「おおー!うまうま♪」
「ハッハッハ、幾らでも腹に詰め込むが良い!」
「うまうま♪うまーい!まるで天国!」
「そうだろうそうだろう!ハッハッハ!」
私とカイちゃんは、夕食のホテルビュッフェを堪能していた。
無人の高級ビュッフェレストランだけど、料理は大量に用意されているままで助かる。
食べ始めてからまだ30分程度しか経過していないというのに、もう既にカイちゃんの座る席には使用済みのお皿が山積みにされている。
「カイちゃんのこの食べっぷり、いつかの修学旅行を彷彿とさせるなぁ。」
「アハハ、あの時は白狐ちゃんが止めてたよね。」
「あぁ、あの頃の私はまだ若かった。
若いが故に、カイちゃんが大食いで目立つのが妙に恥ずかしかったもんだよ。
今はそんなの全然無いし、むしろその暴飲暴食っぷりを見てるのが気持ち良いくらいだけどな。」
人の目なんてもう、気にする必要も無い時代だし。
「アタシも我慢せずに食べ放題出来るから最高だよー!」
スタートから一切スピードを緩めること無く、ガツガツムシャムシャと無尽蔵に貪り尽くすその様は、まさに手足の付いたブラックホール!
笑顔でステーキにかぶり付き、パスタを食らい、ケーキを平らげ、なんかよく分からないカラフルな謎のフルーツをドカ食いしている。
このままじゃ、レストランの料理が全部食べ尽くされるのも時間の問題だろう。
「ってか、本当に凄いペースだな。」
対する私は言うと、今のところ控えめにフライドポテトやパンなどの軽食を摘みながら見てるだけだったけど、この勢いだと間違い無く私と、まだレストランに来ていないツジとレンちゃんの食べる分は無くなってしまうだろう。
不変力で消費した食べ物は復活するとはいえ、その復活タイミングは日付が変わる瞬間なのだ。
これは私自身がどうにか出来る範囲ではない、謂わば不変力の〝ルール〟とも言える。
そういった不変力の仕様上、今日はビュッフェはお預けになりそうだ。
カイちゃんが幸せそうだから別にいいけど。
「おやおや、山岸ちゃんはまた、えらい食べっぷりだね。」
「…やるな海良!これはワタシも負けてられないぞ!」
そこへ遅れてやって来たツジとレンちゃん。
ツジは面白そうにカイちゃんを見ているけれど、レンちゃんは何故か変に対抗意識を燃やしている。
そう言えばこの子も大食い系の人類だったな。
「カイちゃんと勝負したがってるとこ悪いけど、もうすぐこのレストランの料理、全部無くなっちゃうよ。」
パッと見ただけでも、最初にあった料理は既に半分以上が消滅している。
厨房に行って料理すればまだ少しは増やせるだろうけど、流石に面倒だし、キリが無くなるのは目に見えてる。
「そうか、それは残念だね。
なら私達は、隣の日本料理のお店にでも行ってみようかな。」
「ウチのカイちゃんが悪いね。
お詫びと言っちゃなんだけど、私が料理しよっか?」
既に出来上がった料理があるビュッフェとは違い、普通のレストランは私達が食材を調理する必要がある。
「白狐の手料理!是非とも食べたい!」
「そうだね、それじゃあお言葉に甘えてご相伴に預かるとしようかな。
こっちこそ悪いね、わざわざ手間暇かけて作って貰うなんて。」
「まあ、どっちみち私の食べる分を作っとく予定だったからさ。
そのついで的な感じで。」
「あ、3人ともごめんね!」
ふと冷静さを取り戻したカイちゃんが、申し訳無さそうに私達に謝った。
自分の所為で私達に手間を取らせてしまったと、罪悪感を感じているのだろう。
「あー、気にしないで良いよ。
私は料理するの好きだし、こういう高級店の調理器具には前々から興味あったしさ。
折角の機会なんだから、思う存分食べちゃってよ。」
「白狐ちゃん優しいッ!」
カイちゃんが気持ち良さそうに食べてるんだから、邪魔するのも野暮ってもんよ。
さて、私は新たな料理の可能性を模索してみますか。
「……凄いねこれは。」
「……見た事ない料理がいっぱいだ。」
日本料理屋で私が作った料理は、高級懐石料理のフルコース。
目をまん丸にして席に座っているツジとレンちゃんの眼前には、テーブルの上に広がる、四季折々色とりどりの料理達が織りなす小宇宙が広がっていた。
2人にとっては初めて目にする日本料理が、小さなお皿や小鉢に入れられて並んでいる。
ちょうど少し前から懐石料理の作り方を地元の図書館で本を読んで研究していたので、今回はその成果を発揮する絶好の機会だったのだ。
「今回は、私としても作り慣れてない料理が結構多めなんだ。
だから、いつもより味が保証出来ないかもしれない。」
「いやいや、それは謙遜し過ぎだぞ白狐!
