網の上で、じゅうじゅうと耳触りの良い音と芳しい香りを漂わせながら、焼けていくお肉さん達。
私はベストな焼き色になった肉を箸で摘み、口に運んでいく。
同時に、特上の旨味が口の中にあるじゅわぁーっと広がる。
「おおう!特上ロースうっま!サイコー!」
「白狐ちゃん良い食べっぷり!
遠慮しないでじゃんじゃん食べてね。」
私とカイちゃんは、平日の真っ昼間から2人で焼肉屋に赴き、極上の肉をひたすら食べまくっていた。
この焼肉店、実はただの焼肉店ではない。
何を隠そう、カイちゃんが経営している飲食店の一つなのだ!
関東地方を中心に全国展開しているチェーン店で、リーズナブルな価格設定と味に定評のあるお肉。
家族や友人、おひとり様でも来やすい店舗の雰囲気が非常に人気のようだ。
お店の名前は『しろぎつね』。
……まあ、言わずもがな私の名前が由来だ。
最初はダイレクトに『白狐』か『白狐ちゃん』のどちらかでいくつもりだったんだけど、私が猛抗議して断固阻止した結果、カイちゃんが妥協して訓読みプラス平仮名という結果になった。
これでも少しは恥ずかしいけど、カイちゃんがどうしても「白狐ちゃんの名前を入れさせてッ!」と懇願してくるので、仕方なく許可してやったのだ。
念の為言っておくと、狐肉は取り扱っていません。
「しっかし、お店の人達もどことなくピリピリしてるなぁ。」
「うん、どうしてだろうねー。」
そんなん、答えは分かりきってる。
カイちゃんが来ているからだ。
自分らの大ボスである社長さんが来店しているのだから、従業員の皆様が背筋を正さない訳がない。
カイちゃんも、明らかに分かってて言ってるな。
「おおー!やっぱカルビとご飯は最強のタッグだな!無限に食える!」
「同感同感!お肉はまだまだ幾らでもあるからねー!」
うーん、仲の良い友人が焼肉店を経営しているという事実で、もはや人生の勝者になった気分だ。
「ところでカイちゃんさぁ?」
「んー?ほひたほー?」
カイちゃんが、肉を口の中いっぱいに頬張りながら聞き返してきた。なんて食い意地!
まるで、頬袋に餌を溜め込んでいるリスみたいだ。
おそらく、「どしたのー?」と言っているんだろう。
「久しぶりにさ、私達の母校行ってみない?」
「んー?」
カイちゃんが頬張っている肉を咀嚼し終えるまで待つ。
「…ゴクン。母校って高校の?
そんな気軽に行けるようなものなの?」
「らしいよ。事前に学校側に電話なんかでアポ取って、卒業生ですって言えば見学させて貰えるらしい。」
「ほえ〜、知らなかった。
面白そうだね、行こう行こう!」
予想通り、カイちゃんはノリノリだ。
お互い、高校生活には色々と思い出があるからな。
私自身の人生も、高校時代にカイちゃんと出会ったお陰で、大きく変わってしまったもんだ、全く。
「んじゃ、アポ取りはカイちゃんに任せた!」
「オーケー!来週の土曜日で良いかな?」
「オーケーオーケー!お願いね!」
流石は、立派な社会人であらせられるカイちゃん様!
