この世界は、絶望で満ちていた。
「白狐ちゃん、おはよー!」
「…んぅ……はよ〜……」
朝、ベッドの中で目が覚めたところに、カイちゃんの元気な声が耳に届いた。
うん、いつも通りだな。
「今日はアタシが朝ご飯作ったからね!
白狐ちゃんが大好きな牛丼だよー!」
「朝から牛丼!?重ッ!
だがそれが良いッ!」
好物の名を聞いて、急速に覚醒した私の脳。
カイちゃんも、これを狙って牛丼にしたのかもな。
私の事をよく理解していらっしゃる。
「ご馳走様ぁ!」
カイちゃん特製爆盛り牛丼は、あっという間に空になった。
カイちゃんの作る牛丼は、高級な牛肉をふんだんに使用してるうえに、味付けも絶妙で非常に美味い。
はっきり言って、お店のより美味い。
なんでも、私の好物の食べ物を長い間研究し続けて、最高の牛丼を作り上げる事に成功したんだとか。
執念の成せるわざだ!
「やっぱりカイちゃんの作る牛丼は最高だな!」
「エヘヘ、ありがとね。
白狐ちゃん相手だと、こっちも作り甲斐があるよ。」
「だろ〜!なんたって永遠に食べ盛りだからな。」
牛丼は美味い。
肉肉しいものはとにかく美味い。
それがこの世の摂理だ。
「んで、今日はお出掛けするんだっけ?」
「うん、付き合ってくれる?」
「まあ、そうだな。
カイちゃんがどっか行くんなら、私も一緒じゃなきゃ変でしょ。」
「…そうだね、フフ。」
私は牛丼の器を洗い、外出の準備をする。
準備と言っても、昔からずっと着ているフード付きパーカーとキュロットパンツを着るだけなんだけど。
「うんうん、やっぱり白狐ちゃんといえばその服装だね!」
「確かに、昔から長く着続けてる所為で、もはや私の体の一部と言っても差し支え無いしな。
それに今のご時世、動きやすさを重視する必要もあるだろう?」
「そうだねー、じゃあアタシも動きやすい服装にしてくるー!」
そう言って、カイちゃんはお隣の自宅へと走り去って行った。
「さてさて、久々の外出だなぁ。」
私もカイちゃんの後を追うように、のんびりと家の玄関を出る。
家の外は、昔から変わらずいつも通りの風景だ。
庭の花壇にはカイちゃんが植えた花が咲き乱れ、蜜や花粉を目当てに蝶や蜂が群がっている。
どれも、不変力の影響なのは言うまでもないけど、変わった部分もあるっちゃある。
まず、この町の住人は私とカイちゃんの2人だけしかいない。
周囲の民家も変わらず存在しているけれど、どれも人が生活してる感が無い。
人間が出す音や声も、どこからも聞こえない。
聞こえるのはせいぜい、虫や鳥の鳴き声がたまに聞こえるくらいか。
コイツらも、多分不変力の影響を受けてる……のかな?
にしても、外出するのは1週間振りくらいだろうか。
普段部屋でゲームばっかしてる上に、カイちゃんは何も言わなくても私の家に毎日やってくる。
今はもう、カイちゃんの会社も仕事も無いから、いつでも私の元に来る事が出来るのだ。
だからこそ、私が出不精になるのは必然的な流れだったりする。
どうせ、外に出ても何も無いんだし。
「お待たせ白狐ちゃん!」
「お、カジュアルな出立ち。
そのTシャツのデザインカッコいいな。」
「でしょー、昔モデルやってた時に、お気に入りの一つだったやつだよ。」
カイちゃんの格好は、キャップにTシャツ、ダメージジーンズと、ラフでボーイッシュなコーデ。
カイちゃんは髪がショートカットで背が高いから、ボーイッシュな服装が意外と似合う子なんだよな。
「それで、今日はどこに行くの?」
私が聞くと、カイちゃんは顎に人差し指を当てて少し考えてから答えた。
「んー、適当にサイクリングでもしに行く?」
「何も考えてなかったんかい。別に良いけど。」
「白狐ちゃんとなら、何してても楽しいからね。」
カイちゃんらしい思考回路だ。
それにしても、私って自転車なんか持ってたっけ?
