突然の教祖様の来訪。
これが一体どういう事なのか、現時点では全く意味が分からない。
ただ、ついさっき出会ったばかりの私達に相談なんてするぐらいだから、よっぽどの事情があると見た。
「うん、分かったよ。
取り敢えず話を聞くから、中においでよ。
白狐ちゃんも、それで大丈夫かな?」
「ああ、別に良いけど。」
「それでは、失礼します。」
珍客である教祖様を部屋へと招き入れ、リビングのローテーブルを挟んで私とカイちゃん、それと向かい合うようにドロテーアちゃんにソファに座って貰った。
「それじゃ早速、さっき言ってた相談っていうのは、何なのかな?」
カイちゃんが優しい口調でそう聞く。
まるで、悪戯をした生徒を優しく諭す先生の如く。
「ええ、その件なんですが、説明する前にまず、お二人にこの行事に出席して頂きたいのです。」
そう言って教祖様が懐から出してきたのは、A4サイズくらいの一枚の紙だった。
「えっと…〝アンチョビ教団緊急大集会〟?」
「はい。アンチョビ教団では4年に一度、世界中の支部の代表や幹部達がこの本部に集結し、大規模な集会を行う〝大集会〟というものが開催されるのです。
ですが、緊急時に教祖であるわたくしの権限を行使して、強制的に大集会を開ける。
それがこの緊急大集会というものです。」
紙は急ぎで作成したのか、アンチョビ教団緊急大集会と大きく書かれた文字の下に、概要が簡単に書き記されただけの簡素な物だった。
もしかしたら、私達に説明する為に突貫で作ったのかもしれないな。
「成る程、この集会に私達が出席、と。
それで、何をすれば良いの?講演とか?」
私が聞くと、ドロテーアちゃんの顔付きがより一層険しくなる。
わざわざ緊急で開催するのだから、何か特殊な事情がある筈だ。
「講演……とは少し近いかもしれないですけど、もっとずっと重要な事柄になります。」
「重要、とは具体的に?」
「そうですね……ではハッキリ言います。
お二人には、アンチョビ教団の解散を宣言して欲しいのです。」
それを聞いて、私もカイちゃんも当然ながら驚いた。
そして、驚きの後にやって来たのはしばしの沈黙。
その沈黙を経てから、ようやく口を開いたのはカイちゃんだった。
「アンチョビ教団を……解散させるの?
教祖様が、どうしてそんな事を?」
当然の疑問だ。
百人いれば百人が同じ質問をするだろう。
「わたくしは、ほんの半年程前にアンチョビ教団の教祖になったばかりの、新米教祖に過ぎません。
それも、先代教祖である母が病気によりこの世を去り、その際の遺言によって地位を継いだだけです。
わたくしには母のようなカリスマ性も無ければ、教団を運営していく実力も有していません。」
「うーん、そんなのはこれから頑張って身に付けていけば良いんじゃないの?
まだ子供なんだし、無理ないって。
周りもそう思ってるでしょ。」
私がそうフォローするも、ドロテーアちゃんは首を横に振る。
「正直な話、わたくしは貴女方が現人神だというのすら疑っています。」
「え!?」
これは予想外の発言がきたな。
「わたくしは教祖の立場にありながら、あまりアンチョビ教団の事を信用していません。
この教団は、何もかもが胡散臭さの塊みたいなものです。
昔から、周囲の人間全員がこの欺瞞に満ちた教団を信じ、陶酔している姿に、違和感、嫌悪感を感じていました。」
「………マジっすか。」
「マジです。」
それがマジなら、さっき私達に純真な瞳を向けていたのも、全部演技だったという訳だ。
まだ幼いのに、恐ろしい子やで。
「だからこそ、運良く教祖の地位を継いだわたくしは、それを利用して歴代教祖しか入れないという秘蔵の地下書庫へと足を踏み入れたのです。」
「そんな所があるの!?」
すげえ!ゲームの世界みたいだ!
