーハースーハークンカクンカ永遠の幼女永遠の幼女永遠の幼女永遠の幼女ォォォォッ!!」
「ぎゃああああァァァァッッ!!やめてやめてやめろォォォォ!!
分かった、分かったからァ!付き合うから!恋人にでも彼女にでも何でもなるから許してええェェェッ!!」
「えッ!?」
山岸の変態アタックが、どういう訳かピタリと止まった。
え?私なんかマズい事でも言った?
「尾藤さんッ!今!今付き合うって言ったよね!?いや絶対言った!」
「ふえッ!?いや、今のは弾みで…ッ!
無効だから無効ッ!ていうか言ってないッ!」
「むふふふ〜。」
山岸が不敵な笑みを浮かべながらスマホを取り出し、スイスイと操作しながらこちらにかざしてきた。
『…付き合うから!恋人にでも彼女にでも何でもなるから許してええェェェッ!!』
「なんで録音してんのッ!?」
「こんな事もあろうかと〜。」
ヤバいよー。キモ過ぎるよー。
「ま、何はともあれ、これでアタシ達、晴れて正式な恋人同士だね。」
ふざけんなぁ。
こんな、こんな間抜け過ぎる自爆で、強引に恋人にされるなんて、納得出来るかァッ!
…でもコイツは、そこまでして私の事が好きなのか。
こんなにも汚い手を使ってまで、私なんかと一緒にいたいと本気で思ってくれてるのか。
だったら、少しくらいはコイツの気持ちにも応えてやらないと、なんか嫌な感じがするな。
「待て待て待って!じゃあ友達からならどう!?友達から!」
「なぬ?」
「ほら、私だっていきなり付き合うとか、未経験だし、心の準備が出来てないからさ。
まずは友達。それから私の用意する愛の試練をクリアしたら、私も正式に恋人って認めてやるよ。」
よし、我ながら冴えた提案だ。
これで無理難題な試練を考え出して、コイツの心をへし折って諦めさせてやる!
恋人にならずとも、友達としての距離感なら私でもギリギリOKだ。
これが、山岸の気持ちへの折り合いを付けた、私なりに精一杯の妥協点だ。
「友達…、友達かぁ。
それに、愛の試練。うん、良い響きだねぇ。」
ふむふむと、顎に手を当てながら考え事をするような仕草で、なんとか納得してくれたみたいだ。
「うん、オッケー!じゃあまずはお友達からだね!
愛の試練、楽しみにしてるよ!」
良かった、取り敢えずは乗り切る事が出来た。
あとは試練の内容だけど、こればっかりは慎重に考えなければ。
この女の熱量だと、生半可な難易度の試練なら簡単に突破してしまいそうだ。
なんとしてでもクリアさせない為に、滅茶苦茶なものにしてやらないと!
それから半ば強引にスマホの連絡先を交換させられ、別れる事となった。
◆◆
「…ハァ、もう、面倒な事になったもんだ。」
既に溜め息無限吐き出し機と化した私は、学校からの帰り道、いつもの帰路を歩きながら山岸の件で頭を悩ましていた。
アイツをギャフンと言わせるような試練など、そう簡単に思いつくものではない。
かと言って、「山を砕け」とか「海を割れ」みたいな、人類には実現不可能な、極端なものは試練として課す事は出来ない。
ゲーマーの端くれとしての矜持とでも言おうか、あくまでも理論上はギリギリ実現可能な、言うなればゲームバランスの取れたものにしてやりたい。
そうしないと、流石に山岸の気持ちに対して失礼な気がする。
「ハァ〜、なんか良いネタ転がってないかなぁ。」
その時は、不意に訪れた。
私の眼前、道路のど真ん中に黒猫が横切り、向こうから車がスピードを落とさずに走って来る。
「危ないッ!」
私は咄嗟に反応して、黒猫を守ろうと駆け出した。
黒猫を庇う事さえ出来れば、私は轢かれても一向に構わない。
どうせ怪我はすぐに回復するし。
ただ、単純な話として間に合わない。
今の私の位置からだと、どんなに全力で走っても車から黒猫を庇うのは不可能だ。
刹那の間、思考を巡らすも、どうしても諦めきれない。
せめてもの抵抗として、走りながら黒猫に向けて右手を翳していた。
意味など無い。もしかしたら黒猫が私の手に飛びつくかもしれないという、淡い願望でもあったのかもしれない。
しかしその瞬間、私の手のひらが、淡く白い光を一瞬だけ放ったのを、私は覚えている。
「え?」
結果的には、黒猫は轢かれた。
車のフロントバンパーに激突して、蹴られたサッカーボールみたいに道端に向かって数メートル吹っ飛んだ。
車は瞬間的に減速したものの、そのままどこかへ走り去ってしまった。
「あぁもう、クソッ。」
猫が車に轢かれるなんて日常茶飯事なインシデントとはいえ、いざ目の前でその現場を見てしまうと、何とも言えない後味の悪さを感じる。
猫、可哀想に。守ってやれなくてゴメンよ、と心の中で手を合わせ、立ち去ろうとしたその時だった。
ニャー、と間の抜けた鳴き声が聞こえ、轢かれた筈の黒猫がフラフラと立ち上がり、ゆっくりと歩き出したのだ。
「はァッ!?」
驚きのあまり、私は思わず黒猫に駆け寄った。
黒猫は逃げない。というか、怪我が酷くて逃げられない。
いや、その怪我がみるみるうちに塞がり、飛び散った筈の血が跡形も無く霧散している。
すぐに怪我は完治し、元気になった黒猫は私を一瞥した後、逃げ去ってしまった。
「…そんな、今のってまさか…!」
どう考えても、私の体質と同じそれだ。
まさか、何かの拍子にあの黒猫が私と同じ不死身の肉体となって、死の淵から甦りでもしたのか?
だとすると、心当たりは一つ。
黒猫を助けようとした時に私の手から出た、謎の光だろう。
「うわー、マジかよぉ。
手のひらから不死身になる怪光線を出せる女子高生なんて、昭和の劇画タッチなホラー漫画みたいな設定だなオイ。」
変な独り言をボヤきながらも、再び私は手に力を込めてみた。
漠然とした、超常的な不死の力を全身に纏うようにイメージして、それらを右手に集中させる!
全部、愛読している少年漫画の受け売りだけど、冗談半分でやったつもりがマジでまた手のひらが光った。
「うわッ、キモッ!怖ッ!」
意識が逸れると、光は電池が切れたみたいに消えてしまう。
成る程、どうやら私の不死身の体は、ただ単に不死身なだけの体質という訳ではないようだ。
そこでふと、私の脳内に一つのアイディアが浮かんだ。
それは、山岸の試練についての事だった。
⚪︎2人に質問のコーナー
山岸さんの嫌いな食べ物は?
「特に無いよ!何でも食べるよー!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!