◆◆
結局、大昔の学生時代に使っていた自転車なら物置の奥にあったものの、折角ならサイクリング用に新調しようと思い立ち、地元のホームセンターにお邪魔して良さそうなのを一台拝借してきた。
どうせもう店員も誰もいないので、お金を払わず持って行けるのだ。
店内は不変力の影響で綺麗なままで店内BGMも流れてるけど、人の気配が全くしないから少し不気味だったりもする。
「白狐ちゃんとショッピング楽しいね!」
私同様、自転車を物色していたカイちゃんがそう言う。
「ショッピングと言うより、普通に盗難なんだよなぁ。」
「もう、今更だよ白狐ちゃん!
どうせ人もいないし、社会全体がもう機能してないんだから。」
「…うん、そうだな。」
そうだ、世界は絶望で満たされてるんだった。
「じゃあ、サイクリングがてら、絶望の世界の一端でも見に行きますか。」
◆◆
自転車に乗るのなんて、学生の時以来だから2000年振りくらいか。
これだけブランクがあるとほぼ初めてと一緒なので、カイちゃんと一緒に軽く乗る練習をしてからサイクリングを開始した。
風を切りながらスイスイと走って行くのは存外に気分が良く、近所の公園を抜けて、林の中の遊歩道を通り、海岸沿いの道を走り、市外との境界線まで辿り着いた。
「ここは相変わらずだね。」
「ああ、綺麗になるまで、まだまだ途方も無い時間が掛かりそうだな。」
市外との境界線とはすなわち、不変力の影響が及んでいる範囲を如実に表している場所でもある。
私の側から見て境界線の内側は普通の住宅街と市外に向けて伸びる道路がある。
一方、外側の方は一言で言うなれば、暗黒の世界。
もっと具体的に言うと、化学兵器や非人道的な汚染物質によって死の荒野と化した、到底人……というか殆どの生き物が生存出来ないような世界が広がっているのだ。
勿論、こんな環境を作れるのは人間以外にいる訳もない。
「人間ってのは、ホント馬鹿な生き物だよ。」
「この景色を見ちゃうと、嫌でもそう思えちゃうよね。」
「昔は漫画とかアニメなんかで、世紀末世界とかディストピアとか終末世界やらがよく題材にされてたけど、まさかマジでこんな、この世の終わりみたいな世界になっちゃうとはなぁ。」
「日本は特に被害が酷いからねー。
一部地域じゃ、まだ人が暮らしてる所も残ってるらしいけど、見つけるのは簡単じゃないよね。」
「だな。ネットやスマホみたいな文明の利器も、もう使い物にならないしな。」
私達の暮らしている町の周辺は、特に汚染が酷いので、誰も近づく事が出来ない。
だから私は、もう長い事カイちゃん以外の人間に会っていない。
多分、持病のコミュ障が相当加速してると思う。
そして何より、世界がこんなメチャクチャになったのは、300年くらい前に起こった世界規模の戦争が全ての原因だ。
とある組織が水面化で多くの人間を洗脳して、世の中が危険と気付いた時には時すでに遅し。
世界各地で争いの火種がばら撒かれ、全世界は一気に人類史上最悪の戦争ルートへと突入した。
で、その結果が〝これ〟だ。
昔は栄えてた街も、今や瓦礫と汚染物質に塗れて見る影もない。
僅かに残った人類は、汚染の少ない土地に身を寄せ合い、限りある食糧をやりくりして細々と生き伸びているらしい。
こんなお先真っ暗な時代に、夢も希望もあったもんじゃない。
「…それもこれも、〝奴ら〟の仕業なんだよな。」
「……うん、そうだね。もっと、力づくにでも止めておくべきだったよ。」
「後悔してももう遅い。
こうなっちゃったんだから、この世界を生きてくしかないっしょ。」
でも確かに、かつて会った時に止めておくべきだったとは思う。
この世界を滅ぼした諸悪の根源、『アンチョビ教団』の連中を。
⚪︎2人に質問のコーナー
カイちゃんは山派?海派?
「アタシも海派かな!だって白狐ちゃんの水着姿が見れるしッ!」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!