「ええ、教団内部でも片手で数えられる程の人数の者しか知らない場所です。
そこでわたくしは、アンチョビ教団の真の姿を知りました。」
「…真の姿?」
「この汚染地帯に満ちた現在の地球の姿。
これらは全て、我々アンチョビ教団が引き起こした世界規模の戦争によって生じた負の遺産だという事。
それ以前の地球は、自然に満ち溢れた清浄の地だったという事。
それ以外にも、歴史上様々な面で暗躍してきた事。
真実を知らないアンチョビ教団の民は、そんな事など露知らず。
教団というのは今までずっと、世界の平和を保ってきた機関だと教えられてきたのです。」
「……そうだったのか。」
これは流石に衝撃だった。
私達は2000年以上も前から世界を傍観してきた身だから、アンチョビ教団が世界を壊したという事実を目の当たりにし、当たり前のように真実を知っていた。
だけど、ここに住んでいる普通の人生の時間を歩んでいる人達は違う。
生まれた時からアンチョビ教団と共にあり、アンチョビ教団の言う事が絶対的に正しい事だと教えられ、それに疑問を抱かないように育てられる。
よくよく考えれば、カルト宗教として当然のシステムだ。
真実を隠蔽し、嘘っぱちな歴史を頭に染みこませる。
それをたった一人で看破したドロテーアちゃんは、本当に聡明で立派な少女だ。
私なんかよりもずっとな。
「その上、教団内部では未だに不穏な空気が漂っています。
汚染地帯の調査や、不思議な生き物の研究に躍起になっている幹部が何人も。
それらを止めて、これ以上教団が歪んだ方向へ進むのを防ぐ為にも、教団の解散は必要なのです!」
「…そうか、話は分かったけど、大丈夫なのか?
いきなりそんな事したら、大混乱が起こるのは確実だろ。」
アンチョビ教団は今や、良くも悪くも多くの人々の心の拠り所になっている。
それが突然消失してしまう訳だから、下手すれば戦争でも起きるレベルでヤバいんじゃないのか。
「ええ、勿論です。
ですので、その点をケアする為にも、この台本を作ってきました。」
ドロテーアちゃんが、懐から台本を取り出した。
そんな物まで用意していたのか。
「ふむふむ、準備がよろしい事で。
ちょっと読ませて。」
どんな内容が書かれているのか気になるので、早速手に取ってカイちゃんと一緒に読んでみる。
「…成る程、ざっと読んでみたけど、悪くはない。
でも、客観的に見て所々修正した方が良さそうな点があったから、指摘して良い?」
「どうぞどうぞ!お願いします!」
「アタシも見つけたから、チェックしておくねー。」
この台本はかなり重要になってくる物だろうから、相当に念を入れて作り直していこう。
「んっと、そう言えばカイちゃんはさ、どんな事企んでたの?」
カイちゃんと2人で台本チェックをしていた最中、ドロテーアちゃんがお花を摘みに一時席を外したので、こっそり聞いてみた。
「え?企んでたって?」
「ほら、最初に汚染地帯でアンチョビ教団と接触した時、カイちゃんの提案で神を名乗って、ここまで連れて来て貰ったんじゃん。
今はこんな風にドロテーアちゃんの解散作戦に乗るって流れになってるけどさ、カイちゃんはどんな作戦立ててたのかなーって思って。」
「ああ、それ。
そうだねー、大体はドロテーアちゃんの作戦と似たようなものだったよ。
神の力を利用して、アンチョビ教団を解散させようと思ってた。
相も変わらず、妙な事を企んでたみたいだし。」
そりゃあ、変な生き物捕獲しようとしてたり、汚染地帯を調査してたり…
世界を滅ぼしたっていう前科があるから、疑わざるを得ないわな。
「でも、いざ本部に来てみたら、当の教祖様自身がアンチョビ教団の解散を望んでいた、と。」
「そうだね、ビックリしたよー!
お陰で、アタシ達も楽に動けるようになったけどねー。」
「組織のボスを味方に出来たんだから、そりゃあね。」
カイちゃんもやっぱ、色々考えてたんだなぁ。
ゲームと今日のご飯の事しか考えてない私とは大違いだ、うん。
⚪︎2人に質問のコーナー
白狐ちゃんが好きなアタシの身体の部位は?
「おっぱい!そのダブル肉まんを今すぐ揉ませろぉ!」
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