だってこんなに美味しい!」
私が注意し終えるよりも早く、レンちゃんが既に食べ始めていた。
まあ、一応懐石料理にも食べる時のマナーとかあるんだけど、ここでそんな事を言い出すのも、これまた野暮ってもんだな。
2人には私の料理をお腹いっぱい食べて貰って、気持ち良く笑顔になって欲しいのだ。
料理を作る側にとって、食べてくれる人の笑顔は何よりの幸福だしな。
「…………ゃんの……………い……」
「んッ!?」
美味しそうに料理を食べる2人を眺めていたら、突然背後のレストラン入り口から異様な気配を感じた。
反射的に振り向くとそこには、幽鬼のような表情でゆらゆらと歩くカイちゃんが、こちらに向かって来ているではないか!
「うわなに怖ッ!?」
「わひィィッ!?」
怖いのが苦手なレンちゃんは、恐怖のあまり椅子から転げ落ちて尻餅をついてしまった。
「……白狐ちゃんの……料理の匂いィィィ!!」
そう低い声で叫びながら、本能に任せて走ってくるカイちゃん!
普通の人間ならビビって逃げ出すところだが、私は違う!
カイちゃんの癖、行動パターン、思考回路。
その全てを知り尽くしているこの私にとって、ゾンビ化しているとは言え、その動きを見切るなんてのは朝飯前よ!
「…ここだッ!」
紙一重のタイミングで私は、だらしなく開けているカイちゃんの口に、私特製の胡麻団子を突っ込んだ!
「ふごッ!」
カイちゃんは動きを止めて、胡麻団子をモグモグと頬張っている。
「……白狐ちゃんの料理!うまうま♪」
「フッフッフ、そうだろう!」
カイちゃんもそこからは平静を取り戻し、私の料理を食べる組に加わった。
後で確認したら、この時点でビュッフェの料理は全て一口残らず食べ尽くされていたと言う。
何という食欲のスーパーハリケーンだろうか!
◆◆
「グー…スピー……」
「全く、幸せそうな寝顔だなぁ。」
一頻り食事を終えた後、私とカイちゃん、ツジとレンちゃんの2組に分かれ、それぞれスイートルームの客室で夜を越すことになった。
そして私の目の前には、驚天動地のフワッフワ度を誇る天蓋付きのキングサイズベッドに、大の字になって気持ち良さそうに寝息を立てているカイちゃん。
私はその横でラタンの椅子に座りながら、お土産コーナーで拝借して来たちんすこう味のアイスクリームを食べている。
甘くて実に美味しい。
「にしても、久々の沖縄は思ってた以上に楽しかったな。
こんなんだったら、もっと色んな街を不変にしとくべきだったかなぁ。」
東京だとか京都だとか北海道だとか、時間を巻き戻せたら不変にしときたかった土地はいくらでもある。
でももう手遅れだしな。
不変力には、過ぎ去った時間を取り戻す効能なんて無い。
まあでも、これで良かったのかもしれない。
長い年月で移り変わる世界を見るのも、不変力を持つ者の人生の醍醐味なのだ。
それに、変わっていくのが本来あるべき自然な姿だしな。
「んー、沖縄の海はいつ見ても綺麗だ。」
今後も永遠に美しいままの海を見てから、私はカイちゃんの隣で横になり、片手を繋ぎながら目を瞑るのであった。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが自分に課してるルールは?
「んー、家の外に出る時はちゃんと服を着るってとこかな。」
……それって普通の事だよね?
読み終わったら、ポイントを付けましょう!