手慣れた様子で母校に電話して、あっという間にアポを取ってしまった。
みんなもご存知の通り、コミュ障の私にはとてもじゃないが無理な芸当だぞ。
カイちゃんの方が有名人だし、それに伴う社会的な信用もあるからな。
◆◆
そして、翌週の土曜日になった。
「白狐ちゃんお待たせー!」
私服に着替えて、自宅でカイちゃんが来るのを待っていた私。
玄関の扉を開けて現れたカイちゃんの姿を見て、私は思わずギョッとした。
「ちょっ、カイちゃんそれ、制服ッ!?」
カイちゃんの格好は、普段のオシャレ番長なカイちゃんからは予想出来ない、高校の頃の学生服を着ていた。
不変力の力で見た目が変わっていない所為か、私の目の前にはまさに、懐かしの高校時代のカイちゃんが立っていた。
「うん、制服だよ。
不変力の影響で、ほつれの一つも無い綺麗な状態で箪笥の奥にしまわれてたから、着て来ちゃった。」
「いやいや、着て来ちゃったって…
いくら見た目が変わっていないとはいえ、私達が今更制服着て出歩くなんて、色々とヤバくないか?」
まさか、私がカイちゃんのファッション(?)について文句を言う日が来るとは。
「…うん、ヤバいのは分かってる。
でも、あの学校はアタシと白狐ちゃんが出会った運命の場所だし、やっぱり制服で行かなきゃなって思って。」
「カイちゃん……」
ん?
何だこれ?
まさか、私まで制服着てかなきゃいけないみたいな空気になってる?
いやいや、それは流石に勘弁して欲しいんだが?
私は絶対に絆されないからな!
「つーか、やっぱ制服着てくのやめて!」
「ええー!?」
「私が恥ずかしいの!
あと、カイちゃんも誰かに見られたら、こっそり写真とか撮られてネットに晒されるかもよ?」
「…うぅ、白狐ちゃんがそこまで言うなら。」
結局、カイちゃんを普段のオシャレ着に着替えさせてから、私達は懐かしの母校へと向かった。
◆◆
学校に着いて、まずは職員室で先生方にアポ取りした事を確認しに行く。
すると、職員室の奥の方から、眼鏡を掛けた几帳面そうな熟年の女性が、ツカツカとヒールの音を響かせながらこちらへやって来た。
「どうも初めまして。ワタクシ、教頭を務めております大河内と言います。
見学希望の、山岸さんと尾藤さんですね?」
「はいはい!卒業生の山岸海良と、尾藤白狐ちゃんです!」
大河内先生は、元気に自己紹介するカイちゃんとは対照的に、私達の事を値踏みするような目で、こちらを怪訝そうに見つめている。
「…失礼ですがお二人とも、見学の前に少しお時間を頂いてもよろしいでしょうか?」
「…え?はい。」
どういう事だ?
もしかして私達、なんか怪しまれてる?
◆◆
私は不審者じゃない。
私は怪しい者じゃない。
私は何も悪い事はしていない。
そう自分に言い聞かせながら、私とカイちゃんは大河内先生に応接室に案内されて、フカフカのソファに腰掛ける。
急な事態に思いっきり緊張している私とは違い、カイちゃんは何でもないかのように振る舞っている。
なんとも肝の据わった女だこと。
大河内先生がテーブルの上に人数分のお茶を置いてから、私達の正面に座った。
「突然こんな所に連れて来てしまって、申し訳ありません。
ですが、どうしても確認しておきたい事がありまして。」
「…確認、ですか?」
カイちゃんが答える。
漏らしそうなほど緊張している私じゃいつも以上に受け答えなんざ出来ないだろうから、ここはカイちゃんに対応を任せよう、うん。
「ええ。
貴女はあの、実業家の山岸さんで間違いありませんよね?
昔、タレント業もしていた。」
ほほう、カイちゃんのファンの人かな?
「はい、そうですけど。」
「やっぱり。
山岸さんの連絡を受けて、違和感を感じたワタクシは、失礼ながら過去の卒業生のデータから貴女の記録を照合させて貰いました。」
「…そうですか。」
「そこで分かったのが、貴女方お二人は、我が校の90年も前の卒業生である事。
これって、おかしくありませんか?」
……あ、そこ突っ込んじゃう?
「90年前に卒業した貴女方が、当時と全く変わらない見た目でいるなんて、物凄く怪しいんですけど?
本当に、山岸さんと尾藤さんご本人なんですか?」
…あー、今まであんまり突っ込まれた事なかったから、そんなに気を付ける事もせずに過ごしてきたけど、やっぱりこうなる時が来てしまったかぁ。
どうやって言い訳するか、考えてもなかったや。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんの好きな花は?
「パンジーかな。可愛いよね。」
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